傷痕
グランは信頼出来るごく僅かな家臣にのみ事情を知らせ、王宮に戻る手筈を整えるまで私達は客人として伯爵家で過ごす事になった。
久しぶりに湯船に浸かり清潔な衣服を身に付けゆっくりと食事を摂り、柔らかなベッドで眠る事が出来た。
全部旅の途中で夢見た事だったけど着慣れていた筈の上質な服はどこかよそよそしく、豪華な食事もあまり喉を通らなかったし、広いベッドに横になっても体がふわふわとして落ち着かなかった。
深い眠りに就く事がないまま迎えた朝、私はアリアの元を訪れた。
「殿下の御帰還を心より嬉しく存じます」
アリアは自室のベッドの上で居住まいを正し深く頭を垂れた。
アリアは生きていた。
グランからアリアが無事だと聞いた時は心の底から安堵した。
でも上げた顔は笑顔を見せているものの蒼白く、首元にまで巻かれた包帯が痛々しかった。
国境周辺へ遠征中に急使で父の死を知ったグランは早駆けで王都に戻った。
戻った時には既に兄は投獄され、私への使者も発っていたが胸騒ぎを覚えたグランは副団長のラギを筆頭に数名の精鋭を私の元へ急ぎ向かわせた。
そして戦闘中のアリア達と遭遇し、敵を殲滅させ私を追ったが見つける事は出来なかった。
ラギ達が駆けつけた事で被害は最小限に抑えられた。
でも王女の身代わりとなったアリアは肩から背中にかけての切創を負っていた。
適切な措置で命を取り留める事は出来た。
完全に回復すれば日常生活は不自由なく送れると言う。
でもアリアの傷痕が消える事はない。
貴族社会では理由はどうあろうと体に傷のある娘は敬遠される。
それが例え王族を庇い受けた傷だとしても。
まだ若い伯爵家の娘であるアリアが背負うにはあまりにも大きく重い枷だった。
「………」
私はアリアを前にしてかけるべき言葉が見つからなかった。
「殿下、お辛かったでしょう」
自分も辛い筈なのに私のやつれた顔と短い髪を見て目に涙を浮かべたアリアは立ち尽くす私の手をそっと握った。
美しい銀髪に大きな優しい瞳。
幼い頃から側にいてくれた優しく美しく気高いアリア。
アリアの方がよっぽど王女らしいと思ったのは1度や2度じゃない。
私は出来た人間じゃないからこの優しさや美しさを妬んだ事もある。
でもここまで来れたのはアリアとの約束があったからだ。
約束がなければとっくに諦めて森で自害していた筈だ。
「辛くてもここまで来れたのはアリアとの約束があったからです」
それだけを絞り出すように口にすると私もアリアの手をギュッと握り返した。
アリアは一瞬驚いた顔をしたけどそれからフッと表情を緩ませた。
「殿下、お強くなられましたね」
私が?
どこが?
そう言いたかったけどこれ以上怪我をしているアリアに負担はかけたくなかった。
「まずは体の回復だけを考えるように。ゆっくり養生しなさい」
そう言い残して私はアリアから手を離し部屋を後にした。
何でもっと優しい言い方が出来ないのか。
凡庸でひねくれた性格の王女が嫌になる。
部屋の外にはグランが慌ただしい職務の時間を割いて待機していた。
さっきまでアリアが握ってくれていた手を強く握り締める。
まだこれからだ。
私1人では何も出来ない。
でも1人じゃない。
たくさんの人に守られ、支えられている。
アリアが私を強くなった、と感じたならそれは私だけの力じゃない。
自己嫌悪に浸ってる場合じゃない。
私も大切な人達を守れるようもっと強くなろう。
そう心に誓いながら長い廊下を歩んだ。




