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2.王都の暮らし


突き返された謝礼金をもう一度差し出すことになった俺は、結局あまり近況報告も出来ないままランタノと別れることになった。


俺とオランジェットはすっかり日が高くなった空を見上げながら階段を上っている。王都とは言え、大通りでなければそこまで人通りが盛んという事もない。だがすれ違う人々の服はさすがに上等そうなものが多いように見えた。


マギア王国王都『ボルナルグ』は遠目から見ると、超巨大なプリンに小さなプリンを二段重ねし、円形の堀で囲んだような構造になっている。外郭を城壁に守られた一段目のプリンの上面部分にあるのがいわゆる城下町。そこにはおよそ30万人の人々の営みがあり、王国各地からの物流が集約するため商業も盛んだ。

明確な仕切りがある訳ではないが、一段目のプリンは大まかに商業地区と居住地区に分かれている。


さて、一段目の中心部からなだらかな階段を上ると二段目のプリンに上ることが出来る。そこは憲兵によって行き来が制限される、下段の街並みとは明らかに空気を別にする場所。

一般に貴族地区と呼ばれる部分である。

王族や貴族、もしくは王宮で重要な官職に就く者が邸宅を構え、それ以外の者が住もうと思えば莫大な上納金を支払わなければ基本的に住むことを許されないこの地区は、行商人と言えども検問を抜けなければ入ることは出来ない。


そしてその貴族地区の中央にいよいよ――、王都のどこからも見上げることが出来るほど巨大な宮殿がある。

王都の守備を外側に固めてあるため、王宮は堅牢さよりも優美さに重きが置かれているようだが、白と金を基調とする荘厳で巨大な建造物は中世ヨーロッパ時代のそれとどことなく通じるものがあるのが興味深い。


