パレード
私が聖女に選定されてから2か月が過ぎ去り、聖女誕生の記念式典が行われた。
記念式典を開催するまで2ヶ月かかった理由は、式典の招待状を書面で送るのに船や馬で運ぶので日数がかかると言う事と、返事をもらうのも同じ理由で日数を要する上、参加者は長い旅路を何日もかけてやっとこの国の首都に到着するからだ。
連日国外からも次々と来賓があり、国王陛下にお祝いの言葉を述べる人達が行列を作っていた。
国内からも遠い街から貴族や商人が首都に押しかけてきて首都の人口が一時的に急急増したらしい。
今日はパレードが行われる日なのだ、聖女の姿をひと目見ようと国の内外から人が押しかけた結果、このような状況になっている。
私は純白のいかにも聖女っぽい衣装を着せられ、パレード用のオープンな馬車に乗せられて首都をぐるりと一周する予定になっていた。
「もう帰りたい……」
「なんじゃ、緊張しておるのか?」
クラウディアもパレードに参加するので待機していた所だった。
「そりゃもう、ガチガチに緊張しております」
「笑顔で手を振るだけの仕事じゃぞ? 難しい事は何も無いはずじゃが」
「コミュ障には地獄ですよ」
「コミュ障と言うのは良くわからんが、要するに苦手って事は伝わったぞ」
「妾のパンツを下す度胸はあるのに、肝心な所は意気地がないのう」
「それはもう時効にしてくださいよ第一聖女様!」
「学校を卒業したらお主が第一聖女となるのじゃ、聖櫃もお主のものとなる」
「それはお断りしたいのですが……聖櫃に何回か蹴り入れてますし」
「なんじゃと!?」
「いえ夢の中でですよ夢の中」
「夢の中でも駄目に決まっておるじゃろう、バチ当たりな奴め」
「えー」
「なんか最近聖櫃が台から転げ落ちている事が多くてのう、本当に蹴りを入れてないのじゃな」
と念を入れて確認される。
「現実世界では絶対に蹴り入れてませんから!」
今後は聖櫃を敬うようにと注意指導されて夢の中の出来事は許してもらった。
そんなやり取りをしている間に無情にもパレードの時間がやって来た。
首都の街道を行進する長い行列。
パレードの前後を宮廷騎士団に挟まれる形で護衛され、前列にクラウディアの乗る馬車がある、その馬車横を勇者ギルベルトが馬に乗って護衛する形だ。
キャサリンとウェンディも街の警護に駆り出されているはずなのでどこかに居るはずだ。
キャサリンはマスターをお守りしますと言って私の警護を願い出たが、経験不足と言う事で認められなかったらしい。
私はパレードの列の中央に配置され、晒し者になっていた。
街道は人で埋め尽くされ、割れんばかりの歓声が上がっている。
私は自分を笑顔で手を振る機械だと思い込んで、何も考えずに馬車に乗っていた、こんな時は余計な事を考えない方が良い。
「すごーいあの聖女様歯車で動く人形みたい」
群衆の中から子供の感想が聞こえた。
目からハイライトが消え、正確なリズムで左右に手を振る私を見れば誰だってそう思うだろう。
(やっぱり帰りたい!!)
私の心は早くも折れかかっていた。
予定ルートを3割ぐらい進んだ所だろうか、突然大きな音がした。
屋根が無いので前方の様子が良く見える、前方に黒い煙が上がっていた。
あわただしく動き出した護衛の騎士に尋ねた。
「何事ですの?」
「パレードの進行方向に爆発を確認しました」
そう言うとその騎士は前方へと走り去って行った。
群衆がザワついている、警備員が群衆の避難誘導を行っているが、上手くいっていないようだ。
「第二聖女様、ここは危険ですのでこちらへ」
声の方へ振り替えると、私の元へマイラが駆け寄って来ており、私の手を引いている。
「どうしたのですか?」
「聖女見習いが聖女様の避難誘導する役目を仰せつかっております」
私は事態が呑み込めないままマイラに手を引かれて馬車を降りた。
群衆をかき分けながら入り組んだ路地をいくつも曲がり、どんどん奥の方へ連れていかれる。
「マイラ、この道で合っているのですか?」
「ええ、合っています、確かにこの道です」
人がどんどん減って、最終的には誰も居なくなった、マイラに連れてこられた場所は行き止まりだった。
いくら何でも不自然である。
「行き止まりのようですが……それに周りには誰も居ないようですね」
と私はマイラに尋ねる
「人が居ないのは人払いの結界のせいでしょう」
とマイラが答えたその時、声がした。
「ほう、そいつが聖女か」
振り返ると魔人がそこに立っていたのだ、前方は行き止まりで逃げ道は無い。
「どうしてここに魔人が!?」
「おそらく人間の中に内通者が居たと思われます」
とマイラが私の疑問に答えた。
魔人は私達に向かって襲い掛かって来たので、私はマイラをかばうようにして魔人の前に立ち塞がる。
魔人はヒュンと音を立てて拳を繰り出したが、私は片手で魔人の拳を受け止めた。
「なんだと!」
この魔人、実力的には上位魔人の底辺程度だろうか、正直、目を瞑っていても勝てそうな相手だ。
その時だ、私の胸から刃物の刀身が突き出した、背後から刺されたのである。
「マイラ貴女……」
「内通者はこの私よ」
私は口から血を吐きだした。
短剣はどうやら私の心臓を貫通している。
「祝福短剣よ、貴女の衣装の防御を貫通する能力がある」
私は並のナイフなら貫通しないのだが、聖女の服に施した防御を突破するための術式が、運悪く私の身体の防御力を突破する事となった。
「でかしたぞ!」
魔人がマイラを賞賛する。
「俺様が止めを刺してやろう」
魔人がそう言ってエリスに掴まれた手を振り払おうとしたが、がっちり掴まれて動かせない。
私が更に力を込めると、魔人の手の骨が鈍い音を立てて砕け、魔人は悲鳴を上げて後ずさる。
「ば……馬鹿な!」
それが魔人の最後の言葉だった。
私は人差し指を魔人に向け、右から左へ横方向へすぅっと動かした。
たったそれだけで魔人の首が宙を舞った。
私は短剣を背中から引き抜くと、マイラに向かって振り返る。
マイラは驚きを隠せない。
「どうして……どうして生きているの!!」
『不完全な不老不死』によって即死する事も無く、肉体の再生能力を持つおかげである。
私の体は既に再生を完了している、真祖の吸血鬼の血と、魔人の血を取り込んだのだ、あれぐらいでは死ぬはずがない。
ナイフで刺されて死なない私を見てマイラは何か確信したらしい。
「そう……そうだったのね、貴女もそうなのね」
マイラがそう呟くと、マイラが変身した。