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13.信じられませんわ!!


「それが査定結果の紙ですか? 私も拝見してもよろしいでしょうか」


フィオレットはパテが手に持つ書類に手を伸ばす。しかしパテは過敏に反応して紙を後ろ手に隠した。


「あら」


と、フィオレットが首を傾げる。


「こ、これは……ですね、なんと言いますか、今ちょうどお金のお渡しの、えー、処理をする為にですね」


「ええ、お金は用意していただいて結構ですよ?

ただ査定結果を一目見せていたければ……、はしたないでしょうか?」


「い、いえ……! そのようなことはないのですが、えーと……!」


汗を流して目を泳がせるパテの様子に、俺も首を傾げる。


「フィオレット様、お知り合いなんですか?」


「そうですね。グラスターク家の屋敷にも時折いらっしゃるので。……ですよね?」


「は、はい……、ご贔屓にさせていただいております」


「そうですか。フィオレット様の顔見知りとあれば、なお安心ですね」


俺がそう振り返ると、またしてもパテが居心地の悪そうな笑みを浮かべながら肩を震わせた。フィオレットがそれを見て目を細める。


「そうですわね。だとよいのですけれど……」


そう言いながらフィオレットがパテに歩み寄り、彼の持っている紙をすっと引き抜いた。


「あッ!」


「ロニーお兄様、拝見してもかまいませんよね?」


「俺は構いませんが」


「~~~~~~~~ッ!」


パテが取られた紙を取り返そうと腕を伸ばすが、フィオレットはそれをひらりとかわし、くるくるとスカートを膨らませながら台車の裏に隠れる。

フィオレットは査定内容の書かれたリストに目を通しはじめ、パテは横で青ざめている。


俺はと言えば何事かと眉を顰めるしかなく、カーラなどは買い物をした荷物を抱えて棒立ちをするだけだ。

なので次の瞬間、フィオレットが大声を上げたのには驚いた。


「――――なんですの、これは!!!」


「ひゃわわっ!?」


その場にいる全員がその声に驚いたが、露骨に一番驚いたのはカーラだ。カーラは思わず抱えた買い物袋を取り落としてしまっていた。


「ど、どうしました?」


「どうもこうもありませんわよ、お兄様!! こんなバカげた物は見たことがありません! 一体どうやったらこんな査定表が出来上がりますの?! ちょっとあなた、査定表ではなく評価基準書を持ってきなさい! もう! 信じられませんわ!! プリプリですわたくし!」


頬を紅潮させて体全体で怒りを表現するフィオレットに、俺とカーラはなおさら驚く。どうやら、査定表の内容がお気に召さなかったようだが……。


俺の後ろからパテのか細い声が聞こえた。

その顔色は青を通り越してもはや黒いと呼べるほどに悪い。


「フィ、フィオレット様、これは、違いまして、あのですね――」


「言い訳など不要です! これがどれほどでたらめか、今から詳細に確かめます! その間に逃げたら許しませんよ! ――いえそうね、マルドゥーク!!」


突然、フィオレットが頭上に向けて叫んだ。

それはここに居るはずのない騎士の名前だ。しかし、


「…………お呼びですか、フィオレット様」


一体いつからそこにいたのか、コートに身を包んだ長身の騎士マルドゥークが細路地の奥から姿を現せた。


「この者を逃さないように見張っておきなさい。いいわね」


「かしこまりました。……ですが、お嬢様は昨晩『あなたが事情を話すつもりがないなら、私もあなたと話してあげない』とおっしゃられました。その件はいかがいたしましょう?」


