見敵必殺
翌日、クラウディアに報告をするために再び訓練施設を訪れた。
「お主には迷惑をかけた、すまんかったのう」
施設が手配した送迎馬車のせいで、私が危険にさらされたので気にしているようだった。
「お菓子並べてお茶しながら、ベットに寝転がって本を読んでただけですし、快適でしたわ」
「お主はどこでもマイペースじゃな」
若干あきれた様子である。
「お主にひとつ言っておきたい事がある」
「なんでしょう?」
「吸血鬼を従えたと言うのは、誰にも言わん方がええのう」
「どうしてですか」
「吸血鬼にとって人間は餌じゃ、人間の天敵じゃぞ、真祖ともなれば各国から討伐隊が押し寄せてくるわい」
「でも私の魔力供給があれば、吸血行為はしなくても生きていけるって言ってましたし」
「それでもじゃ、国を滅ぼし数千いや数万の命を奪ってきた存在には変わりはせぬ、人間はそのような存在を恐れ、滅ぼそうとするじゃろう」
「私から見たらただのポンコツなんですが……」
「亡国の吸血鬼、リーゼロッテ・ドロッセルの名を知らぬ者はおらぬぞ」
あのポンコツは、何かカッコいい二つ名を持っていたらしい。
私は報告を終え、一礼すると部屋を出る。
施設の長い廊下を歩いているとマイラと出会った。
「貴女、ヒールも使えないって聞いたわ、貴女に聖女見習いなんて無理に決まってるでしょう!」
「私もそう思います」
うん、誰が聞いてもマイラが100パーセント正しいよね。
「だったら今すぐ聖女見習いを辞めて出て行ったらどうなの!」
「何故か聖女様が手放してくれませんので……」
「どうやって聖女様に取り入ったのかしら、出来損ないの癖に」
「そこは、聖女見習いの不適合者とか劣等生とか言っていただけるとカッコいいと思うんですけど……」
「とにかく、聖女様に直接会って考えを改めて頂くように話をしに行く所なの!」
マイラはそう言うと私の横を通り過ぎて行った。
「頑張って下さいねー」
と私は手を振る。
おそらくマイラでは説得は無理だろう。
クラウディアは私と言う爆弾を手元に置き、全ての責任を背負う覚悟を決めたのだ、そう簡単に手放すはずがない。
正直、国の機関に関わりたくはなかったが、魔王が復活したのだ、嫌だ嫌だと言っていられる状況でも無くなった。
「覚悟を決めるしかないかなぁ」
私はそう呟く。
魔王が復活してして数週間が経った頃、首都から遠い、いくつかの街が魔物の軍勢によって被害が出ていた。
正直、人口の少ない街に防衛隊を派遣する余力は無いのでどうしても後手にまわる事が多かった。
「被害のあった街に支援物資の支給と聖女見習いの派遣が決まったのじゃ」
とクラウディアが告げた。
「妾が直接行ければ良いのじゃが、首都を疎かにすることは出来ぬ」
当たり前と言えば当たり前だ、聖女と勇者は首都から離れられる状況ではない。
ソフィー、マイラ、私とそれぞれ別な街へ向かう。
騎士団およそ500名前後に対して聖女見習い1名が同行する事になっていた。
支援物資を届けると言ってはいるが、脅威の排除も目的に入ってる、つまりは敵が居たらそのまま交戦して撃破せよと言う事だった。
一つの街に集中するならともかく、3つの街同時だと言う。
(欲張りすぎよね……戦力の分散は悪手なのに)
私が派遣されたのはマモトクと言う人口の少ない地方の街で、移動だけで5日かかり、しかも現地に着いたのは夜だった。
騎士団はすんなり街に入ることができた、魔物の姿が見当たらなかったためである。
騎士団の隊長は呟く。
「ハズレを引いたか……」
「ハズレってどう言う意味ですか?」
と私は隊長に疑問を投げかけた。
「おそらく敵は一ヶ所に戦力を集中するだろう」
「つまり残り2つのどちらかの部隊が襲われると?」
「そうなるな」
「わかっていたなら何故、隊を分けたのです?」
「上官には進言したさ、だが聞き入れてもらえなかった」
(そう言う上司ってたまにいるよね、いつも現場にしわよせがくる)
その時、コウモリがパタパタと飛んで私の元にやってきた。
Qちゃんである。
『偵察してきたわよ』
『ちょ、人前で喋っちゃダメでしょう!』
『大丈夫よ、人間に聞こえない音で喋ってるから』
彼女の説明を要約すると人間の可聴域外の周波数で会話してるらしい。
『なんで私に聞こえるんだろう……』
『そう言うご主人様も、ごく自然に人間には聞こえない音で会話してますが』
『私、だんだん人間離れしてるわよね』
『それで報告なんだけど』
『どうだった?』
『この街の北10キロ先に魔物の大群、その数およそ3000って所かしら』
『この街が当たりだったのね!!』
私は隊長に悟られないよう、自然に振舞った。
