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2.2つの記憶


目が覚めたのは自分のベッドの中だった。


記憶の飛びように一瞬何が起こっているのか分からなかったが、頭に包帯がまかれているのを確認した時点で、自分が階段から落ちた結果、気を失って寝ていたのだと思いだした。


しかし問題とすべきはそこではなかった。


見慣れているはずの自分の部屋が全く違う風に映るのだ。

16年もこの場所で寝起きしてきたにもかかわらず、まるで他人の部屋かのようだった。


まず部屋を眺め見て、家電製品の類が一切ないことに違和感を覚える。

電灯もない。テレビもない。クーラーもない。パソコンも携帯もゲーム機も何もない。あるのは古めかしい木製の調度品とコンセントの繋がっていないランプがあるのみだ。


今までそんなところに違和感を覚えたことなどないはずなのに。


「……ところで、俺はどのくらい寝てた……?」


俺はそう呟いて窓の外を見やる。

ガラスの向こうには朝焼けの淡い赤黄色の空が覗いていた。


「階段から落ちたのが、確か朝食を食べ終えてすぐのはず。

つまり、少なくとも丸一日は寝ていたことになる訳か……」


――――ガチャリ。


そんな風に状況の推測を行っていたところへ、思考を打ち切るように部屋の扉が開かれた。

隙間からメイド服の女の子が心配げな顔を覗かせている。


「あっ、お、お目覚めになられましたか……、ロニー様……」


たどたどしい口調で部屋に入ってきたのは、茶髪で頬のそばかすが特徴的な13,4歳ほどのメイドである。


「カーラか」


彼女は不出来な長男に対しても丁寧に対応してくれる数少ない使用人だ。働き始めて間もないという部分が大きいのかもしれないが。


「も、もう起きて大丈夫なのでしょうか。頭は、痛くはありませんか? あ、あの、血がすごい出ていて、それはもう、階段が大変なことに……」


「ん……、ああ、痛みはするが皮を切った程度のようだ。問題ない」


「そ、そうですか……、それなら、あの、えっと、よかったです……」


カーラはそう言いながら、恐る恐ると言った風に俺の近くへと寄る。

右手には汚れを拭くための布と、替えの包帯が用意されていた。


「どのくらい寝ていたのだろうか」


「へっ? 何がですか? カーラがですか? カーラはぴったり8時間睡眠で……」


「お前の睡眠時間は聞いてない……。階段から落ちて、俺はどのくらい寝ていた?」


「はっ、失礼しま――――……。お、おれ……?」


カーラは俺の質問の途中で、妙なところに反応して首をかしげる。


ああそうか、俺の一人称はこれまで【僕】だったのか。

しかし今更自分の事を【僕】と呼ぶ気にはなれないので、訂正せずにおく。


「えーと、あの、そうですね……。ロニー様は3日くらい、ずっと目を覚まされる様子がなく、眠っておられたかと……」


「3日もか……。

どうりで腹が減っているわけだ」


「は、そうですよね。今すぐ何かご用意いたしますっ。

しょ、食欲はありますでしょうか。サンドイッチでいいですか?」


「……それで構わないが、その前に包帯だけ替えてもらえるだろうか」


「そ、そ、そうでした。失礼いたしました。すぐ取り替えますですっ」


「頼む」


カーラはあわあわとせわしない様子で俺の頭の包帯に手をかけた。

包帯をはがせばペリペリと乾いた血の音がした。


「…………」


しかし3日も寝ていたとは驚きだ。

体感としては、視界がブラックアウトした次の瞬間にはここにいたという印象なのに、実時間では70時間も経過しているらしい。


俺は包帯を取り換えてもらいながら、右手のひらを開いたり閉じたりしてみた。

さしあたって痛みやしびれは感じられない。


すると唯一にして最大の変調はやはり、この不可解な記憶の混濁――、ということになる。


頭を強打したことによる脳震盪、および失神。

それが引き金となってこの現象を引き起こしたことはほぼ間違いない。

俺は元々、前世の記憶などと言う不確かな都市伝説を信じてはいなかったが、事がこうなると否が応でも受け入れざるを得ないだろう。




今の俺は16歳の少年、【ロニー・F・ナラザリオ】であると同時に、28歳物理学者【山田陽一】の記憶を持っている。





【山田陽一】としての28年分の記憶を全て鮮明に思い出すことが出来、かつての両親の名前、通っていた小学校、合格した大学、そしていつどこでどうして死んだかも思い出すことが出来る。

これが偽りの記憶や、気のせいだとは信じられない。


にもかかわらず。【ロニー・F・ナラザリオ】として生きてきた16年間も事実としてあるのだ。

例えるなら、世界が二重に見えているような不思議な感覚。


――まったくもってオカルトだ。

だが、自分の身に起きているとなれば、否定をしようにも本能がそれを許さない。

何かこの現象に論理的な説明を行うことが出来るだろうか……。


「はい、終わりました。ど、どうですか、きつかったりしませんか?」


俺が自分の身に起きた現象の考察を行っている間に、カーラはいつの間にか包帯を巻き終えたらしく顔をのぞき込んでくる。


「いや、問題ない。ありがとう」


「見た限りですが、血も止まったようなので……、もう少し傷がふさがったらお風呂に入られてもよろしいかと思います」


「……ああ、すまない。すこし匂っただろうか。自分で付け替えればよかったな」


「あ、いえいえ! そういう意味で言ったのでは……!

…………………………えっと、あ、あ、あの、ロニー様……?」


「ん?」


「ほ、本当に、何ともありませんか?

頭をしこたま打たれたのです。傷がふさがっても、他にも何か悪影響が残っているやも……」


「……俺は何かおかしく見えるか?」


「いっ、えっと、あの、何と言いますか……、いつものロニー様と少し雰囲気が違うように見えたもので……。す、すみません、決して変な意味で言っているのではなくてですね……」


汗をかきながらオーバーなリアクションでする必要のない弁明を行っているカーラ。


「心配するな、問題ない。ところで――」


俺は思わず笑いをこぼしながらそう言い、膝の上の毛布を取り起き上がる。


「?」


カーラは不意に俺が立ち上がったのを見て少し驚いた表情になった。





「こんなダメ息子でも、お父様に一応なり無事を報告せねばならないだろう。

今はどちらにおられる?」


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