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6.家主不在の訪問者


結局半日以上爆睡することになってしまった次の日の朝――。


俺がボサボサの髪を撫でつけながら食堂へ向かうと、扉の向こうから何やら明るい話し声が聞こえることに気がついた。

ダミアンはまだ王族護衛の最中のはず、となればメイドたちが盛り上がっているのだろうか。しかしそれもまた珍しい……、そう思いながら俺は扉を押し開く。


「あら、ローレン様。昨日はお疲れだったようですわね」


「マドレーヌさん、おはようございま…………」


扉を開けてすぐ目に入ったのはテーブルのそばに立つマドレーヌと、椅子に座る金髪の美少女。明らかにこの屋敷の使用人ではない。知らない少女である。

ぱっと見、歳は俺と同じくらいだろうか? そう思いながら少女の顔を眺めていると、


「あら! あなたが噂のローレンかしら?」


俺の姿をとらえた少女が席から立ち上がり、機敏な動きでこちらへ歩み寄ってきた。


瞬間、俺は少女が一般人ではないことを悟る。

立ち上がる動作、歩く動作、目線の動き、手の指の動きが全て様になっている。

明らかに幼いころから教育を徹底された名家のお嬢様のそれなのである。彼女の赤みがかったドレスもあいまって、まるで舞台女優を目の前にしているかのような錯覚に陥った。


少女は俺が所作の一つ一つに見とれていることなど知る由もなく、すっと手を差し伸べてくる。俺は遅れて握手を求められていることに気がついて慌てて手を出した。


「はじめまして、私の名前はシャローズ・M・バーウィッチ。よろしくね」


「――バ、バーウィッチ……!?」


俺は手を差し出しかけた体勢から、後ろに大きく飛びのいた。

マドレーヌがその様子を見て可笑しそうに小さく笑っている。


しかし、俺がここまで大げさに驚くのもやむを得ないはずだ。

なにせバーウィッチ家とは、《《マギア王国王家の名》》なのだから。


言葉を失う俺に、マドレーヌが助け船を出す。


「お察しの通り、このお方は王家第四王女シャローズ様でいらっしゃいます。本日はダミアン様を訪ねておいでだったのですが、あいにく不在なのでせめてお茶菓子でもとおもてなしをしていたところなのですわ」


「まあダミアンは忙しいからしょうがないわ。半分いないかもしれないと思って遊びに来たもの。まさかあの愚兄の護衛中だとは思わなかったけれど」


シャローズは腕組みをしながらふんすと鼻を鳴らした。

そして一歩退いた俺の腕をつかみ、無理やり握手の形をとる。


「改めてよろしく。今日来たのは最近屋敷に住み始めた遠い親戚の男の子……、ローレン、あなたに興味を持ったからでもあるのよ」


「……お、俺に興味を……?」


興味ってなんだ? いや、そもそも王女様がなんで俺のことを知ってるんだ? ダミアンから聞いたのだろうか、でもあれ、それっていいんだっけ……? 

と俺の頭の中を疑問符が煩雑に飛び回り、思わずマドレーヌに目線をやる。

するとマドレーヌは、もっともだという風に頷いた。


「シャローズ様はダミアン様と非常に仲がよろしいのです。王宮に行った際にダミアン様の口からお名前が耳に入ったものかと。

しかしご安心ください、ローレン様が危惧をしているようなことにはなりませんわ」


「そう、ダミアンとは大親友なの。お互いのほくろの数も知ってるくらいにね。

……なにか訳ありなんでしょう? でも大丈夫よ、人間は全員訳ありだもの。別に詮索なんてしないわ」


「は、はあ……」


シャローズはにっこりと屈託のない笑顔を浮かべながら、俺に席に座るよう促す。


「興味を持ったって言うのは、あなたの魔術の腕の方についてよ。とても優秀だと聞いているけれど間違いないかしら」


「ダミアン様がそう言ったんですか?」


「ええ、最近秘密と言いながらあなたの自慢話をよくするの。賢くて優秀、魔術の腕も自分に匹敵するすごい男の子だって」


「まさか、大げさに話を盛ってるんですよ……」


「それは違うわ。ダミアンは誰かを過大評価することも過小評価することもない。私はダミアンのそういうところを尊敬しているんだもの。

だから、ダミアンがすごいと言ったら、あなたはすごい人ということになるの」


「ということになるって……」


目の前で称賛の言葉を並べる少女に、俺はもはやたじたじだった。


あなたはすごい――。そんな何気ない言葉だが、そこにおだても虚飾も混じっていないことがなぜかはっきり分かる。親友がほめているのだから間違いないと、そう臆面もなく言う様子は、俺からすればあまりに眩しい。

