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19.待ちくたびれた精霊


「――ねえ、どういうこと?! ほんと、どういうことなの?! 

あの会話の流れでどうして、次来るのが1週間チョイ先になるのかなあ! ボクは次の日か遅くてもその次の日くらいに来るんだろうと思って、ワクワクして待ってたんだよ!? だって、精霊にあったんだよ!? 精霊様に、会ったんだぜ!? 精霊様がこれこれを持ってきてって言ったら、なるべく急ごうと思わないかなあ!? しかも魔法が使えるようになるかもしれないって話だったじゃん! ねえロニーくん!」


俺が祠を訪れると足を踏み入れてすぐ、青い蛇状浮遊生物がすっ飛んできて首元に絡みつき、耳元でまくしたてた。


「うるさいうるさい。耳元で大声を出すな……」


「いいや、出すね! 大声にもなるさ! ボクは怒ってるんだ! ボクがどういう気持ちで唯一の話し相手たる君を待っていたか! あれ、今日は来ないのか、用意に時間がかかっているのかなあ。あれ、今日も来なかった、何かあったんだろうか。あれ、あれ、あれ? ってやってたら10日だよ! 信じられないよもう!」


「……いや、そんなに待ってるとは知らなくて……。だって別にいつ来るなんて約束もしてなかったじゃないか」


「してなくったって、普通は最大限早く来る努力をするもんなんだよ!!」


セイリュウは大声でそう訴えて、わざとらしくメソメソと胴体に首をうずめる。

俺はため息をついて謝罪した。


「悪かった。ちょっとうちの屋敷でも色々とあってな。俺の部屋の壁が崩れたり、来客があったり、弟が倒れたりな。それでついつい後回しになってしまったんだ」


「精霊を後回しにする度胸がすごいよ……。

えーと、部屋の壁が崩れたって? どうしてそんなことになったの? 詳しく教えてよ」


「まあそこまで大したことじゃない。一から話すのも面倒だし……」


「むきい、その態度を言ってるんだぞロニー! こちとら話題に乏しい祠生活なんだ! 外の天気くらいしかニュースがないんだ、分かってるのか! ねえ、もっと喋ろうよ、もっと話そうよ、もっと構ってよボクを」


「もはや威厳もくそもないな……。そうだ、今日来た一番の用件は、ついさっき俺が魔法を発動したらしい事についてなんだが」


俺がそういうと、くねくねとまとわりついていたセイリュウの動きが固まる。

みれば目を見開いて顎をがくがくと震わせていた。


「う、ウソだろ……!? せっかくボクが精霊様の知恵でロニーの魔法能力を開花させるっていう、神秘的かつビッグイベントを用意していたのに……!!」


「いや、俺も驚いたんだ。なんか、思わず出来ちゃったって感じで」


「キイイイイイイ! このすけこまし! こうなったら責任とってどういう経緯かを一から十まで説明してくれなきゃ帰さないからなァ!!」


俺は空中でもんどり打つ精霊にため息をつきながら、しかし確かに、何もない祠から出られないというのは退屈だろうと同情し、ここへ来るまでのことを順番に話し始めたのだった。





「ほうほうなるほど。……それにしても氷魔法とはねえ、ふふふふふふふふ」


俺があらましを説明し終えると、セイリュウはおかしそうにニヤニヤとしながら宙をくるくる回り始めた。


「俺は理論上可能だと思っているんだ。それに実際――」


「まあまあまあ。その話はいったん後回しにしよう。

 ともあれ魔法の研究がことのほか順調そうでよかったぜ。まあボクのアドバイスとかじゃなくて、自分で進めちゃってるのはいただけないけど」


「幸い実験器具などの用意が出来たし、弟の協力も貰えたしな。それに自分で実験をする前から答えだけ得ようとは思わん」


「それはそれは殊勝な心がけなことだよ。最近の若者には珍しい」


「こっちにもその言い回しがあるんだな……。

 そう言えばセイリュウ」


俺はふと思い出したように尋ねる。


「今日は時間は大丈夫なのか?」


「ん? 時間って?」


「この前来た時は眠くなったからといって俺を追い返したろう」


「――ああ、その節はすまなかったね。でも今日は夜のうちによく寝といたからあと1時間くらいなら大丈夫だぜ」


「それはお前の睡眠時間が長いからか、それとも別の原因からか、どっちなんだ?」


「どっちもかな。ボクの活動時間に限界があるのは水晶から出ると魔力を消費するからで、そして、それを寝ることによって貯め直すからだ」


そう言ってセイリュウは水晶に身を沈め、またすぐに出てくる。

俺は出てきたところを試しに指でつまんでみた。


「うぇ」


「……うーん、確かに見えるし触れる。しかし水晶や俺の体に透けて入りこむこともできる……。謎だ」


「ちょっと、精霊様をそんなミミズみたいなつまみ方するんじゃないよ!」


「なあ、一度解剖してみてはだめか?」


「すごいこと言ってるこの人!!??」


セイリュウは顔を絶望に染めて、体を透過させ俺の手から逃れた。

そして手の届かない位置にまで移動して俺を見下ろす。


「そう言えばさ、カガクってやつと精霊の折り合いは結局付いたのかい?」


「……いいや、現状精霊という存在については【保留中】だ。正直あまりにも荒唐無稽だからな。現状は」


「現状は、ね。いずれは精霊という存在についても食指をのばすつもりなんだ?」


「俺の寿命が間に合えばな」


「あはは、そうかいそうかい。応援してるよロニー」


セイリュウはそう言って楽しげに宙を舞って見せる。

そして一通り笑い終わった後に、高度を下げて俺の目線の位置まで降りてきた。


「さて、それじゃあそろそろ答え合わせを始めようか。

君の研究成果を聞く限り、考え方は概ね正解だよ。――特に魔素? の発見は素晴らしい」


「正解ね……。精霊を相手にしていると、なんだか自分のしていることが馬鹿げて見えるな」


「む、何言ってるんだい。これは君が導き出した答えなんだよ?

