魔人
最初の一週間は、銀色の髪の状態で5分、ノーマルな状態で5分を交互に繰り返す練習をして、少しずつ時間を伸ばしていき、やっとオンオフが自在に操れるようになった。
その後、銀色の髪の状態を何時間か維持する練習をして更に二週間が過ぎ去っていた。
今では就寝から朝まで睡眠状態でも維持できるようになった。
リリスの時はスキルまで使えるようになったが、リーゼロッテの血は肉体の変化と魔力総量の上乗せのみでスキルの取得までは至つていない。
リーゼロッテのスキルは私には使えないのだ。
「さてと」
私が手の平を上に向けると、ポフンと言う擬音と共にコウモリが出現した。
吸血コウモリのQちゃんである。
リーゼロッテの眷属に対する命令権もあるので私も召喚できるのだ。
「今日もQちゃんお願いね」
Qちゃんは黒い霧に包まれると、その霧がどんどん広がった。やがて人の背丈ぐらいまで霧が広がった時、霧の中から『私』が現れたのだ。
正確には私の姿をしたQちゃんだ。
「あーあー、ただ今マイクのテストちゅうー」
と私の姿をしたQちゃんが、私の声で喋った。
今のは私がそのように意志を伝達したからだ、録画した自分の映像にアテレコしている? みたいな不思議な感じがする。
Qちゃんは服を着ていないので、囚人服を渡して着てもらい、私はアイテムボックスから予備の服を取り出して着替えた。
その時、ちょうどリーゼロッテが牢内に転移して来た。
「ご主人様、お呼びでしょうか」
「お出かけしましょう」
「かしこまりましたぁ」
リーゼロッテの転移スキルによって私は自由に出入りできるようになっていたのである。
私達が向かったのはクラウディアが軟禁されている邸宅だ。
クラウディアは軟禁状態なので外部の動向がわからないのだ、そのため定期的にクラウディアに外部の情報を報告するために訪れている。
「なんじゃお前らか」
「報告に来ました」
「動きがあったのじゃな」
「聖女選定の儀式が前倒しされて行われるようですわ」
「妾を聖女の座から引きずり下ろすつもりじゃろうな」
「そのようですね」
「じゃが聖櫃に選ばれなければ、聖女とは認められないはずじゃが」
「国は聖櫃による選定方法を否定しています」
「200年もの間、聖女が現れなかったからじゃな」
「そうです、だから聖櫃に選定を任せてはいられない、国民の手で聖女を選定しようと呼びかけており……」
「いつから聖女は選挙制度になったのじゃ!」
クラウディアは頭を抱えている。
「それでいつ頃決まるのじゃ?」
「一か月後です」
「官僚も焦っておるのう……」
国民に広く支持され、聖女が信仰の対象となっているため、権力者であっても聖女に対して自由に命令する事ができない。
つまり元々、権力者はクラウディアを排除したがっていたのだ。
「選定方法を変えてまで聖女を選ぶ事に、誰も疑問に思わないんでしょうか?」
「魔王の脅威と言っても200年も前の出来事じゃからの、今の時代の人間にはおとぎ話のようにしか感じられんじゃろ」
「だから魔王に対抗する聖女と言うのも、今では祭事を執り行う聖職者程度の認識なのじゃ」
(たとえるなら日本で200年前に武将による合戦があったと言う話をするようなものね)
どれだけ魔王が脅威だと騒いでも、人々の反応が鈍くなるのは仕方が無い。
魔王の脅威が色褪せたせいで、聖女に対する認識も変化したのだ。
「また新しい報告があったら会いに来ます」
そう言って私とリーゼロッテは転移をしたのだった。
定期報告が終わったら狩りの時間だ。
事前に数十体のQちゃんを召喚し、一斉に放ってあり、既にいくつかの魔物の軍勢を捕捉していた。
その中で上位魔人は優先目標である。
「北西に1人、南東に1人、上位魔人が居るわ」
「どうします?」
「二手に分かれましょう」
「了解でーす」
「私が北西にいくから転移させてちょうだい」
「ご主人様、じゃあいきますよー」
リーゼロッテが私の左手を両手で握る
「射出!」
と叫んで、私を放り投げるみたいに転移させた。
私はおよそ10キロメートル先に出現し、しばらく地面とほぼ平行に飛ばされてスライディングしながら着地した。
上空のQちゃん達がGPSの役割をしてくれるので現在位置の把握はできている。
地形の把握とターゲットとの距離を確認すると私は走り出す。
(上位魔人までの距離およそ2キロ!)
