第三話 梨果擬き
彼女がもし、膝を抱えて座り込んで、その外側を覆ったなら、きっとこれくらいの大きさになる。
ごくり。
生唾を飲み込む。
手にして、抱え上げた。どっしりと重い。どれ位重いかというと――何度もその手で抱いた妻の大きさを、見紛う筈もない。そして――まだ、固い。
「どう、説明しようか……」
妻の亡骸、いや、梨を、再びベッドにぼそりと、口から出た言葉は拍子抜けするようなものだった。
まだ、医者は、戻ってこない。私に見せた医者の表情からして、恐らく、あと2、3時間は。そして、まだ、真っ昼間。
ちらり。
扉の方を見た。動く気配はない。
ちらり。
カーテンの方を見た。すたすたと歩いていって、それを捲り上げた。
山の景色が広がっている。黄金色の山。植物には別に詳しくはない。あのような植物、実在しただろうか、と疑問に思う。輪郭が霞んで、仄かに光っているように見える。形も、丸葉型から、笹型、イチョウ型に、モミジ型、マツ型に、と、より取り見取り。
そもそも、秋だというのに、蜻蛉は? 虫の声は? 蚊は?
窓を、開けた。
いない。この病院は木々の生い茂った山中にあるというのに。
もわり。
鼻についた。先ほどよりも、少し強く、甘い匂いが。
ああ、すまない、妻よ。待たせて…―あぁ、梨だ。梨があるだけだ。
そうして、私は、ベッドの上の梨に向かって歩いてゆく。
そして、ベッドの前でひざをつき、ぴとり、とその肌に頬で触れた。まだ、固い。そして、柔らかな毛と、ごわりとしてそうで滑らかな表面を感じる。
嗅ぐ、ではなく、吸う、でもなく、なぞり、撫でる。妻は、そうされることを好んだ。私は、そんな妻に包まれることを好んだ。
私たちは、じゃれあうようにそうしてきた。若い頃は愛欲を抱えて。年を経てゆくごとに、穏やかさを感じるようになっていって。いや、私は――か。なら、彼女は、どうだったのだろう……?
その疑問に意味はない。答えは望めないのだから。ただ、もやもやとするだけだ。もし、もしも、彼女がここにいるのなら――どういう仕草で、どういう表情で、何を考えて――座り込んで、私を、見ているのだろうか。
見た。梨だ。梨の皮膚。表面。中はどう足掻いたって、見つめているだけでは見えない。中に――いるのだろうか?
私は、狂っているのだろう。妻と言ったり、彼女と言ったり、お前と言ったり。距離すら曖昧だ。
窓の方を見た。延々と、森が広がっている。山の裾野は、ここからでは見えない。窓の傍でも見えなかったのだから。
迷った。だから、もう過去になってしまった当然を引き摺るように、口にしてしまった。
「妻よ。どう、すればいい? どう、したい?」
なら、答えは、もう、焼き付いている。
「『頭の中に浮かんでいるのでしょう。その通りになさってください。それ以外は、駄目、です』」
ほら。聞こえたような気がしたのか、確かに聞こえたのかすらも、もう――分からない。