弓入みゆりが理崎えのんを想う場合
弓入みゆりは、この学校の生徒会長を務めている。
それは別に、自ら進んで引き受けた訳ではない。
周りから推薦されて、仕方なく引き受けた役職である。
弓入みゆりは昔から、大抵の事は卒無くこなせてしまうタイプの人間だった。
苦手な事が無い代わりに、これといって特筆すべき得意な事というものも持ってはいない。
だいたいの事が出来てしまう結果、それを頼まれたら引き受けざるを得ない状況に追い込まれる。
そうして色々とこなしていくと、自然と周りから期待されるようになって。
期待されれば必然、頼み事をされる機会がより増える事になり。
その極地たる到達点が、現在の生徒会長という地位である。
最初は、とんでもない面倒事を引き受けてしまったと後悔したものだ。
だが、少し経ってから思う。
もしかして、この仕事はとっても楽なのではないか、と。
実際、一日の内に持ち込まれる雑務の量など、たかが知れている。
内容が重い事は稀にあるけれど、それだってひっきりなしに忙しさに追われるようになる類のものではなく。
重要な事案に対して求められるのは、処理の早さではない。そうしたものはあくまでも時間をかけて取り組むべき案件だ。
数日、数週間を掛けて、丁寧に。デリケートな内容のものこそ、ゆっくりと対応するべきで。
結局のところ、一日の大半は暇だ、という話に戻ってくる。
ちゃんとやる事をやっていても、退屈なのだ。
すぐに終わるか、時間を掛けて取り組む類か。そのどちらかしか持ち込まれないものだから、手の早い弓入みゆりは時間を持て余す。
それだけが、悩みだった。
だが、最近は少し違う。
後輩の理崎えのん。彼女が生徒会に入ってきてからというもの、弓入みゆりの毎日は彩られていた。
退屈で空虚なだけの空白の時間というものは、彼女といると訪れない。
──理崎えのんは、何とかして弓入みゆりを退屈させまいと考えて、努力をしている。
弓入みゆりはある日、その事に気付いてしまった。
それは恐らく、みゆりが勘付いてはいけなかった事なのだろうと思う。
だって、それを知っていてなお泳がせているというのは、良くない事だ。
少しばかり趣味が悪い行いのようにも思えてしまう。
少なくとも、他人が知ればそう思わざるを得ないはずだ。
健気な後輩の努力を理解しておきながら、それに言及する事も、褒める事もしないなんて。
それはちょっと、先輩としてどころか、まず人としてどうかとは思う訳で。
そうして、罪な女、である事を自覚しておきながらも、弓入みゆりはあえて何も言わないでいた。
理崎えのんがあれこれと奮闘する様は、見ていて飽きない。
何でも卒なくこなせてしまうみゆりにとって、理崎えのんの頑張りというものは、新鮮にすら見えるのだ。
だからこそ、あえて彼女に努力する余地を与えて、その結果に共に一喜一憂する。
それが今のみゆりの、最大の楽しみなのであった。