突然、空に巨大な火の玉が出現した、家1軒分ぐらいはあるだろう。
「火球!?」
敵に先制を許してしまったらしい。
普通、火球って言ったら手の平サイズだ、全くバカげたサイズである。
その火の玉は私を押し潰すよう空から迫ってくる。
私はスーパー状態を発動し、髪の毛が銀色に変化した。
「舐めないでもらえるかしら?」
家1軒分の大きさの火の玉をデコピンではじき返すと、火球はそのまま上空数十メートルまで押し返されて爆発四散する。
ドンと言う衝撃が地上に伝わった。
お返しとばかりに私は攻撃魔法を無詠唱で発動する。
「雷光神槍!」
頭上に雷を纏った光の槍が出現し、とんでもないスピードで飛んで行った。
私の本気の一撃だ。
音速の数倍と言う極超音速なので、ほぼ発射イコール着弾と言う感覚だった、あの速度はさすがに迎撃不能、回避不能と言った所だろう。
敵への着弾をQちゃん達によって確認済みだ。
おおよそ2キロメートルを2分で走破した私は、私の魔法が着弾した現場を見渡す。
直径1キロメートルぐらいが雷で焼かれ、焼け焦げて煙が上がっていた。
「ひっどおーい!」
体に穴を開けられて(Qちゃん情報)再生した魔人が私の目の前に現れたのだが……
私と同い年にしか見えない女の子だった。
「油断したとは言え、体に穴を開けられたのは数百年ぶりだわ……」
「だから名前ぐらいは聞いてあげる、名乗りなさい」
「私はエリス・バリスタ、ごく普通の人間ですけど」
「あたしの名前は魔人ファドセル」
魔人は私をしばらく観察するように眺めていた
「銀色の髪に赤い目、魔族の特徴を持っているけど、本当に人間なの?」
私は一旦、スーパー状態を解除し、元の姿を見せた後、そしてすぐにスーパー状態になった。
「これは驚きね、人間から魔人の格付けまで昇格しているんだわ」
「私にもどうなっているのかさっぱりなので」
「格付けの変化ができる存在なんて初めて見た」
と言って目をキラキラさせて私を見ている。
「あのー戦わないんですか?」
「貴女の一撃で、お腹に向こうの景色見えるぐらいの穴が開いて、やっと再生したのよすぐには無理だわ」
「ファイアーボールなんて低レベルの魔法で遊んでるから、そう言う目に合うのよ」
ファイアーボールであのサイズだったのだ、高位爆裂魔法とか使われてたら小型核並の威力があっただろうと想像できる。
「それに貴女のその姿、気に入ったから戦いたくないわ」
ファドセルは少し頬を染めながら言う。
どうやら、魔人に戦闘継続の意志はなさそうだった。
「貴女、魔王軍に入らない? 明るくてアットホームな職場よ」
「どう考えてもブラックよね!」
入る意志など無いが、求人案内の死亡フラグと言われている文言が入っている時点でお断りだ。
「仕方ないわね、じゃあ私が貴女について行くわ」
「はい?」
「きっとこれは運命の出会いですもの」
「意味がわからないんですが……」
「結婚しましよう!」
「なんでそうなるの!」
ファドセルのプロフィールが頭の中に流れて来た。
ここに来て驚きの追加ヒロインである。
「ご主人様はどうしてそんなに女の子に節操が無いんですかぁ」
リーゼロッテにジト目で見られて居る。
「誤解されるような表現はヤメテ」
「だってー、コイツ敵ですよ、テキー」
「ついてくるなって言ったんだけどね」
「じゃあ殺しましょうよー」
「殺れるものなら、殺ってみなさいよ!」
ファドセルがリーゼロッテの挑発に乗ってきた。
2人の視線が火花を散らす。
「リーゼ、ステイ!」
暴れられたら困るので、私はリーゼロッテの命令権を使って大人しくさせた。
「ファドセル、貴女とは一緒に居られないわ」
「どうして?」
「貴女は魔王の配下である以上、魔王の命令には逆らえないからよ」
「だった、私の命令権を貴女にあげる」
「もしかして……」
「そう、私と契約して上書きすればいいのよ」
(ああ、やっぱりこの流れになるのね)
- ファドセルと契約しますか? -
1.契約する
2.断る
私は少し考え込む、ここで追い返しても人類の敵として再登場するだけだろう。
でも契約すれば敵の戦力が減り、こちらの戦力が増える、もしかしたらお得かもしれない。
私は1を選んだ。
ファドセルは突然自分の手首を鋭い爪で切り裂いた、手首から血がしたたり落ちる。
(あっ、やつぱりそれなんだ)
ファドセルは手首を口元に持っていき、自分の血を口に含むと、いきなり私に抱きついてキスをした。
口の中に血の味が広がり、ゴクンと飲み干した。
ファドセルはキスをしつつ舌を絡めて来た。
(お前もか!)
「んんーんーんんん!」
もがいてはいるものの逃げられない。
(私の身体能力で逃げられないって相当よね)
この時点で身体能力は私より格上の魔人である。
「ぜーぜー」
ようやく解放された私は、新鮮な酸素を求めて口をパクパクさせていた。
「契約が成立したわ、これで正式な夫婦よ! マイハニー!」
「ちょっとまてーい!」
私はファドセルの頭にアイアンクローをかける。
「い・つ・か・ら夫婦になったって?」
「痛たたた、ギブ、ギブー!」
(あれ? 割と痛がってる)
「ハニーはさっきの契約でステータスが激増してるわ、魔力も身体能力も以前とは別物!」
(つまりそれはアニメで言うスーパーな宇宙人の第二形態みたいな……)
アイアンクローから解放されたファドセルは頭をさすっていた。
結論を言うと、ファドセルは魔力も身体能力も格上の魔人だった。
魔人の血を取り込んだことにより、その能力が私に上乗せされたのだ。