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28.パペット


仮面の奥の目線に気づいた瞬間――、


地面に肘をつく俺の体に、俄かにアドレナリンが巡り始めた。

さっきまで痛烈に死を予感させていた背中の痛みが遠のき、指先にも血が届くようになる。


しかし草むらに置いてきた大量の血液はどうしようもない。

俺は、いまだ手で押さえつけてもお構いなしに血を吹き出し続ける傷口を何とかしなければと考え、そして思いついた。


杖を握りしめ、鞄の中から引き抜く。


はじめに魔素の空間を傷口の周りに生成する。そして破れた皮膚の代わりをするように壁を固定した。


分かっている。ぶっつけ本番で、そう上手く行くはずはない。だが魔素の空間を形成したことにより、少なくともひたすらに血を失うという状況だけは回避した。

とにかく今できることは、精密に魔素の動きをイメージすること。魔素で柔らかく丈夫な壁を生み出して傷口を覆う。血液の中にも魔素は流れている。それがこれ以上失われないように。瘡蓋をするように。そうだ、足りない分の血液を魔素で補うことが出来ないだろうか。水分子が水魔法で水もどきに嵩増しされるなら、これも……。


幸い俺は、血管の構造や人体の造りを人並みには知っていた。

魔法がイメージに基づくならば、こんな無茶な理論のどれか一つでもひっかかってはくれまいか。そんな願いを込める。


「――――」


信じよう。俺は大丈夫。血はもう失われることはないし、痛みはアドレナリンが何とかしてくれている。


だから屋敷に戻ろう。ヨハンの、カーラの、両親のいる屋敷へ。

そのためには、目の前の二人を倒さなければならない。

こいつらは敵なのだ。狂った殺人鬼だ。


だが俺なら立ち向かえる。もう出来損ないと呼ばれたロニーではない。

俺は、王都最高魔術師からお墨付きをもらった男なのだ。


俺は止血に最低限の意識を割きながら、別の魔素空間を頭上に形成する。

遠慮はしない。ありったけの魔力を注いだ。

空気中の水分子と魔素を結合させると、巨大な影を落とすほどの水の塊が出現する。今度は上下左右に動き回る水分子を魔素ごと停止させる。

脳内できれいなハニカム構造に整列した分子たちを想像すると、水の塊は途端に強烈な冷気を放つ氷塊へと姿を変えた。



「――――おいおい、おいおいおいおいおいおいおいおいぃ!!

なんだこりゃあ、なんなんだこりゃあよお……っ!!」


「あ。あ。あ」


目の前の男たちが間抜けな声を漏らした。

だがそれも仕方ないだろう。これはあのダミアンをも驚かせた、まだ未知の魔法なのだから。


巨大な氷塊が真っ直ぐに下降してくる様はもはや隕石。その光景は誰しもを本能的に戦慄させる迫力を有している。


だがこのまま落とせば俺にも及びかねない。だから俺は氷塊の内部に亀裂を走らせ、いくつかの欠片に分解させた。

すると菱形の鋭い氷の刃が無数に生まれ、仮面の男たちの頭上に雹のごとく降り注ぐ。


まずその一つがザクリと言う音を立ててスピンの腕に突き刺さった。


「があっ……!! いてえええ、なにっすんだてめえ……!!」


スピンが氷の刃に肌を裂かれながら、俺に向かって怒りを吠える。

だが彼の体は抵抗する間もなく無数の氷の礫の雨に叩かれ、切り裂かれていく。

氷の雨の向こうから阿鼻叫喚の声が聞こえる。


「どぉあああああああああああ、があああっ! ごふっ! ぶう……!」


「うっ。いたい。いたい。やめてよ。いたい。いたいよ」


「バーズビー! 何やってんだ馬鹿! 早く防がねえか!」


「や。やってるよぉ。でも。関係なく貫いてくるんだよぉ」


「――んだそりゃ! ち、くしょぉ。死にかけの芋虫がよおおおおおおおおお!!」


「いたい。いたい。いたい。いたい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」




礫の雨が降り終わる頃には――、およそ形勢は逆転していた。


どちらがより重傷を負っているかなど見比べるまでも無く、仮面男の大小はそろって地面に転がり、痛みにのたうちまわっている。特に手足の袖の部分はズタズタで、切り裂かれた肉が夕日にさらされていた。

