魔人?
城の北側。
周囲は焼け焦げ、大量の魔物の死体が見渡す限り転がっていた。
「この力は魔人の力か!」
彼は攻撃呪文の直撃を受けても平然と立っていた。
「みーつけた」
声の主はリーゼロッテである。
「何者!」
「吸血鬼の出前です」
「吸血鬼ごときが何の用だ」
「死んでくださる?」
「お前に俺を倒せるはずが……」
気が付くと首の無い死体が目の前に転がっている、魔人はそれが自分だと気付くまで数秒かかった。
リーゼロッテはスキルを使って時間停止を行い、魔人の首を刎ねた結果だった。
「さてお食事の時間ね、最近上位魔人が出てこなくなったから助かるわ」
手に持った頭の首筋に牙を立てると魔人の頭はミイラのように干からびてしまった。
その魔人が不幸だったのは過去に真祖と言われる吸血鬼と会った事がなかったからだろう。
リーゼロッテが劣化コピーと言っている吸血鬼の力を基準にしていたため、リーゼロッテの力を見誤ってしまったのである。
城の南側。
そこに魔人が立っていた。
「槍マン参上!」
「人間か!」
魔人が突然現れたウェンディに驚く。
「恐槍ドゥヴシェフ、起動! 」
キーンと言う音と共に槍に刻まれたルーン文字が発光した。
ウェンディは穂先を相手に向けると構えを取る。
「推して参る」
「俺様の肉体は鋼鉄の強度だ、剣も槍も効かねぇぜ」
と威嚇するも、ウェンディが槍を一振りすると魔人の右腕が吹き飛んだ。
「な……なんだとっ!? そんな馬鹿な!!」
魔人の右腕は自己再生により急速に復元しつつある。
「効かないんじゃなかったかしら?」
「おのれ! 人間め!」
怒りに我を忘れた魔人が左手でウェンディの腹部を強打する。
ウェンディは弾丸のように飛ばされ、地面を数回バウンドして倒れた。
槍は手放してしまい遠くの方に突き刺さっている。
「楽に死ねると思うなよ!」
魔人は追撃のため、倒れたウェンディの前に立つと拳を振り上げる。
「槍よ来い!」
ウェンディの呼びかけに呼応した槍が飛来し魔人の体を貫いて串刺しにしたまま停止する。
「グハッ」
槍をキャッチしたウェンディは両手で槍を握ると、片足で魔人の腹を荒々しく蹴る。
魔人がよろめいて地面に血がしたたり落ちた。
「人間の分際で、何故立ち上がれる! 鋼鉄の硬さを持つ拳で吹き飛ばしたのだぞ」
魔人の言う通り、鉄の塊が高速で衝突したような衝撃なのだ、いまだかつてこの攻撃を受けて立ち上がった人間を彼は知らない。
「私には保護魔法がかかっているのよ、あなたの攻撃は効かないわ」
「ならばこれでどうだ!」
2人の周囲が炎に包まれる、魔人の攻撃魔法だった。
地面から半球のドーム型にバリアが広がり対象を閉じ込めてしまう、その中を荒れ狂う炎が焼き尽くす火の攻撃魔法だ。
魔人は自分ごとウェンディをドームに封じ込めたのだ、炎耐性のある自分はともかく、人間ならば消し炭になるはずだった。
だがドームが切り割かれ、天空へ向かって数十メートルもの火柱が立ち上った。
「魔法を切り裂いただと!?」
「この程度で驚いてもらっては困るわ、その気になれば高位爆裂魔法だって無力化できると言うのに」
ウェンディはそう言うと魔人の首を刎ねた。
城の東側。
キャサリンは魔人に向かって剣を構えていた。
「神剣マルミアドワーズ起動!」
起動したたけでビリビリと大気が振動した、刀身が発光し青白い光を放っている。
「やめておけ、お前の攻撃は当たらん」
「縮地!」
高速移動でキャサリンの姿がブレる。
遅くなった時間の流れの中、キャサリンは魔人との距離を一気に詰め魔人に切りかかる。
だがその攻撃を躱され、脇腹に蹴りを入れられた。
とてつもないスピードでキャサリンは吹き飛び地面を抉って倒れる、舞い上がった土砂がパラパラとキャサリンの上に振ってきた。
「人間がいくらスキルを身に着けようと、俺のスピードについて来れるはずがない」
キャサリンは再び立ち上がると剣を構える。
魔人の姿が消えた。いや普通の人間には消えたようにしか見えなかった。
キヤサリンはとっさに横方向に跳躍すると立っていた場所の地面が抉られた。