ボクは本来人間には干渉できないし外の世界にも行けない。これは紛うことなき君だけの発見だ」


「――まあいい。俺はセイリュウの言う内容がすべて真実とは思っていないし、発見だと思っていることも今後繰り返し検証していく不確かなものだ。

だからあくまで、参考程度の情報として聞かせてもらっている」


「うん、それでいいよ。さっきの正解って言葉が気に入らなければ言い変えよう。

君の理論は、ボクの見ている世界と矛盾しない――、と」


「…………そう言えば、魔力の流れが見えるんだったか」


「そうだよ。そして僕から見る魔力の流れとは、粒粒の集合体なんだ。君の言うところの魔素ってやつね。

人間の中にある魔素が外にある魔素に干渉して、魔法は起こる。それがボクには見える。そういうことさ。

ちなみにたったこれだけのことを、他の連中は理解せずに魔法を使ってるんだ。馬鹿だよね。君が一ヶ月くらいで突き止めたことをさ」


「いや、馬鹿て……」


俺は何とも返答のしようが難しくて苦笑いした。

しかし俺だって前世の知識がなければこの結論にはたどり着いていない。

要は発想の問題なのだ。原始人の数万年と、現代の数年の進歩がつりあうように。


「もう少し掘り下げて聞きたいんだが、体内の魔素と外界の魔素は通常干渉していないということなのか?」


「内から外に出す分にはそう。君がそうだったように、出口がなければ外には出ない。外から内に入れる分には、食事や睡眠で自然にたまっていくんだけどね」


「……溜まるって、俺でも?」


「そ……だね」


「つまり俺の場合、魔素の流れが一方通行なわけか。

ただヨハンの魔法なんかを見る限り、取り込まれる量と放出される量はイコールじゃない。本来はダムみたいに『溜めて』『出して』を行っているということか」


ふむ。

と俺が頷いていると、視界にセイリュウのニヤニヤとした顔が映る。

しばらく無視していたが、あまりにしつこいのでしょうがなく反応してやる。


「…………なんだ?」


「ねえ、今の話で面白い事に気づかないかい?」


「面白いこと?」


「君にも魔力はたまっているって、ボクは言ってるんだぜ? しかも君の場合は、16年分がさ」


セイリュウは笑い、俺がポケットに入れていたプテリュクスの樹の枝を引き抜いた。そして器用に宙でそれを振るう。


そう、まるで【魔法の杖】のように。



「――――――――ああ」



そこでようやく、すべての事実が一つの線になったのを感じた。


「自分のこととなると妙に鈍感だなあ。ボクは見ていないけど、きっととんでもない量の水が降ってきただろう? それは君がこの枝を持って魔法をイメージしたから。そしてとんでもない規模の水魔法が発現したのは、君の中の魔力量がとんでもない規模だからだ」


「――――」


「ちなみに詳しく説明せずこの祠に持ってこいと言ったのは、今日みたいなことが起こりかねないと危惧してたからだぜ。たまたま開けた場所にいたからよかったものの、場所や向ける先が違ってたら大惨事だ。それこそ部屋の壁が崩れるなんてレベルじゃない」


「――そういう、ことか……」


俺はあの量の水が屋敷の真上に落ちる映像を思い浮かべ、ゾッとした。


「そうだよ。それもあって早く来ないかと気を揉んでいたんだ。何せボクは君の中の魔力量を直で目の当たりにしているんだからね」


確かにセイリュウは俺の体内に一度潜っている。

やけに時間がかかるものだなとは思っていたが――。


「まったく。説明の順番があっちゃこっちゃだ。

おまけに君の何が危険かって、魔法の操作に関しちゃ赤ん坊以下のレベルってことだよ。それだけの魔力を内包していながら、蛇口のまわし方が分かってない」


「――――どうすれば、いい……?」


「練習が必要だね。それも相当に場所を選ぶ必要がある。

ただ、君の中にはイメージが既にあるみたいだからすぐ調節できるとは思うけど」


「イメージ……」


セイリュウは戸惑う俺の背中を、祠の入口へと押した。

出ろという意味らしい。


「せっかくだ。ここは人通りが少ないしもうそろそろ夕方だ。それに後ろには僕が付いているから、少し練習していくといいよ」


「こ、ここで?」


「屋敷に帰ってやるつもりだったのかい? 言っとくけど君の力を思い違っちゃいけない。君は簡単に人を殺せるんだぜ?」


簡単に人を殺せる――。

セイリュウはその事実をこともなげに口にする。

しかし俺の背筋には確かに冷たいものが走った。枝――、いや、杖を持つ右手がわずかに震える。


「それにもったいないじゃないか」


「…………も、もったいない? なにが?」


「お披露目はさ、しかるべきタイミングで行うべきだよ。なにせ16年間も待って待って待った舞台だ。中途半端にばれちゃうなんてもったいない。観客を集めて、場を用意しなきゃ」


「舞台? 観客? 何の話だ」





セイリュウが今日一のしたり顔を見せて言った。


「君を出来そこない扱いしている奴らだ。

今まで馬鹿にしていた奴らの、度肝を抜いてやろうぜ」


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