命にかかわるような傷ではないと思うが、少なくとも筋が切れてろくに歩けはしないだろう。


「…………おい」


俺は止血用の魔法を維持しつつ、痛みにのたうつ二人の前に立つ。

もちろんどんな魔法が来ても対処できるように、杖には余力を残している。


「お前達の……、――はぁ、目的はなんだ」


「…………あ゛あ゛!? だから、てめえを殺す事だよ!! 死ね!! 死ね!! 

おい、バーズビー! てめえが一撃で仕留めねえからこんなことになった! てめえも死ね!!」


「いたい。いたいよお。いたいのはいやだ。ごめんなさい。ごめんなさい」


「だあくそ、カスが! 使いもんになんねえな、こいつはよぉ!」


俺は仮面の男二人の痛々しいやり取りを見下ろしながら、それでも案外タフなことに驚いた。言ってしまえば全身に無数のナイフを突きさされたのと同じはずだが、その声は痛みに喘いでいるという風ではない。

いや、タフというよりは、痛みに慣れているのか?


「他にも……、仲間がいるんだろう。俺を殺すためだけなら、屋敷に仲間がいるのは何故だ……?」


「…………ああ?」


喋ると背中の傷に響いて自然と顔が歪む。

そんなつもりはないが、二人から見ればさぞ威圧的に映っているだろう。


「屋敷に仲間がいるのは、何故だと聞いてる……!」


「……へえ」


俺が目線で屋敷の方向を指し示すと、スピンは一瞬キョトンとした後に笑った。

仮面の端が割れまだ幼さが残る瞳が見えていた。


「意外とするどいじゃねぇのぉ……。だが残念だな、さっきも言ったが俺らは大して聞かされてねぇのよ。デリバリー・マーチェスがあっちで何してるかは、知らねえなぁ」


作戦についても知らない。依頼主も知らない。

ただここで俺を殺す為だけに現れた2人。


スピンの言葉にどこまで信憑性があるかなど知った事ではないが、どちらにせよ有用な情報はこれ以上得られそうになかった。


「…………はぁ、分かった、もういい。自分の目で確かめる」


俺はそう言って瀕死の二人の横を通り過ぎようとする。

とどめをさすのが面倒くさいとか、これ以上やったら人殺しになると言う葛藤に興味は無かった。今はとにかく時間が惜しい。


――――なのに、


「おいおいおい、なに俺ら無視して行こうとしてんだよ。そりゃねえぜおい」


血まみれの仮面をかぶったスピンがにやけながら俺を呼びとめた。


「…………何?」


「なぁ、バーズビー。ひどいよな。可哀想だよな。こんな惨めな事はねぇぜ」


「うん。ひどいよ。悲しいよ。泣いちゃうよ。だって血がいっぱい出たんだ」


「よしよし、だがちょうどいいぜバーズビー。だってお前が自分で自分を刺す必要が無くなったからな、そう考えたら、ちょっとは可哀想じゃなくなるだろ?」


「あ。ほんとだ。スピンは頭がいいなぁ」


「よぉし、バーズビー。『パペットモード』だ……!!」


「うん!!」


――――瞬間、地面に力なく転がっていたはずのバーズビーの体が飛び跳ねた。


動けないはずだと安心していた相手がまるでバッタのように宙を滑空する。両肘を曲げ這いつくばるようにしながら、バーズビーは不規則に飛び回る。


重ねて言うが、全身が血まみれであちこちの筋が切断されているだろう男が――、である。


「さあさあさぁああ! 世にも奇妙な血みどろ操り人形の殺人鬼だぁ! 縦横無尽に飛び回り、そしてお前の首を刈り取るぜ、ほらぁ!!」