「そんなことは今は些事です! ロニーお兄様が性質の悪い詐欺師に騙されようとしているのですよ?!」


「かしこまりました」


恭しく礼をするマルドゥークはつかつかとこちらへ歩み寄り、パテの真横に立つと剣をスルリと引き抜いた。


「ひっ……!? マルドゥーク殿まで……」


「……おい、あまり騒ぐなよ。こんな所で流血沙汰になってみろ、始末が面倒だ」


マルドゥークは冷ややかな目線を眼下へ向けると、引き抜いた剣を地面へと突き刺す。パテはもう、腰を抜かしてガクガクと震えるしかできないらしかった。


俺はどんどんと大事になっていく事の成り行きについていけず、フィオレットに問う。


「フィオレット様、つまりどういう訳なんです……?」


「ご安心ください、実はわたくしは目利きに多少の自信があるのです。フィオレット・グラスタークの名に懸けて、この者に正当な買取金額を支払わせるとお約束しましょう」


金髪のお人形のような美少女は、そう言ってふふんと鼻を鳴らして見せた。





「ぜ、ぜひとも、今後ともごひいきいただきますよう…………」


背後から蚊の鳴くような声が聞こえるのにも振り返らず、いつの間にか4人となった俺たちは朝市を後にした。


しばらく歩いてから、フィオレットが不服そうに言う。


「本当によろしいのですか? あの者がしたことは立派な犯罪です。ロニーお兄様が望めば、グラスタークに連れ戻して慰謝料なりを払わせることも可能なのに」


「いえいえ、これ以上彼からむしり取ろうとは思いませんよ。フィオレット様のおかげで、予定の数十倍の成果があったのですから」


そう。

結局あの後フィオレットが正確な査定を再算出した結果、パテが最初に提示した査定金額が、10分の一以下に過小申告されたものだと判明したのだ。

ぼるにしてもあまりにひどいが、父ドーソンならいざ知らず、ごく潰しのロニー相手なら騙せると踏んだらしい。


……実際フィオレットがいなければ、その目論見通りになっていた訳だから俺は何も言えない。


俺はパテの小気味いい文句にのせられて、自分が騙されているなどとは微塵も思わなかった。せめて買ったときの金額くらい知っていれば違ったのだろうが、元々誰がどこで買ったかも分からない物なのだし、その辺りの相場に精通もしていないのだからカモられるのも当然だ。俺は自分の不勉強さを恥じた。


フィオレットにどこがどのくらい違っているのかを、事細かに理路整然と看破されたパテは、しまいには涙を流して土下座を始めた。

本来の金額を支払う、今後2度とこんなことはしないと誓うから――、と。

この騒動に、露店の方角にいた人々も何事かと様子を見に来る。彼らにはナラザリオ家のダメ長男がなぜか古美術商を土下座させているように映るだろう。


俺は少し悩んだ結果、正当な金額が支払われるなら許す、これ以上目立つのも嫌なので大事にはしないとしたのだった。


「ロニーお兄様は甘いと、私は思います。

今はああして反省の色を見せても、ああいった輩はまた別の場所で同じことをするに決まっているのです」


「信用商売ですからさすがにしばらくは大人しくしているでしょう。それに、俺はこうして彼の名刺をもらっていますし」


「…………名刺? そんなものは捨ててしまってよろしいでしょう」


「いえ、俺は今度必要な機会があれば、グラスタークから彼を呼び寄せますよ。俺はいま彼の弱みを握って、どうするかは俺の選択次第だ。捕まりはせずともこの事が触れ回られるだけで彼は終わりです。

故に、彼は二度と俺をだまそうとは思わないはず。彼を牢獄にぶち込むよりも、俺にとっては生産的だ」


「まあ」


フィオレットは目を丸くした。


「…………ロニーお兄様は、前からそんな悪いお人だったでしょうか」


「はは、悪い人は俺の方ですか?」


「あ、いえ、今のは言葉の綾ですが……。

しかしやはり以前お見掛けした時の印象とは違うような……気がするのです」


「……元々こんなものですよ。以前は、あまりお話する機会もなかったですから」


「それは機会がなかったのではありませんよ。前にお話した時は、こうも気さくに接していただけなかったからです。……実は寂しく思っていたんですよ」


「そう……でしたか? そんなつもりはなかったんですが」


「そうです。絶対にそうです」


「それは申し訳ありませんでした」


俺が苦笑をすると、フィオレットもふふふと笑った。


自覚はなかったが、フィオレットの事を今までどこか自分とは関わりのない存在だと捉えていたのは確かだ。

どころか自分とあまり関わっては、フィオレットが可哀想だとさえ思っていたかもしれない。それは確かに彼女から見れば避けているようにも見えただろう。今思えば随分と卑屈を拗らせていたものだ。


反対に、俺の中での彼女の印象も随分と変わったように思う。

礼儀正しく清楚で、いかにもお嬢様然としたお人形のような女の子だと思っていたのだが、彼女の中には血が通っていて感情もあった。いたずらな冗談も言うし、些細な事で笑いもする。かつて科学者の頃は朴念仁と呼ばれ続けた俺にも、彼女が魅力的だという事は分かる。


