表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/125

22.負けました


俺は空高く飛び上がったダミアンを驚きとともに見上げていた。


魔法の弾丸をブラフに使い、彼女の死角に移動するところまではうまくいった。


俺がこの4日間で理論から実現までこぎつけた【氷魔法】――――その弾丸の雨は、両者の姿を覆い隠すほどに白煙を上げていたし、魔法を発動したまま本人が移動するというのも、意識は使うが不可能ではなかった。


あとは彼女の死角から魔法の弾丸を一発でも打ち込めば「一本取った」と言って差し支えないはずだと、そう思っていた。


だが俺が魔力を込めた瞬間――、その殺気を感知したのだろうか、彼女がその場から姿を消したのである。

それが上空だと気づいたのは数秒後、俺は慌てて照準を定め直さなければならなかった。


そんなこともできるのか……、と感心している場合ではない。落ち着け。彼女は空中、さしもの王都最高魔術師も自由には動けまい。

そう思って杖に魔力を込め直す。


「ね、念のため5発くらい……。5つもあればどれかは当たってくれるだろ……………………。 あ、あれっ!?」


バキッ


と言う音がしたかと思い右手を見れば、持っていた杖が中ほどで2つに折れてしまっている。

強く握りすぎたのか? いや、そうじゃない。折れている場所が違う。だとすれば、なぜ急に前触れもなく?


俺が狼狽えている間に、杖の先端が地面にポトリと落ちる。

すると浮かんでいた氷の塊も同じように支えを失い、ボトボトと地面に転がってしまった。


俺は杖に魔力を込め直してみる。

だが、さっきまで思うがままだった俺の中の魔力は、とたんにうんともすんとも音沙汰がなくなってしまっていた。


「な、なんで? なんで、急に折れたんだ?」



半ばパニックになりながら、落ちた先端を拾い上げようとしたところで――、目の前に人影が立っていることに気が付いた。


もちろん、ダミアン・ハートレイである。


彼女は俺を険しい表情で見下ろしながら右手をかざす。

掌が白く発光していた。


「………………」


「は、はは……」


俺は諦めの笑みを張り付け、両手を上げてこう言った。



「ま、負けました…………」



俺がそう言うと、ダミアンが俺に手を差し伸べてくる。

その白い手を取って立ち上がると、周囲から歓声が起こったので驚いたのだった。





「もう! ロニーちゃんったら、どうしてこんな大事なことを内緒にしてたのかしら! まんまと驚かされちゃったわ!」


満面の笑みのエリアが食卓に身を乗り出す勢いで言う。母は俺の返答を待つように対面の俺を見つめていた。


「えーと、す、すみませんでした……」


「なにを謝ってるの! 私は貴方を責めるつもりなんてないのよ、喜んでるの! 

ずっと貴方は出来る子だって信じていたんだもの! ねえあなた?」


エリアが上座に座るドーソンに目を配る。

するとドーソンが口に運びかけていたフォークを置き、俺を見た。


「…………そうだな。しかし、あれには私も驚かされた」


「お父様には、特にご迷惑をおかけしてしまいまして……」


俺は恐る恐る父に頭を下げる。

何せ衆目の前で言い合いまでしたのである。もう頬の痛みは引いているが、試合後も父とはまだ言葉を交わしていなかった。


そんな俺の内心の不安を、ドーソンは打ち払う。


「いいや、謝らなければならないのは私の方だ。

お前の話もろくに聞かず、カッとなって手を出してしまったことを許してほしい」


ドーソンの表情は穏やかで、俺を見る目線は温かく懐かしいものだった。

俺は思わず口をパクパクさせてしまう。


「ゆ、許すだなんて、とんでもありません」


「お前は本当によくやった。お前がしたのは王都最高魔術師殿が手放しで称賛するほどすごい事なのだ。魔法が使えることに驚いたのも事実だが、まさか未知の魔法を披露するとは……。ロニー、私はお前が心から誇らしいよ」


「もちろん私もよ、ロニー」


「…………そ、そんな……」


何年も向けられることのなかった両親からの温かな言葉に、俺はもはや何と答えていいものか分からない。正直ここまで素直に反応が変わると思っていなかったので、なんだか目を合わせる事さえ恥ずかしかった。


俺が驚いたのは、自分が想像以上に両親の言葉を嬉しいと感じている事だった。

他者の無関心など別にどうだっていいと割り切っていたはずなのに、心の底ではずっと誰かの評価を求めていたのだ。


知らなかった。

努力が報われるというのは、こんなにも嬉しいものだったのか。


胸に暖かいものがこみあげて、食事もなかなか喉を通らなかった。



「それにしてもあの魔法はなんだったの? 水魔法が氷になるだなんて聞いたこともないわ? あれをあなたが考えたというのは本当?」


「うん、本当だよ。魔法が使えるようになる前から、兄様は魔法について研究してたんだ」


エリアの質問に、俺の隣に座るヨハンが応える。


「まあすごい。ねえ、ロニーどうやってそんなことを思いついたの? 研究って一体どうやったのかしら、お母さんに教えてくれる?」


「ど、どうやってと言われると、なかなか説明が難しいのですが……」


食事の席に座っている者だけでなく、使用人含め食堂中の視線が俺に集まるので、俺は苦笑いしてしまう。

そこで俺の右斜め方向に座る紅い髪の女性も、ワインを片手にうんうんと頷きながら俺に語りかけてきた。


「私も非常に興味がある。私も知らない魔法という事は、少なくともこの国で使える者がいないという事だ。これは大発見なんだぞ、ロニー」


ナラザリオ邸食堂で執り行われる食事会の主賓たる、ダミアン・ハートレイその人である。元々はヨハンとの手合わせの後はすぐに帰る予定だったのだが、気が変わって一晩泊まっていくことにしたらしい。