そう叫ぶのはバーズビーではなくスピンだ。

スピンは両手を開いて空に掲げ、バーズビーの動きに合わせて動かしていた。

俺のしょぼい動体視力では、バーズビーの動きを追いきることが出来ない。


シイッ――


という風を切る音が聞こえたと思った瞬間、視界の端に夕陽に煌く線が走る。

俺は本能的に避けようとし、だが背中に激痛が走ったので無様に地面に頭からつんのめることになった。


次の瞬間、後頭部を強風が通り抜ける。

俺が顔を上げると、バーズビーがナイフを右手に持って、首だけでこちらを振り返っている。


「…………ッ?!」


しかし問題は、今俺の首が刎ね飛ばされかけたことではなかった。


首を苅ろうとした相手が、今、《《宙に浮かんで》》第二撃のタイミングを伺っていることだった。


「くっそ!! 外したぜ!! すまねぇ、バーズビー! 腕がもげそうで思うように魔力が込められねえんだ!!」


地上のスピンが空中のバーズビーに向かって声をかける。


「んーん。いいよ。次は当たるよ」


バーズビーは肘を肩の高さまで持ち上げ、カクカクとした動きで頷く。

既視感のあるその動作に、俺の背中に悪寒が走った。


そう、まるで糸釣人形のようなのである――。


「そぉら!! お前にバーズビーの動きが読めるかぁ!? 御大層な魔法も、当たらなきゃ意味がないぜぇ!?」


ナイフを持ったバーズビーは宙を滑るように上下左右に不規則に、しかも高速で動く。文字通り人間の動きではないそれに、俺は目を疑った。


「……な、なんの魔法だこれは……!?」


「さてなんだろうなあ!! 当ててみようぜ、ロニーちゃん!! 考えてるうちに、死ぬんだけどなあ!!」


スピンの声を合図に、バーズビーの体がぐんと音を立てて加速する。

滑空するような軌道を描きながら地面すれすれに俺に接近するバーズビーは、胸元からもう一本のナイフを取り出した。それは三日月のように深く湾曲したナイフ。人を傷つける以外の用途が思いつかないようなナイフである。


「ごめんね。ごめんね。痛くしないから。痛いのは嫌だよね。だから。……死の?」


瞬きをするほどの間に距離を大幅に詰めてくる仮面の男が、死の予感を運んでくる。

もう目の前までそれは来ていた。


「――ッ」


俺は反射的に杖に魔力を込める。

とにかくこの不気味な男の接近を妨げるために、分厚い水の壁を生み出した。球状ではなく薄く横長に伸ばした壁は、充分壁として機能するはず。

バーズビーはそのまま頭から壁に突っ込むはずである。


「はははっははははは!! 甘い甘い甘い甘ァい!! そのくらいのことは想定内なんだぜぇ!! こうだ!!」


視界の端で、地面に膝をつき両手を前に出していたスピンが高らかに笑ったかと思うと、両手を素早く頭上に上げた。いわゆる万歳の形になる。


俺は嫌な予感がして――――、頭上を見上げた。



「ばあ」



見上げた先わずか5メートルほどの高さで、仮面の男がこちらをまっすぐに見下ろしていた。

両手に持ったナイフが赤い夕陽を受けて怪しく輝く。


「あはは。あはは。残念。終わりだよ」


「――――――、――――」


「……ん? 何をブツブツ。言ってるの?」


「…………くそ、なんの属性かすらも分からん。今分かるのは、あの小さい方が何か小細工をしているという事だけだな……!」


「?」



――――ボフン!!


