交渉
暗闇の中を明かりも使わずに走り抜けた。
そう、私の身体能力では夜でも昼のように見えるので明かりは不要だ。
それに私が見ているのは赤外線なのだ、それは建物を貫通して見ることができる、私に遮蔽物なんて意味がない。
私の追跡から逃げられるはずもないのだ。
幸い、尾行は気付かれていないようなので、数百メートルの距離を離してついて行く。
彼女は街はずれの小さな教会へと入って行った、どうやらそこを拠点として使っているらしい。
私は彼女と会わなければならない、やるべき事は交渉だ、教会とは敵対したくない。
さてどうしたものかと思案する。
「よし正面から堂々と入ろう」
話し合いにきただけであり、別に襲撃にきたわけでは無い、堂々としていればいいのだ。
私は教会の入口に立つと、木製の重厚な扉を開いた。
扉がギィと音を立てる。
「お邪魔しまーす」
足を踏み入れた瞬間、大剣がもの凄いスピード飛んで来た、しかし私は大剣の刃を2本指でつまんで止める。
「危ないなぁ」
「ここは祈りを捧げる神聖な場所、化け物が立ち入って良い場所では無い」
正面に例の男が立っていた、確かカール神父って言ったっけ。
「教会と敵対する気はありません」
「化け物と話す事など無い」
「教皇様と話をさせてください」
「くどい!! 貴様が会えるようなお方ではないのだ」
「お待ちなさい」
聖堂に響く女の声、声の主はエヴァだ。
「話だけは聞きましょう」
「やっと話を聞く気になったのね」
「ここで戦闘は避けたいだけ、帰れと言っても帰らないのでょう?」
「話を聞いてもらえるまでは」
「話を聞いたら出て行く事、それが話を聞く条件」
「お話ができるだけでも進歩と受け止めます」
「私は貴女を信用していないわ、だから話は結界の中で聞きます、こちらへ」
エヴァは教台に立ち、私は信者が座る席の最前列の椅子に腰かけた。
ズンと体が重くなる。
エヴァの結界だ、禁域と呼ばれている。
「この国は今、大きな困難に立ち向かっているわ」
「知っているわ」
「魔王討伐でお互い協力できるんじゃないかと思って」
「化け物なんかと協力するわけ無いじゃない」
プロフィールを読んだので彼女の過去は知っている、両親が目の前で魔物に殺されたのだ、だから魔物を憎んでいる。
私も幼少の頃マリーを失いかけた、もしあの時マリーを失っていたら私も魔物を憎んでいたのかも、そう思うと彼女の感情は少しだけ理解できる。
「教会にとっても魔王は敵でしょう?」
「当たり前じゃない」
「魔王は楽に倒せる相手じゃないわ、200年前の犠牲者の数、知らないわけじゃないでしょう」
「ええ」
「人間の血を流さずとも、魔王と戦って血を流す化物がここに居るのよ、多くの人の血を流すよりずっとマシだと思わない?」
「何が言いたいの?」
「魔王討伐まで休戦しましょう、私達が魔王を倒しても、逆に魔王に倒されたとしても、教会側にはメリットしかないでしょ」
「そう言う考え方もあるわね」
「だから私達みたいな化け物同士を、同士討ちさせておいて、最後に残った方を討伐すればいい」
「でも、貴女が魔王と手を組むと言う可能性は?」
「私達が信用できないのなら監視をつけてもらっても構わないわ」
彼女は少し考え込む、しばらく沈黙の後。
「わかりました、その提案を受け入れます」
その時、横からカール神父が割って入った。
「教皇様!! 化け物の話を信用なさるおつもりですか?」
「私が自らこの目で確かめます」
「今何と?」
「私がこの化け物を監視すると言っているのです」
「き…… 危険すぎます、教皇様」
「下がりなさいカール神父、結界が使えない貴殿では荷が重い、ここは私が適任でしょう」
「ぐっ」
その言葉には反論できなかったようだ。
「かしこまりました、くれぐれもお気をつけて」
カール神父は渋々引き下がる。
どうやら上手く行ったようだ。
もし私の討伐をやめろと言っていたら,この交渉は絶対上手く行かなかっただろう、メリットを提示して妥協できるポイントを探るのが交渉だ。
(前世の仕事のスキルが役に立ったわね)
ふっと私の体が軽くなる。
「もう結界を解いていいの?」
「高い威力の結界は魔力消費量が大きいのよ、今後に備えて魔力の回復は必要だわ」
「あら結界の魔力消費量が大きいなんて私に教えていいのかしら」
「常識の範囲でわかる事よ大した情報じゃないわ、具体的にどれぐらいの時間持つのか知られていないし」
私が席についてから話し終わるまで、彼女は高威力の結界を維持し続けた、それだけでも相当な魔力量の持ち主だとわかる。
「交渉もまとまったし、そろそろ帰るわ、貴女も来るんでしょ?」
「当然よ、化け物を監視するのが私の役目ですもの」
「聖女式典に呼ばれたんだから私の名前ぐらい知ってるでしょ、私は化け物じゃなくて『エリス・バリスタ』よ教皇様」
「……」
「どうしたの?」
「人前で教皇と呼ぶのはやめて欲しい」
「どうして?」
「式典には影武者が出席していたの、影武者は国王陛下と共に避難しているから、教皇はここに居ない事になっているわ」
「あー、だからVIP待遇を受けているのは影武者の方で、本物は食べ物にすら困っていたと」
「うう……」
「式典に偽物が出席していたとなると、外交上問題よねぇ」
「うう……」
「じゃあ、貴女の事は『エヴァ』と呼ぶわ、私の事は『エリス』と呼んでね」
「……」
彼女は複雑そうな顔している。
「返事は?」
「……… はい」
「そろそろ戻りましょう、エヴァちゃんも来るんでしょ」
「ちゃん!?」
「何か問題でも」
「いえ別に……長い間そう呼ばれた事、無かったから」
彼女はとまどっているけど、そんなに嫌がっているようには見えなかった。
「ハニー誰よこの女!!」
「ご主人様ったら、また新しい女を連れ込んで」
広場のテントに戻ると、いきなり捲し立てられた。
顔合わせのためにリーゼロッテ達も呼びだしたのだ。
「今日から私を監視するエヴァちゃんでーす、はい自己紹介」
「あなた達を討伐に来たエヴァです、後でみんな殺すのでヨロシクお願いします」
「緊張しているのね、可愛いわ」
私はエヴァの後ろから抱きついた、エヴァは身長が私より低く抱きつきやすい。
金色の髪にブルーの瞳、お人形さんみたいな絶世の美少女だ。
「あら教皇が仲間になるなんて、どういう風の吹き回しかしら」
とリリスが言う、リリスは事情を把握してるらしい。
「仲間になってません!!」
すかさずエヴァが否定する。
「私の仲間と会うのは初めてでも、知っているんでしょ?」
「ええ、亡国の吸血鬼リーゼロッテ、サキュバスの女王リリス、100万クラスの魔人ファドセルね」
「さすがね、ファドセルが100万クラスになったのは最近なのに」
「教会には暗部組織とそれに連なる諜報機関があるのよ、監視対象の情報は最優先で私の元に届くわ、それに…… エリス、貴女も監視対象になったわ」
「そうでしょうね」
私はハァとため息をつく。