ヨハンの結婚相手がこの子でよかったと、改めて思った。


「さて、ではそろそろお屋敷に戻りましょうか。ヨハン様の様子も気になりますので」


フィオレットがそう言う。

そう言えばいつの間にかマルドゥークが台車を引くのを交代してくれていた。フィオレットとカーラが買ってきた荷物は台車に載せてある。ちなみに覗いたわけではないが、買ったのは替えの服だそうだ。


彼女が俺に同行したいと言ったのは、予期せぬ滞在分の着替えを用意したかったからという面もあったようである。

マルドゥークと喧嘩していたから買い物も頼めなかったらしい。まあ結局こうしてついてきていたわけだが。


ともあれ、俺たちはにぎわい始めた朝市をかき分けて、屋敷への帰り道を眼前に見ていた。

しかし俺は、フィオレットに申し訳ない風に言う。


「……ああ、すみませんがまだ少し用事があるんです。申し訳ありませんが先に帰っていただいて結構ですよ」


「あら、そうなのですか?」


「えっ、そうなのです!?」


フィオレットとカーラが同時に意外そうな顔をする。

そう言えば面倒なのでカーラにも言っていなかったか。


「ここまで来たのです。少しくらいならご一緒しますけれど」


「いや、個人的な用事ですし、また時間がかかると思いますので。……ええっと、帰りはマルドゥークさんがいるので大丈夫ですよね?」


「かしこまりました、ではお邪魔は致しませんわ。まあ、帰りがマルドゥークと二人と言うのは辛気臭くてあまりよろしくありませんが……、こら、何とか言ったらどうなのかしら」


そう言ってフィオレットはじとりとマルドゥークを見る。

マルドゥークはぶぜんとした表情で無言を貫いていた。


ヨハンとの一件をマルドゥークはドーソンにもフィオレットにも打ち明けていないらしい。夜中に秘密で手合わせを行ったことに加えて、事の発端がヨハンの我儘なのだから彼から言い出しづらいのは分かる。

しかし、ヨハンがここまで目を覚まさないのに、彼がいまだ口を噤んだままな事に違和感があるのも確かだ。


違和感。

俺が見逃してしまった、決闘の決着の部分。どさりと倒れたヨハンに手を伸ばしていたように見えたマルドゥークは、何をしたのか――。

まあ、ヨハンが起きてすべてを話してくれるのが一番穏便に収まるのだろうが。


「ロニー様」


ふと、マルドゥークが俺の名前を呼んだことに驚く。


「えっ」


「ロニー様も、お帰りの際にはお気を付けください」


マルドゥークは高い身長から俺をじっと見降ろしてそう言った。俺がそれに「え、ええ」と頷くと彼は頷いて屋敷の方へ歩き始める。


「あっ、こら、勝手に。ではロニーお兄様もあまり遅くなられませぬよう。またあとで。お買い物楽しゅうございましたわ」


「――ええ、俺もです」



俺は二人の背中を見送ると、朝市が開催されている場所とは別の、とある店を目指し始めた。

骨董品を売ったのは、実はこのための資金調達が目的でもあった。


「あ、あ、あの、ロニー様、ご用事とは何なのです? カーラはてっきり朝市にご用事があるだけかと」


「――ああ、実はこれからが本題なんだ。それとも屋敷で仕事があるなら、二人と一緒に帰っても構わないが」


「いえいえ、お伴はさせていただきます。させていただきたいのですが、しかし、あの、これは非常に言い出しづらく恐縮なのですけれども……」


「ん?」


カーラがどうも歯切れの悪い調子でもごもごと言うので俺は首を傾げた。


「カーラ、今朝は早起きをしたので朝ごはんも何も頂いておらず、実はかなりぺこぺこでございましてその」


「ああ、そういうことか」


俺はお腹を押さえてもじもじと左右に揺れるカーラを見て苦笑した。

かくいう俺も、胃が動き出しているのを感じる。


「では先に適当な朝食を探しに行こう。こんなに成果があったんだ、ステーキ何百枚食べても痛くもかゆくもないぞ」


「そ、そそそ、そんなには、いくらカーラでも食べ…………………………られませんよ!」


「すごい間があったな今」


『ぐうう』


言葉の代わりにお腹の音で返事をするカーラを連れて、俺はまたしても方向転換。軽く朝食を食べられる店を探し始めたのだった。



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