という緊迫感にそぐわぬ音が草原に響いた。

すると、視界が真っ白に包まれる。

夕日の光さえ遮るほどの、濃い水蒸気である。


「――ああっ!?」


戸惑いの声を上げたのはバーズビーではなくスピンの方。

だがバカみたいな密度の水蒸気は、あっという間にそのスピンをも包み込んだ。


「くそっ! これじゃあ、意味が……!! おい、バーズビー!! 返事をしろ!! あいつはやったのか!? やってないのか!! おい、どこにいる!!」


叫び声が響くが、答える者はいない。


「…………お、おい! ロニー・F・ナラザリオ!! 何やってんだてめえ!! ぶち殺してやるから出てこい!! 死ね!! 死ね死ね死ね死ね死ね!!」


スピンの語気は荒いが、明らかに先ほどまでは含まれていなかった不安の色がのぞいていた。目を開いても何も見えず、自分の声以外聞こえない。それはどこの誰だって本能的な恐怖を掻き立てられるものなのだ。


「――――ぎゃっ」


ふと霧の向こうで短かな悲鳴が響いた。


「バーズビー!! そこにいるのか!? 何やってる、おい!! 近くに小僧がいるんだろう!! はやく殺っちまえ!! でなきゃ――――」


「何も見えず動けもしない……。

それが不安なのは分かるが、この状況で大声を上げるというのは愚の骨頂だな」


「!!」


ゴッ……!!


という鈍く重い音が響いた。


「…………がっ……!」


小さなうめき声と共に、スピンがうつぶせに地面に倒れこむ。彼の頭の傍らには頭と同じほどの大きさの氷の塊が転がった。





杖を振ると、ワイパーで拭ったように視界が綺麗に晴れた。


草原の上には、今度こそ沈黙した二人の男が横たわっていた。

だが気絶しているだけだ、殺してはいない。たとえ自分の命が危ぶまれていようと、人殺しにまで堕ちるつもりは毛頭なかった。

魔法科学を標榜する俺が、魔法を人殺しに使うなど決してあり得ない。


「…………はっ、…………はあ…………」


脱力感と共に俺は地面に尻もちをつく。

しかしその振動で背中の傷に衝撃が走り、忘れかけていた痛みに俺は呻いた。


傷口を覗くと、絆創膏のように魔素で覆うという応急処置は功を奏しているらしく、急速に色が濃くなり固まりかけているのが分かった。


しかし、一息つくと急激に立ち眩みが襲う。

自分の頬を触れば冷たく冷えて死人のようだ。だがそれでも、俺は倒れるわけにはいかなかった。


「屋敷に……、はぁ、屋敷に帰らないと……」


俺はふらふらとした足取りで、丘を下った。

仮面の男二人に会敵してどのくらい経ったろう。もし屋敷にもこいつらの様な輩が行っているのだとしたら、もしかしてもう間に合わ…………。


「――――」


俺は頭をよぎる不穏な想像にすぐ蓋をした。

そうしなければ、屋敷に帰るまでの数十分の帰り道の間に、不安で狂ってしまいそうになるからだ。


「……そもそも、こんな状態で俺が屋敷に辿り着けるのかがまず問題だ……。くそ……、なんでこの世界に119番はないんだ……」


俺がそんな益体のない愚痴をこぼしていると、


「――ロニー様!!」


丘の草原を今まさに抜けようとした俺を呼ぶ声がある。

日が落ちかけているので一瞬分からなかったが、声の主が駆け寄ってきたのですぐに正体が分かった。


「ロニー様……! ご無事ですか!?」


「ジェ、ジェイル……」


「随分と探したのですよ……、服が血まみれではないですか! いったい誰に!?」


「……ああ、あれだ。っ、すまない、ちょっと肩を貸してくれ……」


「あれとは…………、…………ッ!」


ジェイルは寄りかかる俺を両腕で支えながら、草原に横たわる二つの人影を視界にとらえる。


「やはり、ロニー様の所にも……!!」


ジェイルがそう苦々しく言葉を発するのを聞いて、俺の心臓が嫌な音を立てて軋んだ。


「や、やはりだって……!? ジェイル、屋敷のみんなは……、ヨハンは、カーラは、お父様やお母様やみんなは無事なのか……!」


「子細な状況は私にも分かりません、ロニー様のお姿が見えないので探しに来たのです……! とにかく今は自分のお体の事をご心配ください!」


「俺は大丈夫だ、止血はしてある。

とにかく屋敷が心配だ、俺の所にもということは屋敷にもこいつらの仲間が来たんだろう!?」


「それがよく分からないのです。ですが、私はとにかくロニー様をお探しして守らなければと……!」


ジェイルは心配げな目線で俺を見下ろすが、屋敷で何が起きたかは判然としない。

どころかジェイルには誰かが屋敷に現れたというところしか分かっていないようで、とにかく彼はいち早く俺の身を案じここまで………………。




「――――――」




待てよ?

