変化
避難所の手伝いを済ませた後、自分のテントに戻るとエヴァとカール神父が揉めていた。
「一般市民の避難に同行など納得できません」
「既に決まった事ですよ、カール神父」
カール神父は、どうやら与えられた任務が不服のようだった。
市民と一緒に第二都市まで移動するので、数日間はこの地を離れなければならない。
「しかし、教皇様を化け物と二人きりにするわけには……」
「私が討たれるとでも? 私の実力を疑うのですか?」
「いえ決してそのような事は……」
「ならば問題は無いはずです、それとも勅書が必要でしょうか」
「それだけはご勘弁を、教皇勅書とかシャレになりませんよ」
教皇勅書とは羊皮紙に勅令を書いて金印を押した物だ、世界各国で公的な効力を持つ文書である。
(ワールドワイドなスケールで命令されたらそりゃ逆らえないでしょうね)
ほぼ脅迫に近い強引な態度で、私はカール神父に少しだけ同情した。
「そこまで言われては仕方がありませんね、お引き受け致します」
「よろしい、一般市民はこの後すぐに出立しますので時間がありません、急いで支度なさい」
「かしこまりました」
カール神父はエヴァに一礼をすると、私の横を殺気を纏いながら通り過ぎて行った。
彼の考えてる事はだいたいわかる、この場で私を始末してしまえば、後々の憂いも無くなるからだ、それが殺気として漏れ出ていた。
(カール神父も融通の利かない性格よねぇ)
「あらエリス、居たのね」
エヴァは私を見ると笑顔を見せて駆け寄る。
すっかり『エリス』呼びが定着して、最初の頃の刺々しさも消えていた。
(うーんなんだろう、この変化)
『あら以外と早かったわね』
頭の中に声が響く、リリスの声だ。
『早いって何が?』
『エリスに好意を持っているって事よ』
『エヴァが私に?』
『ええ、そうよ』
『でも急すぎない?』
『エヴァは魔物に対するトラウマを解決したわ、その結果エリスと接する事が嫌ではなくなったのよ』
『そんなにすぐに克服できるものなの?』
『私がちょっと手伝ってあげただけよ』
『リリスが何かしたの?』
『私は見ていただけで何もしてないわ、あの娘は夢を見て真実を知った、ただそれだけ』
『それでもマイナス感情がプラスになるものなのかしら』
『もうひとつ理由があるわ』
『もうひとつ?』
『ええ、貴女はあの娘の目の前で変身をしたでしょ』
『したわ』
『それが原因ね』
『え?』
『貴女の変身した姿にひと目惚れだったみたいよ』
『…… わけがわからないわ』
この世界において主人公である私は女の子に好意を持たれやすく、特に攻略可能なヒロインに対しては、それが顕著に発揮される、おそらくそう言う事なのだろう。
「どうしたの、ぼーっとして」
はっと気が付くとエヴァが私の顔を覗き込んでいる。
「ちょ、ちょっと考え事を」
「しっかりしなさいよね」
私は目の前のエヴァを抱きしめた。
エヴァは顔が真っ赤になる。
「えっ? いきなり何?」
「エヴァちゃんありがとう」
「は? 私何かしたかしら?」
エヴァはカール神父を危険と判断して危害を加えないように私から遠ざけたのだ、でもそれは口に出しては言えない。
そしてエヴァを護衛する従者を遠ざけると言う事は、私の事を信頼していると言う事だ。
そう言う事も含めてありがとうって言葉になった。
「あのー、お楽しみの所申し訳ありませんが」
いつのまにか転移してきたリーゼロッテが隣に居た。
「そろそろ合同会議のお時間です」
「あっ、そ、そうだったわね」
聖女や勇者と軍の関係者が合同で今後の対策を決める会議の時間になっていた。
「私行かなきゃいけないから、エヴァちゃんはここで待っててくれる?」
「私も同行します」
「でも正体バレちゃ駄目なんでしょ?」
「そこは大丈夫、教会からの使者って事にするから」
そんなわけでエヴァも会議に出席する事になった。
会議には幹部候補生訓練所の会議室が使用された、私が通った場所なので良く覚えている。
会議にはクラウディア、ギルベルト、あとは騎士団や魔導士の偉い人がずらりと並んでいる。
「えー、突然ですが本日の会議に、教会より派遣された使者の方が出席されます」
エヴァが立ち上がって挨拶をする。
「エヴァと申します、目的は現状調査を行い、被害状況の把握と必要な支援の決定、教会に対してその要請をする事が使者として私の務めです」
「既にテントの支給及び設営、食料品、衣料品、薬品等の支援を決定しました」
首都から全員脱出と言う前代未聞の疎開が行われたのだ、各地で人があふれ収容施設の不足や物資の不足が問題になってる。
教会が寄付を募れば各国の教会を通して支援物資が集まるしくみになっている、教会の影響力は絶大なのだ。
まずは明確な支援を表明する事で、エヴァの立場が格段にはね上がった。
会議に出席したお偉いさん達も『何しに来たんだよ』と言う態度から『熱烈歓迎』と言う態度になってる。
エヴァは各国を渡り歩いているせいもあって、そう言う交渉術に長けているのだ。
議題としては伝承の武器を与えられた宮廷騎士団が総崩れになった事が問題視された。
「僕が前線に行くしかないでしょう」
とギルベルトが意見を述べる。
「しかし勇者殿には都市防衛の責務が」
「前線で倒れるようならば、都市の防衛をしても持ちこたえられるはずがない、都市が蹂躙されると言う結果は変わらない」
「勇者が前線に赴くならば妾も行かねばなるまい」
クラウディアも前線へ行く決断を下した、勇者と聖女はペアで行動するのが常識なので、そうなるだろうとは思っていたが。
「あのー、私とキャサリンが前線に行くと言う案はどうでしょうか」
まがりなりにも私も聖女と認められたのだ、キャサリンを勇者として見立てれば、勇者と聖女のペアは成立する。
「妾は反対じゃその組み合わせは、いささかバランスが悪い」
とクラウディアに反対された。
「剣と盾が必要なのじゃ、お主達の場合は剣と剣じゃの」
「では、盾があれば行っていいのですね」
「お主まさか……」
私とクラウディアは同時にエヴァを見た。