その契機が俺とのあの手合わせだったことは明白。

彼女は今、知的好奇心のこもった熱視線を俺に送ってきていた。


「しかも君は私を負かす寸前までいったんだ。私が言うのもなんだが大快挙だぞ」


「いえいえ、あれがダミアン様の全力でないことなど、この場にいる全員が存じてますよ……。俺は魔法を使えないふりをして試合を始めたし、終始、俺に怪我をさせないように立ち振る舞ってもおられたでしょう。実戦の場だとしたら俺なんて瞬殺です」


「さあて、どうかな。心の準備をして臨んでいたとしても、結果は近しいものになっていたと私は思うがね」


「そんなおだてに乗せられるほど、俺は子供じゃありませんよ」


「はっはっは、確かに君は子供らしくはないな。

だが私が君の実力を認めたのは事実だ。どれだけ私が油断をしていたとしても、最後の事故さえなければ君はさっきの試合で一本を取っていた。

過度な謙遜はむしろ無礼に当たるぞ? かといってあまり触れ回れると、私の評判が危ういんだがな」


ダミアンはそう魅力的にほほ笑んでワインを飲み干した。

酒気で僅かに赤みがかった彼女は、昼間の凛とした美しさとは別の魅力を宿している。


「そうそう兄様、あの枝はどうして急に折れちゃったの?」


ヨハンがやや小声で俺に尋ねてきた。


「あれがなければ本当に兄様が勝ってたんじゃないかって、僕も思うんだけど」


「…………んん、試合の勝ち負けはさておき、あの場面であれが折れてしまった理由はまだ分からん。だが少なくとも物理的な原因で折れたのではなさそうなんだ」


「じゃあ魔力を注ぎすぎて壊れちゃったとか」


「消去法的にもその可能性が一番高いだろうな……。しかし何か対策を講じなければ、今後には差し支えるからな。原因は詳しく突き留めておく必要がある」


「また検証と実験だね?」


「おお、分かってきたなヨハン。

……そう言えば言いそびれてたが、水魔法の温度を上げるあれには感心した。あれは自分で思いついたんだろう」


「へへ、ちょっと兄様にも秘密で練習したんだ。氷魔法は先を越されちゃったけど」


ヨハンが照れくさそうに笑う。俺は弟の頭をぐしぐしと撫でた。


「そうだヨハン。君にも約束を守ってもらわないといけないな? 一応私はロニーから一本を取っただろう? ――あ、すまない、ワインのお代わりを頼めるかな? ああありがとう」


俺たちのやり取りを見ていたダミアンが思い出したように言う。


「うん、約束は守るよ。兄様のに比べたら別に大したことじゃないと思うけど」


「何を言う。あれにも大いに驚かされたものだ」


「ダミアン様なら簡単にできると思うけどね。僕に出来たくらいなんだから」


「なんだなんだ、君たち兄弟はそろって随分と謙遜をするものだな。まったく、王都のプライドだけ高いやつらに多少見習ってほしいくらいだ」


ダミアンはそう口をとがらせて、またワインをあおった。

食事が始まってから随分とペースが速いが、優秀な魔術師は酒にも強いものなのだなと俺は妙なところに感心した。


「そうです、ダミアン様。

せっかくですから王都の話を息子たちに聞かせてやっていただけませんか」


エリアがパンと手を叩いて言った。


「王都の話ですか? 権威をかさに着たどうしようもない連中の巣窟ですがね……。ああ、そういえば先日――――」



ダミアンを招いた家族そろっての食事会は、なごやかで和気あいあいとした雰囲気のまま、夜を深めていったのだった。





食事の席が終わり、片付けも終わって皆が寝始めた時分、私は主人の部屋をノックした。

少しの間の後、低い返事がある。


「入れ」


「失礼いたします、旦那様」


部屋に入ると主人がこちらに背を向けるように窓際に立っていた。

窓の外は夜、部屋の中には机の上のランプが灯るのみで明るいとは言えない。私は入ってすぐ扉の横に立ち、オレンジ色に背を照らされる主人を静かに見つめた。


「遅くなって申し訳ありませんでした。片付けが長引きまして」


「……ダミアン殿はどうされた」


「用意したお部屋で、もうお休みになられているはずです」


「そうか」


主人は窓の向こうに目をやったまま、短く小さく頷いた。

表情はここからでは見えないが、呼び出された要件については大体理解していた。


「……それで、どうされるのですか。正直想定外なことだと思いますが」


「想定外か……。ああ、そうだな。全く想定外だ。

逆にお前は、……ジェイルはどうすればいいと思う」


「…………私ですか?」


主人が自分に意見を求めるのは珍しい。

表には出ないが、彼の内心の動揺を表しているのかもしれないと思った。


「私は旦那様のご意見に従うのみでございます。今までの通りに」


「お前はそう言うだろうと思ったよ」


そこで主人がわずかにこちらへ振り返る。

わずかな光量ではその表情の機微まで読み取ることは出来ないが、そこにはあきらめと呼ぶべき感情が確かによぎったように見えた。


主人は私をしばらく見つめた後に、呟くように言う。



「予定は変えない。もうナイフは振り下ろされてしまったのだ。後戻りはできない」


「…………かしこまりました」



私は目をつむって一礼をした後、部屋を後にした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