それって……、おかしくないか?


俺は思わず、もたれかかっていたジェイルの体から身を離した。


「…………、ロニー様?」


ジェイルが不可解そうな表情を浮かべ、俯く俺をのぞき込んでくる。


「………………」


「どうされました……? 早く逃げなければ……」


「どうしてここが分かった……、ジェイル。俺は屋敷の誰にも行き先を告げてなかったが……」


「――――え」


「いや、そもそも屋敷を誰かが襲ったんだろう。その正体も確かめぬまま、俺を探しに来たって……? 父や母はほったらかしにして? それにここは屋敷から数十分離れてるんだぞ?」


「ド、ドーソン様からの命令なのです……! ロニー様をいち早くお守りするようにと……!」


「お父様が……? お父様が、まがりなりにも王都最高魔術師といい試合をした俺の身を案じてジェイルを送ったのか? 自分達の身が危ういというのに?」


「…………」


「それにお父様にだって俺の居場所が分かっていた理由がない。屋敷から外に向かったのを見た者がいたとしても、別にここに居るとは限らないはずだ。むしろ街に下ったと考える方が自然じゃないか?」


こんなことを問いただしている時間はないのかもしれない。

それでも俺は尋ねずにはいられなかった。納得できる理由があればそれでいい、でもジェイルは意図的に明言を避けている気がして、それがとにかく気持ち悪いのだ。


先ほどまで抱いていた悪い予感よりもさらに、それは最悪な予感だった。


「ジェイル……、答えてくれ。

何故ここに来た、どうしてここが分かった、屋敷では一体何が起きている……」


「…………」


二人の沈黙の間を、血の匂いを含んだ夕暮れの風が吹きすぎていった。


ジェイルはしばしの間、黙って俺を見つめ、やがて耐え切れないように口を開いた。


「いい加減にしていただけませんでしょうか……。悪趣味でしょう、あまりにも……」


「…………?」


それはどう聞いても俺に語り掛けた風ではなく、別の誰かに語り掛けているようだった。



「――――残念、面白くなりそうだったのにな」



背後から声がした。

俺は反射的に声がした方向を振り返る。右手に杖を握りしめて――――、


サンッ――!


瞬間、俺の右手の杖が、水の刃で細切れにされた。

俺の背中の傷を覆っていた魔素が融解し、溜まっていた血が大量に俺の脚を伝う。


「うちの部下を随分可愛がってくれたようでありがとうよ。やけに慎重な依頼だと思ったが、保険をかけたがった理由も分かるぜ。

だがまあ、自分の生命線をそんな風に分かりやすく晒す時点でトーシロだよ。危機感が足りねえ、今まさに殺し屋に襲われたってのに」


俺の杖を細切れにした犯人が、振り返った先で怠惰そうに立っていた。

その男は先の二人のようにコートを着ている訳でも、仮面をつけているわけでもない。


だけれど俺は《《そこに立っている男》》の意味が分からず、絶句する。



「まあ別に責められるこっちゃねえか。

ご立派な豪邸でお幸せに暮らして、それでなくてもついこの前魔法が使えるようになったってんだからな。俺らみたいなアンダーグラウンドな輩など、存在さえ意識してなかっただろうさ。それも身内に裏切られるような真似されちゃあ尚更だ。だからまあ、しょうがねえ」


「――――――」



「しょうがねえが、とりあえず終わりだ。――――――死ねよ」



俺に死を告げたのは、俺と全く同じ顔、背丈、服装をした


【俺自身】だった。


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