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佐倉つぼみが梅野小春を愛でる場合


 佐倉つぼみは、幼い頃からヒーローに憧れていた。

 

 物心ついた時には既に○○キュアの真似をしてポーズを取ったり、兄貴たちを悪役に見立てて殴りかかったりしていた。

 

 無論、戦隊や仮面にもハマっていたし、それは今でも同じこと。

 

 特に最近は、ウルトラが大好物だ。

 

 だから中学生の頃には、カッコよくなれるかもと思って髪を金髪に染める事を決めた。

 

 その頃は髪を長く伸ばしていたから、キュアのヒロインみたいになれるんじゃないかという淡い希望があって。

 

 ──結果として、族みたいになった。

 

 生まれついてのこの吊り目が特に良くないのだと思う。

 

 後は口元にも自信が無い。ニヤッとして口の端が吊り上がると、どうにも怖く見えてしまうらしい。

 

 だから高校に入る前に、髪をばっさりと切った。

 

 染め直すのも止めた。

 

 マスクをした。

 

 ──結果として、ヤンキーと呼ばれるようになった。

 

 どうにも世の中上手くいかないものだなぁと、次の一手を考えていたある日。

 

 佐倉つぼみは、梅野小春のヒーローになった。

 

 

 

「小春ぅ〜!」

 

「きゃんっ!? もう、だからいきなり抱き着くの禁止だって言ってるでしょ!」

 

 昼休みの教室。梅野小春が友人と談笑しているその背後から、佐倉つぼみが突然姿を現した。

 

「すまんすまん。……ん? って事は、先に一言断れば許してくれるのか?」

 

「そっ、それは……。とにかく! 私をびっくりさせないでっ!」

 

「あはは、悪い悪い」

 

 いつものように笑い合う二人は、ちょっとした契りを交わした仲である。

 

 佐倉つぼみが姉貴分。梅野小春はその妹分。

 

 二人で学内の不和を正すべく、正義の味方になる事にした。

 

 そんなただならぬ関係性を感じ取ってか、梅野小春の友人は、怪訝そうに視線を向ける。

 

「……小春ちゃん、この人なの? 一緒に正義の味方始めたのって」

 

「お? 何だお前」

 

「ひっ」

 

「こらっ! 私の友達を怖がらせないでっ!」

 

「あ、いや。別にそういうつもりじゃなかったんだが」

 

 佐倉つぼみに悪意は無い。敵対心がある訳でもない。

 

 ただ単純に、言葉遣いが下手糞なのだ。

 

 敬語とか丁寧語とか、そういうものが上手く使えない。

 

 兄貴たちも家を出るまでは似たようなものだったので、そういう家系なのかもしれない。流石に、社会人になってからはちゃんとしているが。

 

 とにかく、佐倉つぼみに悪気は無くて、単に顔が怖くて口調が荒いというだけなのだ。

 

 それが正義の味方をやる上で致命的な欠点であるという事には、まだ気付いていない訳だが。

 

「あー、その。あんた、悪かったな。別にガン付けた訳じゃないんだ。許してくれよなっ」

 

「え、あ、はい……こちらこそすみませんでした……」

 

「あはは、分かればいいってことよー!」

 

 笑いながら、佐倉つぼみは相手の背中をべしべしと叩く。

 

 その度に「あうっ」という小さな悲鳴が上がるのなんて、お構いなしだ。

  

「もうっ! 何しに来たのよ、つぼみ?」

 

「お、そうだった。あたしは小春に会いに来たんだよ〜」

 

 そう言いながら、今度は小春の方へと移動して頬ずりを始める。

 

 何ともスキンシップが過剰で、梅野小春は顔をしかめる。

 

「や、やめっ」

 

「小春ぅ! 厳しい午後を生き抜く為、姉貴であるこのあたしに、たっぷりとエネルギーを分けておくれ〜」

 

「きゃあ、もう、きもいっ!」

 

 そんな二人の関係性もまた、少しばかり歪なのかもしれない。

 

 

 

 佐倉つぼみは末の妹で、上には兄貴が3人もいる。

 

 その男兄弟の波の中で揉まれてきたが故に、性格は荒々しく、言動は豪快に育ってしまった。

 

 自分より常に立場が強かった兄貴たちに憧れて。

 

 テレビの中のヒーローにも憧れて。

 

 あと一つ、憧れるものがあるとすれば、それは唯一ともいえる女の子らしい部分。

 

 可愛い妹が、欲しかった。

 

 正確には、自分の下にも妹が居れば良かったのにと、ずっと感じていた。

 

 ヒーローというのは大抵、何かを守る為に戦っている。

 

 愛する人だったり、大事な物だったり。

 

 それらを悪者の魔の手から守る為に、彼らは拳を振るう訳で。

 

 だが、佐倉つぼみにはそういうものが何一つ無かった。

 

 家族はみんな、自分よりも強い。

 

 これといって、守り抜きたい信念とかがある訳でもない。

 

 思い付きで行動して、失敗して。

 

 だから、何かが欲しかった。

 

 思い返せば、兄貴たちは常に自分を守ってくれていた。

 

 あのバラバラな三人が手を取り合えていた理由は、もしかすると妹である自分を守る為だったのではないかと思えてきて。

 

 だとすれば、自分にもそういう何かがあれば先に進めるのではないか、と。

 

 そんな事を考えていた矢先、出逢ったのが梅野小春だった。

 

 ひと目見掛けた時から、気になっていた。

 

 その小さな体躯で、懸命に声を張って吠える。まるで小動物のようで、可愛らしい。

 

 佐倉つぼみが何かを見て可愛いと思ったのは、これが初めての事だった。

 

 とはいえ、意識するといきなり声を掛けるのは憚られるというもので。

 

 その時は結局、何も言えなかった。

 

 それから暫くして、その小さな女の子が廊下を駆けているのを見掛けた。

 

 声を掛けようか悩んでいると、その子を追い回すようにしてゴリラが跳ねているのを目にする。

 

 札付きのデブ、じゃなくて、ワルとして有名な、上級生だった。

 

 まさかイジメかと思うと、自然と足が動いていた。

 

 追い掛けて。

 

 見つけて。

 

 殴り飛ばした。

 

 そうしてその子を助けて、正義の味方をやれた事に満足していると。

 

「私をあんたの子分にしてっ!」

 

 突然そんな事を告げられて、面喰らってしまう。

 

 子分という響きには少々引っ掛かりを覚えるものの、それは願ってもない展開であり。

 

 だからこそ、訂正した。

 

「妹分なら、認めてやってもいいよ」、と。

 

 そうして今、佐倉つぼみは梅野小春の姉貴分をやっている。

 

 それをどういう風にしてやっていけばいいのかは、まだ試行錯誤の最中である。

 

 ただとりあえず、せっかく出来た守るべき物だ。

 

 ヒーローらしく、何があっても絶対に守り抜こうと、そう心に決めていた。

 

 

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