しかし、魔人はキャサリンが跳躍した着地地点の正面に現れ、腹部に拳を叩きこんだ、キャサリンは地面と水平に数十メート吹き飛ばされ、地面に倒れる。
それでもキャサリンは立ち上がった。
「無駄だと言っているだろう、いい加減死ね!」
魔人は次で決めるつもりだろう。
キャサリンは剣を鞘に納め、抜刀の構えを取ったまま目を閉じた。
「縮地!」
魔人は一瞬で距離を詰め、既にキャサリンの首を刎ねようと振りかぶっていた、
「縮地!」
キャサリンは縮地を発動してから、更に縮地を上乗せしたのだ、縮地の多重詠唱と言う無理をした状態での抜刀術だったので、肉体に負荷がかかり代償として毛細血管が裂けた。
「神速抜刀!」
ドンと言う爆発音に近い音が響き、魔人の首が宙を舞った。
魔人の後方に衝撃波が放射状に広がっていく。
「辛勝って所からしら、私もまだまだ未熟ね……」
キャサリンは体を剣で支えながらそう呟く。
実は神剣の真の力を解放すれば一振りで魔人を簡単に消滅させる事ができたのだ。
手を抜いていたわけではなく、実戦経験を身に着けるための修行と言う位置付けで戦っていたからだった。
城の西側。
「化け物め!」
魔人は戸惑っていた、魔人のあらゆる攻撃魔法が全く効かないのだ。
「失礼ね!」
「俺の攻撃魔法の直撃に耐える人間など存在するものか!」
「れっきとした人間ですわ」
「ならば首を刎ねてしまえば、魔人だろうが人間だろうが生きてはいまい!」
魔人はエリスとの距離を詰めると鋭い爪でエリスの首を狙い、横に薙ぎ払った。
キンと言う音が響いて、エリスの首筋で魔人の爪がピタリと止まっていた。
彼の爪ではエリスの首を刎ねるどころか、キズ1つつけられないでいた。
ちなみにマリーのプロテクションはかかっていない。かけてもらおうと思ったがエリスの番になってマリーが魔力切れを起こしたからだ。
魔人の攻撃が通じないのは単純に『格』の違いである。
「あのー、そろそろ撤退して頂けると有難いんですが」
「馬鹿を言うな! 撤退しても殺されるだけだ」
魔人は後ろに飛びのいて、距離を取る。
「どうやらお前は俺より強い魔人らしいな」
「だから人間だってば!」
「せめてお前の仲間を道連れにしてやる!」
魔人は城に向かって攻撃魔法を放つ気だ。
「それは困ります」
エリスがそう言うと既に魔物の首が飛んでいた。
エリスは雷光神槍を手に持って横に薙ぎ払ったのだ。
それを射出する前に握りつぶすと光の粒子になって消えて行った。
もともと飛び道具なのでこんな使い方はしないのだが、エリスの魔力の精度が上がったので可能になったのだ。
私達はリーゼロッテによって回収され再び城に集合した。
上位魔人以上の死体は全てリーゼロッテによって吸血され、ステータスアップに寄与している。今のリーゼロッテの魔力総量は30万を上回っているらしい。
「個別撃破した魔人は全員幹部クラスだったのね」
ファドセルの攻撃魔法から生き延びた時点で幹部クラスだろうとは思っていた。
「おかげで美味しい思いができました、餌の方からやって来るとはラッキーですぅ」
ステータスアップを果たした上に、オマケで肉体の硬化やスピードアップ、炎耐性とか色々なスキルが付属していたらしい。
幹部クラスを4人一気に取り込めたのだ、リーゼロッテにとっては大収穫だろう。
「吸血鬼が強くなるのは気に入らないけど、ハニーに反映されるから我慢してあげる」
とファドセルが不服そうに言った。
リーゼロッテが魔力総量を上げれば、主である私のステータスにも反映される、単純計算で今の私の魔力総量は50万に近い数値となっているはずだ。
幹部クラスでもエリート幹部に匹敵する魔力だった。
私は試しにスーパーな状態に変身してみたが、髪の毛が逆立ったり赤や青になると言う事は無かった、外見的な特徴は変わってないらしい。
変身したらファドセルが目をハートマークにしてとびかかって来たが、私は指1本でピタリと止めた、必死にもがいているが前に進めないらしい。
なるほど、魔人と間違われるわけだ。