これがマギア王国のまさに中心と呼ぶべき場所なのだが――、どういう訳か、俺は今まさにその貴族地区に至る門をくぐろうとしている。

ロニー・F・ナラザリオとしては、16年間で2度ほどしかくぐる機会のなかった門を。



「恐れ入ります。通行証明のご提示をお願いいたします」


「はい」


俺が胸元にしまっていた真鍮製の小さな板を差し出すと、それを憲兵団たちが受け取り、表裏を丁寧に観察する。

そしてややあってから通行証が返却され、憲兵団たちが道をあけた。

面倒でもあるし憲兵にもじろじろと顔を見られるため、頻繁な行き来は控えるよう言われてはいるのだが、ランタノに会うために今日は特別に許可をもらったのだ。


俺は検問所を抜けてから外壁に沿って右に折れ、貴族地区の中心とは別の方向を目指す。するとすぐに赤い屋根が印象的な二階建ての建物が見える。


そして正面の門のすぐ奥、庭を掃き掃除しているメイド服姿に丸眼鏡の女性が俺に気が付いた。


「あら、ローレン様、それにオランジェットも。おかえりでございますか。ご用事は滞りなく?」


「マドレーヌさん。ただいま帰りました。用事は……、まあ、おおむね滞りなく」


「それは何よりでございます。朝食のご用意がございますがいかがされますか?」


「実はお腹ペコペコです。いただきます」


「左様でございますか。ダミアン様がローレン様と一緒に朝食を摂りたいとそわそわして待っておられますので、ちょうどよかったですわ」


「いや、そっちの情報先に言ってもらえません――?」





「やあ、おかえりローレン」


「只今帰りました、ダミアン様」


「いいタイミングだったな。今ちょうど朝食の用意が出来た所だったんだ」


「あれ、そうなんですか? ダミアン様がそわそわして待っておられますって聞いたんですけど」


「…………本当に余計な事しか言わないな、マドレーヌは……」


ダミアンは露骨に顔をしかめてため息をついた。

しかしそんな何気ない所作さえも、なぜか絵になってしまうのがこの女性の魅力の一つである。


国王仕え魔術師、ダミアン・ハートレイ――。

若干22歳ながら王都最高魔術師の呼び声も高い若き才女。紅い髪に凛々しい眉、整った目鼻立ちは彼女を知らない者さえも振り向かせるだろう。


俺は彼女の向かいの席に腰かけた。


「いただこうか」


「はい、いただきます」


俺は一つ小さく頷いてから、用意されたスープを掬って口に運んだ。

向かいのダミアンがフォークを片手に尋ねてくる。


「人に会う用事があると言っていたが、どうだった」


「おかげさまで無事に会うことが出来ました。今回、俺の我儘を聞き入れていただいたことには本当に感謝しています」


「別に我儘などと思ってはいない。君だってずっと屋敷に篭りきりでは息も詰まるだろうからな」


「それでも万一のことがあってはダミアン様に迷惑をかけることになるのですから、暢気に歩き回るわけにもいかないでしょう」


そう頭を下げる俺を見て、ダミアンが小さく嘆息する。


「歳の割に気を使いすぎなんだ、君は……。

それに、いつまでこれを続けるべきなのかと言われればまた微妙なところだぞ、ローレン。一応マドレーヌにナラザリオ領の情報については耳をそばだてるようには言ってあるにしても――」


「なにか新しい情報が入ったんですか?」


「いや、なにも。噂レベルに基準を下げても君の名前は出て来ないようだ。

あちらから手を出すつもりはもうない……、そう断じてしまっていい時期なのかもしれないと私は思う」


「…………」


俺はそれを聞き、ふと窓の外に目をやった。

その方向には、俺の生まれ育ったナラザリオ領があるはずだった。


ナラザリオの家を捨てた俺が、唯一の頼りとダミアンの下を訪れたのが4か月前。

本来は正式な手紙を受け取ってから『王都で魔法の研究をしないか』という誘いに応じるかどうかを決めるはずだったのだが、残念ながら俺はその手紙を受け取ることは出来なかった。

後になって聞けばまだ手紙の準備をしている最中だったそうであるが、今思えばこれは危ない行き違いだった。

ランタノのおかげで速やかに王都へたどり着けていなければ、ドーソンに俺の行き先の心当たりを生んでしまっていたことになるからである。

王都最高魔術師の庇護下にある者に軽々に手出しをするほど馬鹿でもないと信じたいが、俺がどこへ消えたか見当もつかないという方が都合がいいのは確かだ。


とにもかくにも彼女の家に転がり込んだ俺は、まずナラザリオ家で起こった事件のあらましを説明した。


元々、彼女と俺の間にそこまで強い信頼関係があったわけではない。手合わせをした後に親しくなったと言っても、言葉を交わしたのは一日にも満たない時間だったし、彼女が俺を王都へ誘ったのもひとえに俺の魔力量と研究内容に興味を持ったからに過ぎないはずだった。

しかしダミアンはそんな俺の話を疑う様子もなく受け入れ、条件付きで彼女の屋敷の一室まで貸してくれると言ってくれた。


彼女がその際に提示した条件も最低限のもので、王宮での研究活動の話は一度見送りにするということ、事態の鎮静化が確認できるまでは一人での外出はできるかぎり控える事、ダミアンの遠い親戚を名乗り、名前と見た目を変える事、くらいのものだった。


もちろん俺は、一も二もなく提案を飲んだ。


もしダミアンと知り合っていなかったら今頃俺はどこでどうしていただろう。そう考えるとさすがに恐ろしい。


彼女は俺がうかつに動けない期間中もずっと、ナラザリオ領、ひいてはドーソンの動向に目を光らせてくれていた。

そしてここ数か月の様子見の結果が今言った通り、不審な動きはない――、ということらしい。いい加減胸をなでおろしてもいい所なのかもしれないが、なにぶん確証がない。


「とにかくドーソン伯爵が、かの事件を懸命に隠匿しようとしている事は間違いない。屋敷の住人に内密にコンタクトを図っても、詳しい事情は聞きだせなかったことからもその徹底ぶりがうかがえる。

