ヒロイン
私は、ファドセルのほぼ全力の攻撃呪文を頭部に受けた。
「あら、案外躊躇しなかったわね」
横から声がした。
ファドセルが声の主に視線を向ける。
そこにはリリスが立っていた。
『居るなら助けてくれたっていいでしょう』
と私の魂の叫び。
『今となってはリリスに届くはずも無く……』
「届いているわよ」
「えっ?」
「いい加減、目を開けなさい、死んでないから」
言われた通り、目を開けてみる。
私の目の前にはファドセルが居る。
「本当だ、私生きてる……」
ふと私を持ち上げているファドセルの手の力が弱まり、ドサっと私は地面に落ちた。
「間に合ってよかったわ」
とリリスが言う。
「間に合った?」
「ええ」
「何が?」
「カーラの呪術よ」
「?」
「カーラの呪術をファドセルにかけたわ」
「つまり?」
「今のファドセルのステータスは、ヒト桁下がってるのよ」
かつて私のステータスを下げていた呪詛である。
「呪いは複雑かつ厄介な術式でね、無力化には時間がかかるわ、だから貴女から呪いを解く時、私に移し替えていたの、そこからゆっくりと解析して無力化して行ったと言うわけ」
「そんな無茶な」
リリスは魔族であるが故、魔力の塊が本体のようなものだ、一歩間違えば消滅していただろう。
「道理で、滅多に出てこないと思っていたら……」
「完全解析したから、私にも呪詛が使えるようになったわよ」
私の心配をよそに、晴れやかな顔である。
私はスっと立ち上がるとファドセルに向き合う。
「もう大丈夫、ファドセル、貴女を助けるわ」
ファドセルはその言葉を無視して突っ込んできた。
でも私は指1本でピタリとその動きを止める、完全に私の方が格上なのでもう脅威では無い。
その時である、リリスは柏手を打つようにパァンと手を鳴らした。
ファドセルはそのまま意識を無くし、その場に崩れ落ちた。
「何をしたの?」
「眠ってもらっているわ」
「これからどうするの?」
「ファドセルの洗脳を解くわ」
「そんな事できるの?」
「精神に作用する事において夢魔の右に出る者は居ないのよ、たとえ魔王であっても例外ではないわ」
リリスは目を閉じて眠っているファドセルに何かの術式を施している。
ファドセルの体が青白い光に包まれていた。
やがてファドセル額に『肉』と言う文字が浮かびあがった。
(あれはどう見ても漢字の『肉』よね?)
魔術の魔法陣に現れる古代文字の中に、たまに日本語の漢字にそっくりな文字があったりする。
偶然の一致と言うものだ。
「洗脳の解除終わったわよ、呪詛も解除しておいたわ」
「え? 額の字は残ったままなの?」
「字じゃないわよ、魔術刻印よ」
「刻印?」
「貴女は胸に聖女の印である聖印を持っているでしょう、それと似たようなものよ」
「そう言うものなのかしら……」
「ところで、ファドセルが目を覚まさないんだけど」
「決まってるじゃない、眠った姫を起こす時は王子様のキスだって」
(またこのパターンなのね)
「仕方ないわね」
ため息ひとつついて肩をすくめると、私はファドセルの唇にそっと口づけをする。
するとファドセルの目がカッと開き、舌を入れて来た。
「んんーんんー」
(やっぱりこうなるのね)
私はキスをしたまま、長い時間ファドセルに抱きしめられていた。
「ハニー会いたかったわ!!」
「ぜーぜー」
やっと解放された私は、陸に上がった魚みたいに口をパクパクさせて涙目になっている。
ファドセルとの繋がりは完全復活していて、私に、とてつもない魔力が上乗せされているのが自分でもわかる。
そう、私も100万クラスへと昇華したのだ。
今はリーゼロッテ1人で50万クラスの魔力総量はある、リリスが3万だから単純計算で、私の魔力総量は153万ぐらいだろう。
(それでも……それでも魔王には遠く及ばない)
私が50万クラスの時に10倍と言われたのだ、魔王は推定で500万である。
(少しマシになった程度ぐらいに思っておこう)
魔王とは圧倒的な戦力差がある事に変わりはなかった。
「ねぇリリス」
ふと思いついた事を聞いてみる。
「何かしら?」
「魔王に呪詛……」
「ラスボスに状態異常は効かないわよ」
「デスヨネー」
まぁそうだろうとは思った、駄目モトで聞いてみただけだし。
「それにしてもリリス、今回は干渉しすぎじゃないの?」
リリスはサポートキャラクターと言う役割でシナリオに過度の干渉はしないはずなのだ。
でも、今回はリリスが居なかった私は死んでいただろう。
「前作のヒロインは誰だか覚えている?」
「貴女よね」
「じゃあ何で今作でヒロインが活躍しないなんて思うの?」
「アッハイ」
「前作のヒロインに『私』を選んだのならば、戦闘で使えるキャラクターになるのよ」
「そうなんだ」
「主に補助関係の役割になるわ、敵へ状態異常の付与、味方の能力アップ等ね」
「らしいと言えばらしいけど、そんな事できたんだ」
リリスと言うキャラクターは謎めいていて、未だにリリスの全容が把握しきれていない、いつもリリスには驚かされてばかりだ。
そんなリリスは悪戯っぽく笑っていた。