雪栗クレアの場合
楽勝だと思っていた。
野球部の予算を賭けて生徒会とやり合う事になったのは、その場のノリによる部分が大半だった。
生徒会長の弓入さんの口車に、まんまと乗せられた形となる。
うちの学校の生徒会といえば、主に活動しているのは二人だけで、後は幽霊部員ならぬ幽霊会員だと聞く。
その真面目な方の二人も、普段は生徒会室に籠もってサボっているとかいう噂が立つ程には、大して真面目ではなく。
だから、楽勝のはずだった。
実際、バッターボックスに立った彼女はガリガリに痩せていた。
私、雪栗クレアは、彼ら不真面目な生徒会とは違う。
厳しい練習にも必ず参加し、毎日の筋トレだって欠かした事は無い。
だから、私の投げたその球が、打たれるはずがなかったんだ。
少なくとも私自身はそう信じていて、手を抜く事なく投げたはずだった。
一球目も二球目もストライクを取って。
楽勝だと思って、三球目を投げた。
その結果は、───
「あれが、理崎えのんさん……」
私の球を打った相手。
私の目の前で、ホームランをかましてくれたあの相手だ。
理崎えのんさん。生徒会に所属している事以外にはこれといった特徴の無い、普通の一年生。
そんな彼女が何故打てたのか、その理由を知りたかった。
──昼休みの一年生の教室は、とても騒がしい。
雪栗クレアは廊下から中を覗いて様子を見る。
気になる相手、理崎えのんの姿がそこにはあった。
彼女は友達らしき背の低い女の子と机を向かい合わせにして、昼食をとっている最中のようだ。
雪栗クレアのいる場所からは遠くて、その内容ははっきりとは聞き取れないが、───
「──へぇー。それじゃ、正義の味方になったの?」
「そう! あんたも何か困った事があったら、私を頼りなさい。友達のよしみで助けてあげるからっ!」
「おー。それは心強い」
小さい子は何やら得意気な様子で、それを聞く理崎えのんは適当に相槌を打っているだけにも見える。
やはり、生徒会の一員としては相応しくないくらい、適当に生きているらしい。
何故あんなのに打たれたのだろうかと、不思議に思う気持ちが更に強まって、───
「おい」
後ろから声を掛けられて、はっとして振り向く。
そこには、何やら鋭い目つきで此方を睨みつけてくる、金髪マスクのヤンキーが居て。
「うちの妹分に、何か用か?」
「え?」
「さっきからジロジロと、教室の中覗いてたろ! それもちょうど小春の座ってる辺りだっ。めちゃくちゃ怪しい」
人違いだ。注目していたのは、その小春という人物ではない。
しかしそれを弁明した所で、中を覗いていた事には変わりない訳で。
それが悪い事かといえばそんな事もないはずなのだが、目の前のヤンキーの剣幕と、その咎めるような目付きに睨まれた結果、何か悪い事をしていたような気になってくる。
自分が悪い。ような気がして。
「な、何でもありません! 失礼しまーす!」
そう言って、その場から逃げ出していた。
「あっ、おい! なに逃げてんだよごらぁ!」
野球部の先輩たちよりも、年老いた監督よりも、あのヤンキーの方がずーっと怖かった。
ショートショートらしく短めに
中身が無い?うん