君の脅しがよほど効いたのか……、そこは定かではないが、裏でまた殺し屋と繋がっているようなそぶりも今の所ないようだ」


「…………そうですか」


「いつまでも暗い顔をするものじゃない。もう4ヶ月だ、そろそろ気を抜いてもいいんじゃないか?」


「…………ええ、そうですね……」


口でそう言いながらも目線は遠い空に向ける俺を見て、ダミアンは苦笑した。


「いいかいローレン。前にも言ったが、あれだけの事をされて、それでも家族や屋敷の人々の暮らしを守りたいと思える君の考えを、私は心底尊敬しているんだよ。自分の怒りと無念を殺して、かつ他人を慮ることは言うほど簡単じゃあない。

それにこの決断は君が一晩考え抜いてのものだったのだろう? ならば君がすべきなのは後ろ向きな後悔ではなく、前を向くことだ。

そもそも、そのために君は私を訪ねてきたんじゃなかったのかい?」


「……はい、その通りです。なのでこれはきっと……、後悔とは少し違うんだと思います」


俺は自身に言い聞かせるように頷きながら、紅茶を一口すする。熱い紅茶と一緒に胸にわだかまるモヤモヤとした思いも飲み下すように。


「分かっているならばいい。

それでももうしばらく今の状態を継続した方がよいだろうとは思うが、最終的にこの情報をどう捉えるかは君次第だ。ドーソン伯爵と言う人物について一番理解しているのも君のはずだからね」


「…………あの男については、ダミアン様の言う通り見切りをつけてもいいのかもしれません。しかし、あの殺し屋どもの正体がここに至っても分からないことは気味が悪いと思います」


「うむ。正体不明の魔法を使う輩――だな。それに関しては確かに私も見立てが甘かった。名前と手の内が知れているのだから特定は容易だろうと思ったのだが、どちらも今の所有益な情報はない。マドレーヌはこの国の者ではないかもしれないと言っていたな」


「この国の者ではない、とは……?」


「言葉の通りだ。そう仮定すれば、得体の知れない魔術の存在にも一応なりの理由が付くだろう」


「あいつらが使っていたのは、この国のものではない魔法だったということですか」


「あり得ない話ではない。確かに魔法属性は今存在するものが全てだとされているが……、他でもない君という例があるしな」


「お、俺は別に水魔法を応用させただけで、新しい属性を提唱した訳じゃありませんよ」


「ならば奴らもそうかもしれない。既存の属性魔法の応用……、つまり世界にはまだまだ眠っている未知の魔術がある。少なくとも私は君に出会ってからその考えが強まった。

それになにより、その方が楽しいしな」


ダミアンがそう、純真な少女のように微笑む。


「しかし、ダミアン様の考え方は王都では少数派でしょう」


「……ああ、精霊教会に足を運んだのだったか。確かに新しい考えを認めたがらない石頭どもは多い。しかし王都では必ずしもそんな連中ばかりではないのも確かだ。

心配するな、君は自信を持って今の研究を続ければいい……。

おっと、いつの間にか少し話が逸れたかな? ともかく君の頭脳は重要な財産だ。それを自覚して、身の安全を第一に考えてもらいたい」


ダミアンはそう言って話をまとめ、口角を持ち上げて笑みを作って見せた。

俺は無言で小さく頷いてから、止まっていた食事の手を再開する。


しばらくして、ダミアンが思い出したように言った。


「そう言えば、今日からしばらく屋敷を空けることになる」


「あ、そうなんですか。どちらへ」


「取るに足らない下らん用事だ。辺境地を訪問する王子の護衛だそうだよ」


「全然取るに足らなくないと思いますが……」


「万一の事などそうそう起こる事ではないんだ。そのくせ旅程は長いし、動きも拘束されるしでな。既に退屈だ、全くもって面倒くさい」


「ちなみにどのくらいの予定ですか」


「4日程度で帰ってこれると思う。だから今日と明々後日の魔術指導は君に任せるよ」


「分かりました」


そう話している所で、外から誰かの話し声が聞こえる。

屋敷の前門の方からだ。



「ちょうど来たようだな」


「そうらしいですね」



俺はそう言い朝食の残りを飲み込むと、階下に降りる準備をし始めたのだった。


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