苦戦
「少々侮っていたようだな」
魔王はそう言うと手の甲から腕にかけて模様のようなものが浮き上がった、魔術刻印である。
私は再び魔王に向かって突進し魔剣で斬りつけたが、ガンと大きな音を立てて剣がピタリと止まる、魔王は腕で剣の攻撃を止めていたのだ。
良く見ると剣の刃が、魔王の腕から数ミリ浮いていて腕には届いていない、おそらく魔術刻印のせいだろう、私の知らない防御術式だ。
まるで目に見えない何かを両腕に纏っているようだった。
私は後ろに跳躍して距離を置く。
「ファイアーボール」
魔王の頭上に家サイズの巨大な火球が出現しそのままま落下した。
「無駄だ」
魔王がそう言うと火球は魔王のデコピンであらぬ方向へ飛んで行って爆発した。
(あーアレ私が良くやる奴だ)
魔王は笑みを浮かべる。
「ファイアーボール」
私の頭上に見た事の無い大きさの火球が出現した、私のファイアーボールの5倍ぐらいの大きさだ、その火球が私めがけて降って来る。
「は?」
デコピンではね返せるレベルじゃなかった。
「思考加速、並列処理、ファイアーボール」
ファイアーボールを球状に複数設置して魔王と同じぐらいの大きさにしてぶつける。
「嘘、これで押し負けるの?」
さらに数を追加、魔王より大きなファイアーボールでやっと押し返した。
ファイアーボールは上空はるか高い高度まで上昇すると爆音と共に爆発して消え去った。
「ほう」
魔王は興味深そうに私を見ている。
わかっていた事だが単発の威力では魔王にかなわない、と言うか問題外レベルだった。
「お前に興味身が沸いた、名を聞こう」
「エリス・バリスタよ」
「お前は何者なのだ」
「ただの人間なんだけど」
「馬鹿を言うな、人間がお前のような力を持っているはずがない」
「私が聖女だと言ったらどうする?」
「なんだと!!」
魔王は驚きの表情を浮かべる。
「そうか、聖女の器に魔人の力を満たしたのか…… いや聖なる力で相殺されてこうはならん、じゃあ聖なる力はどこへ……」
魔王は独り言のように呟き顔を上げる。
「お前は危険な存在だ」
「知っているわ、貴方と同じ悪役ですもの」
魔王の魔術刻印は両腕のみ、それ以外ならば攻撃は通るはず。
私は地面を蹴って魔王に斬りかかかる、
「はあぁぁぁぁっ」
正面からの縦の斬撃、魔王は腕を交差させて受け止めた。
(よし、両腕が塞がった)
「リッゼーロッテ!」
「御意」
リーゼロッテは魔王の後ろに転移すると、カルンウェナンに魔力を流し込みながら振るった。
私の胸を貫通した短剣である、魔道具の部類なので起動術式は不要なのだ。
魔王の首が再び宙を舞い、地面に転がる。
首の無い体が動ける事を知っている私は間合いを避けて後方に下がった。
「無駄な事を」
地面に転がった頭そう言うと、体と頭が無数のコウモリとなって空高く飛び立つ。
「雷光神槍」
私の頭上に雷を纏った光の槍が30本出現し、コウモリめがけて射出された。
コウモリは回避行動をとろうとするが間に合わない、なにしろこの光の槍、音速を超えているのだ、至近距離でコウモリが回避できるものではない。
それに並列処理で1本ずつ軌道をコントロールしているのでコウモリが逃げた先へとロックオンされる。
一撃で複数のコウモリが巻き込まれたりしたため、この攻撃により30匹以上のコウモリが一瞬で塵となり消え去った。
空中で人型に戻った魔王が地面に落下して片膝をつく。
「おのれ!!」
ダメージは通ったみたいだ。
魔王は全身に魔術刻印を浮かび上がらせる。
「本気で俺を怒らせたな」
さすがにこれは厄介だ、不死の上に全ての物理攻撃が無効化されている。
正直勝てるビジョンが思い浮かばない。
リーゼロッテが再び魔王の後ろに転移して奇襲をしかけ、短剣で魔王の首を狙うがキンと言う音と共に魔王の首筋で短剣の刃が止められてしまった。
今の魔王は全身に魔術刻印があるのだ、勿論、首筋にも。
「煩い蠅め」
魔王はリーゼロッテの手首を掴んで地面に叩きつける。
「ガハッ」
リーゼロッテは地面にめり込み吐血した。
魔王はリーゼロッテの首を両手で掴むとそのまま体を持ち上げる。
「放しなさい」
私は魔王に斬りかかるかが魔王は振り向きさえしない。
ガンガンといくつかの斬撃を魔王は背中で受け止めるが魔王に刃は届いていない。
魔王はギリギリと両手でリーゼロッテの首を絞め上げ、ついにリーゼロッテの首は鈍い音と共におかしな方向へ向く。
「しばらくそこで死んでいろ」
魔王はリーゼロッテの『死体』をそのままま地面に投げ捨てた。
「リーゼロッテ!!」
リーゼロッテも不死である事は知っていとは言え、私の目の前で一度殺されてしまうのはさすがに辛い。
リーゼロッテは『逃げてください』と私に言って突っ込んで行ったのだ。
今の魔王に攻撃をしかける事は死を意味する、リーゼロッテは自分自身を使って私に知らせてくれたのである。
言葉だけで逃げろって言っても、私は逃げないと知っているから。
「でもねリーゼロッテ、私は逃げないよ」