表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/7

梅野小春と佐倉つぼみの場合


 梅野小春。高校一年生。

 

 私は今、人生最大のピンチを迎えている。

 

「な、なんだよ……」

 

「てめぇこそ何なんだよ、あ"あ"ん? ひっくい肩ぶつけてきておいて、その態度は無いんじゃないかなぁあ?」

 

「ぶ、ぶつかってきたのはそっちだろっ……! わざと腕が当たるようにしやがって……」

 

「はあ? 何言ってんの、このチビ」

 

「ち、チビ!? ぐぬぬ、一番気にしてる事に触れやがったな……! このっ……、デブっ!!」

 

 苦し紛れに付け足したその一言が、デブヤンキーの逆鱗に触れた。

 

「クソチビがっ! 殺すっ!!」

 

 逃げる。

 

 喧嘩の相手に背を見せるのは恥ずかしい事だとか、そんなのは関係ない。

 

 とりあえず身の危険を感じた瞬間にはもう、逃げ出していた。

 

「待てやごらぁあ!!」

 

「誰が待つかよ、このノロマデブ!」

 

 そう言って逃げて、調子に乗って。

 

 駆けて、走って。

 

 駆けずり回って、身を潜めて。

 

 結果としては、追い詰められた。

 

「はあ…はあ……、どんだけ執念深いんだよ、このデブ……!」

 

 行き止まりのどんづまり。

 

 袋のネズミというやつだった。

 

「てめ…、絶対…、殺す…!」

 

 デブヤンキーは息も絶え絶えな様子ではあったが、全身から殺気を放っていて。

 

 横幅だけはご立派なものだから、左右を駆け抜けて逃れるという事もできそうにない。

 

 詰んだ。

 

「やっべ……」

 

 うが〜っ、と。声にならない叫びと共に、デブヤンキーが襲いかかってくる。

 

 この後ボコボコにされて、下手したら死ぬかも。

 

 そういう考えが頭をよぎって、瞼をぎゅっと閉じる。

 

 痛い思いをするのを覚悟した、その時。

 

「おいコラ、このクソデブッ!! そこで何やってやがるっ!!」

 

 鋭い怒声が、私の耳を貫いた。

 

 それは女の子の声で。

 

 でも少しだけ、格好良く聴こえた。

 

「あ"あ"ん!?」

 

 デブヤンキーもその声に反応する。

 

 私を殴ろうとして振り上げていた拳を止めて、後ろを振り返る。

 

 振り向いて、その瞬間に。

 

 デブの顔面に、鋭い拳が突き刺さっていた。

 

 ばんっ、という音がした。とても人の顔を殴った結果発せられるとは思えない、炸裂するかのような音。

 

 デブのパンパンな頬を、何者かの勢いあるパンチがしっかりと捉えたからで。

 

「あたしの見てる前で、弱いもんイジメしてんじゃねえっ!」

 

 拳を放ったその声の主は、格好良くそう締めたのだった。

 

 デブは倒れて戦意喪失。ワンパンKOされて、頬を抑えて逃げ出した。

 

 まあ、あいつの捨て台詞の内容なんかはどうでもよくって。

 

 それより私の注目は、その救世主の方へと向けられていた。

 

 染めた金髪が耳の下まで伸びていて、根元の方は地毛の黒さが少し見え始めている。

 

 白いマスクに覆われて、顔の下半分は隠されていた。

 

 ちょっと吊り目気味の鋭い視線が、壁際に追い詰められてへたり込んでいた私を見下ろしている。

 

「あ、あの……」

 

「大丈夫か?」

 

 その救世主は、私へと向けて手を伸ばす。


 見上げればその人は、マスクで隠されていても分かるくらいはにかんでいて。

 

「怖かったろ? あのクソデブ、図体と態度だけはバカデカいからな。今度徹底的にのしてやるとするかっ」

 

 そう言って、私の手を取り引っ張り上げる。

 

 そこに暴力を振るうような人間の持つ強引さは、全く感じられなくて。

 

 むしろ、私を気遣うような優しさすら持っている。

 

「あたしは、佐倉つぼみ。お前は?」

 

「こ、小春っ。梅野、小春」

 