元来褒められ慣れていない俺は、ごまかすように目線を泳がせるしかできなかった。

するとシャローズがテーブルに少し身を乗り出し、今度は耳打ちをするように俺に言う。


「それにダミアンったらここ最近あきらかに機嫌がいいのよ? 笑顔が増えたし、顔色もいいし、なんだかいつもよりお洒落をしてくるようになったし。あ、でも早く帰ろうとするようになったのはちょっと寂しいわね。

それが、ちょうど4カ月くらい前から。あなたが来てからよね、ローレン」


俺は気づく由もなかった彼女の変化について聞かされ、なんとも曖昧な返事を返すしかできない。


「……へえ、そう、なんでしょうか。俺にはいつもどおりに見えますけど……。というか、

そもそも違いが分かるほど関係が長くないので何とも……」


「逆に聞いておきたいのだけれど、あなたから見てダミアンはどういう人物なのかしら」


「どういう人物…………。

恩人で、そして心から尊敬している人です。今俺がこうして安全を得られているのは、全てダミアン様のおかげですから」


「ふうん、恩人ね。なるほど、他には?」


「他に? 他にと言われても……、忙しくて大変そうとか?」


「違う違う。そんなかしこまったやつじゃなくて、もっと単純な事よ。

あるでしょ? 優しいとか、可愛いとか、一緒にいて楽しいとか。 あ、もしかして私が王族だから気を使ってるのかしら? そんなものはこの場では一切不要よ、ねえマドレーヌ」


「ええ、シャローズ様は良くも悪くも立場というものに囚われないお方ですから。

ローレン様も、ダミアン様がそういったしがらみを好まないことはご存じでしょう? ダミアン様とシャローズ様の仲がよろしいのは、つまりそういうことなのですわ」


「べ、別に気を使ってるからという訳でもないんですが」


「ではもっと率直な意見をお聞かせください。私も興味がありますの、ローレン様がダミアン様をどう見られているのか」


「マドレーヌさんまでなんで!?」


狼狽える俺にシャローズとマドレーヌがずいずい詰め寄る。


俺はそこでハッと気が付いた。

この感じはあれだ、間違って女子会のノリに巻き込まれた時の居づらさと同じだ。

そしてこういう時、相手が納得する回答をしない限り解放されないことも知っている。


俺は朝っぱらからなにに巻き込まれているのだろうかと心の中で一つ溜息をつきながら、好奇の視線に耐えかねて言う。


「……す、素敵な方だと思いますよ。心が広くて考え方も柔軟で、なによりお美しいですから」


「「ほお~」」


いや、ほお~て。

俺は何とも言えないむず痒さを感じながら、このくだりが早く終わることを祈った。しかし彼女たちの追撃の手は緩まない。


「女性として綺麗だと思うのね?」


「え、ええ……」


「たとえばどこが?」


「どこがって、普通に誰が見てもお綺麗な方じゃないですか?」


「一般論じゃなくてあなたの意見が聞きたいの」


「……すこし鋭い目などが、特徴的でよいと思います」


「あら、分かってるわねローレン。目つきが悪いと言われることもあるけど、案外感情が出やすくてかわいいのよね」


「そ……、そうですね?」


「あとおっぱいも大きいし」


「それは今別にいいでしょう」


「何言ってるの! おっぱいが嫌いな男の子なんていないわ! おっぱいが嫌いな男なんていないのよ!」


「誰が王女様にこんな知識入れたんです!?」


俺は案外俗っぽいお姫様の発言に閉口する。しかし彼女の好奇の視線は俺を離そうとはしない。助けを求めたいがマドレーヌも嬉々とした視線をこちらに向けているのだから逃げ場がなかった。


