記憶
私は再びあの夢を見た。
「エリスちゃんを虐めるな!」
少女が立ち上がり両手を広げ、ヘルハウンドの前に立ちふさがった。
「危ない、マリーちゃん!」
ヘルハウンドの鋭い牙と爪によってマリーの体は引き裂かれ、花畑が血の海となる。
「いやあぁぁぁ」
幼いエリスは言葉とも悲鳴とも区別のつかない声を発していた。
「だめえぇぇ」
幼いエリスは倒れているマリーの上に覆いかぶさった。
ヘルハウンドは容赦なくエリスに襲いかかる、しかしエリスの体はヘルハウンドの牙を弾き返した。
この時、幼いエリスは無意識に『聖域』を発動していたのだ。
ヘルハウンドは火を吐いても牙を突き立ててもエリスにダメージを与える事ができず、最終的にはあきらめてその場を去って行った。
「マリーちゃんしっかり、マリーちゃん!」
しかし返事はなかった。
「無駄じゃよ、その娘はもう助からん」
気が付くと一人の老人が立っていた。
「そんなの嫌ぁ」
幼いエリスはポロポロと涙をこぼす。
「ヒールでその娘の肉体を完全再生したのか、体の欠損まで元通りになっておる。こんな所で聖女と出会うとは……」
マリーの肉体は引き裂かれていたが、エリスのヒールによって元通りに戻っていた。
「肉体を直せても魂までは直せぬ、この娘の魂は欠けておるのでな」
「マリーちゃん起きて、ねぇマリーちゃん」
「お主、そんなにこの娘が大切か?」
「うん!」
「この娘は危機的状況にある、助ける方法はただひとつ」
「どうすればいいの?」
「お主の聖女の力をこの娘に移すのじゃ、そうすれば聖女の力により魂の復元ができるようになるであろう」
その老人は少女の前にナイフを投げた。
「そのナイフで自らの胸を突くが良い」
エリスは即座にナイフを胸に突き立て、エリスはその場に崩れ落ちる。
「躊躇なしか、さすが聖女と言ったところじゃな」
老人はエリスからナイフを引き抜くとマリーの体の上に乗せる。
そのナイフは特殊な神器だった、胸に突き立てたとしても肉体を傷つける事は無かったのである。
その説明無しで胸にナイフを突き立てたのだ、エリスは自らの命を投げだしてマリーを救う決断を下したのだった。
老人が神器をマリーの体の上にのせ、呪文のようなものを唱えるとマリーの体が光で包まれ、マリーが目覚めた。
「ここは……」
マリーの目の前にエリスが倒れていた。
「エリスちゃんしっかり、エリスちゃん!」
「気を失っているだけじゃ、心配は無い、しばらくすれば目覚めるじゃろう」
老人がじっとマリーを見る。
「ふむ、まだ存在が希薄じゃの、成長する頃には欠損した魂も満たされるであろう」
「なんの話?」
「いや、何でもない、2人には悪いが今の記憶は消させてもらうぞ」
「どうして?」
「ワシは人間では無いのでな、本来ならばこのような形で人間に干渉してはならぬ存在ゆえ、他人に知られては困るのでな」
そう言うと2人はその場で眠りについたのだった。
そこで私は目が覚めた。
「あのジジイの声、聖櫃の声だった……」
私は失われた過去を見せられて、衝撃の事実を知ってしまった。
その日、マリーを連れて聖櫃が保管されている神殿へ向かった。
聖女である私は神殿には出入り自由なのだ。
私達は聖櫃の前に立つ。
「マリーこの聖櫃に両手をかざして魔力を送ってみて」
「うん、やってみる」
マリーの神聖術はどう考えても聖女レベルとしか思えない。
選定の儀式と同じようにマリーに同じ事をやってもらった。もしかしたら何らかの反応があるのではないかと期待しての事だった。
しかし聖櫃は反応しない、どれだけ長い時間が過ぎただろうか。
「何も起きないね」
「そうね」
砂時計2つ分ぐらいの時間をかけたが聖櫃が反応する事はなかったのだ。
「もういいわマリー有難う」
マリーに聖女の資格が無いと言う事がわかった、しかし、マリーは明らかに『エリス・バリスタ』の聖女の力を引き継いでいる。
なのに聖櫃は空っぽの器である私を聖女として認定しているのだ。
(意味がわからないわ、聖櫃がただのポンコツと言う可能性もあるけれど)
私は落胆しつつ神殿を後にした。
私はベッドの上に寝転がってぼんやりと考える。
聖女の力をマリーに移す儀式によってマリーは魂の復元をする事ができ、マリーは神聖魔法を使えるようになったのだ、だがマリーは完全には適合していないのだろう。
そうでなければマリーは今頃、聖女として崇められているはずである。
あの夢は私が聖女の力を失っている事を再確認しただけだ、私には聖女の力が無い。
「じゃあどうして?」
何かを掴むように天井に向かって手を伸ばす、だけど答えは出てこなかった。
次の日、今までの事をクラウディアに話して相談をしてみた。
「お主が聖女と認定されたのならば資格を持っていると言う事じゃ」
「私には聖女の力がありません」
「お主の言う神器でマリーから力を取り出して、お主に戻せば聖女の力を取り戻せるじゃろう」
「それはできません、マリーの身に何かあったら……」
「安心せい、その神器は古代の文献に出てきただけで、現在では失われている存在なのじゃ」
「え、でもマリーに使われたのは、ほんの10年くらい前でしたよ?」
「妾の想像じゃが、神器は聖櫃が管理しておる、あるいは、聖櫃がの神器の力を取り込んだか……」
「そんな事が可能なのですか?」
「わからぬが、聖櫃は神器を人の手に委ねるのは危険と判断して人類の前から隠してしまったのじゃろう、それ以来人の目に触れてはおらぬ」
「確かにそうですね、その判断は正しいと思います」
今回の事件だって、クラウディアが追放されそうになったのだ、そんな神器が人の手に渡っていたら何をされていたかわからない。
「いずれにせよ聖櫃には、お主を聖女にする意志があると言う事じゃ、そしてお主に聖女の力を与える事もできるのじゃろう」
「今はその時ではないと?」
「何かの理由があるのかも知れぬでな、条件が揃わないのか、あるいは時間が必要なのか……今は待つしかあるまい」