「小春……かわいい名前だな!」

 

 へへっ、と笑うその仕草が、私の心をぐっと捉える。

 

 この人についていきたいと、そう思ってしまって。

 

 咄嗟の一言だった。後から思えば少々恥ずかしい、不意に思い付いたお願い。

 

「あのっ」

 

「ん? どした」

 

「私を、あんたの子分にしてっ!」

 

「……………は?」

 

 当然の反応だった。

 

 佐倉つぼみが困惑するのも無理はない。

 

 私達は初対面なのだ。そんなよく知りもしないような相手が突然、子分にしろだなんて、───

 

「……子分は流石に嫌だけど」

 

「ぅ、」

 

「妹分、なら……認めてやってもいいよ?」

 

「……え」

 

 妹分。それが子分とどう違うのかはよく分からない。

 

 けれど、私は即答した。ぶんぶんと首を縦に振って、頷いていた。

 

「うんうん、それでいいっ。私、あんたの妹分になるっ!」

 

「まじか! いやぁ〜、嬉しいなぁ! ずっと欲しかったんだよな、妹分!」

 

 そう言って、佐倉つぼみは私へと向けてその手を振り下ろし、

 

「ひゃ」

 

 わしゃわしゃと、私の黒髪を手で撫でる。指を髪の間に入れて、撫で回す。ぐちゃぐちゃにする。

 

「それじゃあたっぷりと、可愛がらせて貰うとするかっ!」

 

「やんっ、ちょっと、何するのっ」

 

「え? 小春はもう私の妹分なんだから、遠慮すんなよ。姉貴であるこのあたしが、存分に可愛がってやるからな〜!」

 

「あうあうあう」

 

 髪やら顔やらを、好き勝手に弄ばれる。

 

 佐倉つぼみは思った以上に力が強く、非力な私は抵抗する事もままならない。

 

「ちょっ! 妹分って、そういう意味なのっ!?」

 

「は? それ以外に何があるんだよ」

 

「もっとこう、舎弟!とか、弟子!とか。 ヤンキーの子分って、そういうものでしょ?」

 

「ヤンキー? あっ。お前まさか、あたしの事そういう風に見てるのか!?」

 

「あのデブをいきなり殴り飛ばすような奴が、ヤンキー以外の何者だっていうのよっ」

 

「いやいや。ちょっと、正義の味方っぽくなかった?」

 

「……ぜんっぜんっ!」

 

 嘘だ。

 

 本当は少しだけ、そういう風にも見えた。

 

 格好良く、見えていた。

 

「えー、なんでだよ。あたしは小春を助けたんだから、ヒーローのはずだろー」

 

「どこの世界に不意討ち顔面グーパン喰らわせるような、正義の味方がいるのよ……」

 

「むぅ。それもそうか。確かにそんな酷いヒーロー、漫画でもあんまり見た事ないな」

 

「居るには居るんだ……」

 

「じゃあ目指すかっ、ダークヒーロー!」

 

 ハッハッハ、と佐倉つぼみは何やら一人で盛り上がっている。

 

 こんな変人の妹分に名乗り出てしまったのかと思うと、少し頭が痛くなってきた。

 

 思わず、嘆息する。

 

 けれど、それは嫌な溜息ではない。

 

 むしろ少しだけ、安堵というか落ち着きというか、そういう穏やかな感情を交えたもので。

 

「……それじゃあ、私も手伝ってあげる」

 

「お? 何を?」

 

「あんたの妹分として、これから色々と手助けしてあげるんだからっ。覚悟しときなさいっ!」

 

 そう宣言して、微笑んでいた。

 

 明日からの学校生活が少し楽しくなりそうだと、そう思えた。

 

「おお、それは助かる! ありがとっ、小春ぅ〜!」

 

「わっ! い、いきなり抱き着くの、禁止っ!」

 

 こうして、梅野小春と佐倉つぼみの関係性は構築されていく。

 

 姉妹のような関係として。

 

 これから学校中の不良たちを震え上がらせる程の、正義の味方として。

 

 その関係は、これから触れ合いを重ねる毎に、次第に円熟していくのであった。

 

 

思いついたら書き進める、不定期更新です。

百合作品もっと流行れ……

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