「い、言っておきますけど俺とダミアン様はあくまで親戚なんですからね? シャローズ様の期待するような浮いた話なんてないですから」


「親戚って言っても遠い親戚なんでしょう? だって髪の色も目の色も違うものね。だったら問題ないわ」


「いや問題はあるでしょう!?」


「いいえ、歳の差なんて大した問題じゃないわ。大事なのはお互いの気持ちよ? 今後長く寄り添っていけばいずれ気にならなくなるものなの」


「別に俺は年の差を気にしている訳じゃないんですけども!」


「ともかく私は二人の仲を応援するわ。ねえマドレーヌ」


「ローレン様、ご心配なく。ダミアン様は正直言ってチョロいですわ」


「あなたは正直言いすぎている!!」


二人の恋愛トークには歯止めが利かない。もはや俺の声が届いているかさえも疑わしかった。

シャローズは両ほほに手を当て、天井を見上げながらうっとりするように言う。


「ああ、ダミアンったらかわいい。てっきりそういう話自体に興味がないのかと思っていたけれど、ダミアンも女の子なんだからそんな訳ないわよね。今思い出すと、ローレンの話をする時はいつもどこか乙女の顔を――――」





「――――いや、乙女の顔などした覚えはない!!!」


「えっ、急にどうしたんですかダミアン様」


「…………いや、非常に私にとって不都合な誤解が生まれている気配がして……。

すまん、今すぐ帰ってもいいか?」


「駄目ですよ!?」





「そうだ、いいこと思いついたわ!」


しばしトロンとした表情を浮かべていたシャローズが唐突に立ち上がる。

終わりの見えないガールズトークをもはや諦めとともに眺めていた俺は、またなにか悪い予感を感じながらシャローズを見上げた。


「あなたがダミアンにふさわしいか、私が見極めるというのはどうかしら」


「………………は? い、今何と?」


「ダミアンの親友として、そんじょそこらの馬の骨に彼女をあげるわけにはいかないもの。あなたがダミアンの横に立つのがふさわしい相手かどうか確かめなければ…………。あは。っていうのはまあ冗談としても、ダミアンの親戚なら私の親戚みたいなものでしょ? 親睦を深めるという意味でも、手合わせをするのが手っ取り早いと思わない?」


「どう転んでも俺はシャローズ様の親戚にはあたらないと思いますが!?」


「そうじゃなくても噂のローレンの実力を目の当たりできるんだから一石二鳥だわ。マドレーヌ、中庭と模擬刀を借りたいのだけれど」


「……まったく、相変わらずのお転婆でいらっしゃいますこと。怪我などされては困りますわよ」


「大丈夫。挨拶みたいなものよ、心配しないで」


「いや、ちょっと話すすめないで……!」


シャローズは俺の訴えに対してにこりと笑みを返すと、軽い足取りで中庭へと降りて行ってしまった。

取り残された俺は口を半開きにしながら、錆びたブリキ人形のようにマドレーヌに首を向けた。


「あの……、マドレーヌさん……? どうするんです……?」


「いいではありませんの。ローレン様も研究ばかりでは肩が凝るでしょうから、気分転換というくらいにお考え下さい」


「い、いやいや……! 相手はこの国の王女様ですよ……!? そんな相手と手合わせする度胸ありませんよ、俺!」


「ご覧の通り、シャローズ様は一度そうと決められたら簡単に折れるお方ではありません。お諦めください」


「むしろ何故マドレーヌさんはそんなに平気そうなんですか……」


「あの方になら多少のボロが出ても差し支えないからですわ。私とダミアン様がそれほど無条件に信頼しておられるのが、あのシャローズ様なのです」


「間接的に信頼性の高さは伝わりましたが……、それにしたって万が一怪我でもさせた日には処刑待ったなしです。結局王都で打ち首にあうなんて笑えませんよ」


俺がそう訴えると、マドレーヌはテーブルの上のカップを片付け始めながらほほ笑んで言った。



「その点もご安心ください。あのお方に手傷を負わせたとして、称賛されこそすれ咎められるようなことは決してありませんもの」


「………………えぇ?」



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