「長旅で疲れました故、天幕で休ませていただきますわ」
「了解した」
私は聖女専用の天幕に向かい、入口をくぐるとそのまま裏口から出た。
夜なので行動しやすい、暗視が使えるので私には景色が良く見えていた。
タンと跳躍すると、20メートルぐらい先に着地した。
人間だって走り幅跳びの選手は9メートルに届くかどうかと言う跳躍をする。私の身体能力ならば助走無しで倍以上飛べるのだ。
街の外に出ると全力疾走する、10キロメートルの距離なら私は10分で行ける。
Qちゃんがピタリと私の真横について飛んでいる。
「ご主人様、作戦はありますか?」
「見敵必殺よ」
「つまり何も考えてないと」
「ち……ちゃんと考えてますぅ!」
「リーゼロッテ、貴女の現在位置は?」
「敵の手前、約2キロ」
「一旦、合流しましょう」
「了解しました、ご主人様」
私はQちゃんにナビをしてもらってリーゼロッテと合流した。
「2対3000かぁ」
「よく討って出ようと思いましたね」
「私には守る力がないもの、攻撃される前に攻撃するしかないのよ……」
「敵部隊の中央に高位爆裂魔法をしかけるわ、それが開始の合図よ」
「了解しましたご主人様」
Qちゃんは既に敵の上空で待機している。
リーゼロッテの眷属に対する命令権を私も持っているのだ、私もQちゃんを自由に操る事ができるのだった。
私が『感覚共有』を使うと、私の視界に上空から見た敵の様子が見えた。
感覚共有でQちゃんの見たり聞いたりするものを共有できるのだ、Qちゃんが喋ったりするのもこの感覚共有によるものである。
敵のほぼ中央に狙いを定める。
私は無詠唱で高位爆裂魔法を発動した。
遠くで閃光が発せられ火柱が上がった、空が赤い炎の色に染まる。
かなりの広範囲だった。
2キロ離れた私達の所に爆発音が遅れて届き、ビリビリと空気が振動した。
私一人で魔導士300人の集団魔法と互角の威力があるのだ、しかも詠唱時間が無いので連発できる。
相当大規模な爆発だった。爆心地は壊滅状態だろう。
同時に私は走り出し、リーゼロッテは幾多のコウモリに変化して飛んでいく。
走りながらも無詠唱で大地の怒りを発動する。
長さ数百メートルと言う規模で地面に亀裂が入り、ぱっくりと割れた。
魔物の立っている地面が陥没して奈落の底へ落ちて行く。
混乱して右往左往している魔物が次々と飲み込まれ、地面はやがて何事も無かったかのようにピタリと閉じてしまった。
次に私は雷帝竜巻を発動する。
雷を纏った巨大な竜巻が発生し魔物を次々と吸い上げた、その時点で雷撃により黒焦げになる上、高さ数百メートルまで持ち上げられ、そのまま地上に叩きつけられるのだ。
地面は魔物の死骸で埋め尽くされていた。
Qちゃんは目標への誘導や弾着観測もやってくれているので最大効率で殲滅する事ができる。
リーゼロッテが魔物の集団と接触した。
「殺しあえ」
リーゼロッテがたった一言、そう言っただけで、魔物は同士討ちを始めたのだ。
視界に映る全ての魔物が殺し合っていた。
「死霊よ我に従え」
次にリーゼロッテがそう言うと無数の死んだ魔物が動き出す。
手あたり次第、生きている魔物に襲いかかったのだ。
「あはははは、喰らえ喰らえ」
死体の数がどんどん増えていく、その死体も動き出すのだった。
いたる所で火柱が上がり、竜巻の数も2本、3本と増えていく。
既に戦いではなく、それは一方的な虐殺だった。
リーゼロッテは指揮官と思われる上位魔人の首を手刀で刎ねると返り血を浴び、うっとりとした表情をしている。
上位魔人は首を刎ねないと再生する事が知られている。
「冷静に見ると私達が悪役よね」
私は、この出来事は黙っておこうと心に誓った。
魔物の大群が壊滅してからは、何事も無く過ごし、予定された滞在期間を終えた。
首都に帰還した私達はクラウディアの元へ報告をするため施設を訪れたのだった。
「お主達、ご苦労じゃったのう」
「心配された魔物の襲撃もありませんでした」
「避難所の人々に支援物資も届けられましたし」
ソフィーとマイラが報告をしている。
「エリス、お主の兵の中に爆発音を聞いた者が多数おるのじゃが、何か知らぬか?」
「さ…さぁ、心当たりはありませんが……」
「ふむ、後日、調査団が向かうそうじゃが」
大規模な戦闘の痕跡と、無数の魔物の死体が見つかるだろう。
でも、勢力争いとか、仲間割れと思われるはずである、実際同士討ちしていたしね。
「何かあったのでしょうか……騎士団には何も被害がなくて幸いでしたが」
クラウディアは、あきれたような顔で私を見ている。
(これ絶対クラウディアにはバレてるよね……)