11.元倉庫、現俺の部屋
主人公覚醒まで、あと8話ほどかかります……! 遠い!
ガチャ
「――げほ、ごっほ……! っくしょん!」
扉を開いた瞬間、濃い埃が俺の鼻を突いた。
思わず顔を背け、くしゃみをする。
「ロニー様! だ、大丈夫です?」
俺の後ろに控えていたカーラがくしゃみの止まらない俺の背中を心配そうに撫でている。
「えっほ……、想像以上に酷い有様だな……」
「や、やっぱり何かの間違いなのでは……。これではカーラの部屋の方がまだマシです」
「間違いも何も、お父様にとっては俺がどこで寝るかなんてどうでもいいんだろ」
「そ、そんな……。
でででではせめて、他にもっといい部屋を探す許可をいただくというのは」
「まぁ、確かに探せばマシな部屋はあるかもしれないが……」
俺はカーラが心配げに見上げるのを横目に、部屋に足を踏み入れる。
床には重厚な埃が敷き詰められ、歩くだけで煙が巻き上がる。しかも正体の分からない壺や家具などが乱雑に積み上げられていた。
「趣味の悪い陶芸品だな……、この置き物は……蛙か何か……いや、猫かこれ。
――カーラ、とりあえず箒と雑巾が欲しい。バケツもいるな。……ん、なんだこれ、窓も錆びついてるじゃないか……ぐぐ」
「はい、只今持ってきま――じゃなくて、ロニー様! ですから、わざわざ掃除などしなくても綺麗な部屋はきっとありますって!」
「いいや、俺はこの部屋にする」
「どぇえ、な、何故です……?!」
カーラが既に部屋の中のものを漁り始めている俺にやめるよう訴える。
だが、俺は部屋を変えるつもりなど端からなかった。
「聞いてなかったのか? お父様は部屋の物は好きにしろと言ったんだ。
ならばお言葉に甘えて、この埃だらけの骨董品を、俺が有効利用してやろうじゃないか」
「はぁ…………??」
○
この屋敷は貴族というだけあってそれなりに広い。
ヨーロッパ風の建築様式は写真集にでも載っていそうな出立で、前門から玄関までには噴水を囲むように広い庭園、コの字型になった4階建ての屋敷の内側には、ヨハンが演習を行う中庭、左右の棟の裏に裏庭がある。
こんなに庭が広くても庭師が大変なだけだと思うが、伯爵家の格を見せつけるためにはなにかと必要なのらしい。
――くだらない、貯金残高でも見せ合っていれば楽だろうに。
さておき、父ドーソン、母エリア、ヨハンの部屋が正面の棟4階にある。
廊下に出れば庭園、部屋からは中庭が見えるようになっている。
そして今、俺とカーラがいる元倉庫現俺の部屋が西棟3階の一番隅だ。
重要人物のいる部屋は真ん中一番上、どうでもいいやつは屋敷の隅。実にわかりやすい。食堂が一人だけ遠いのは困り物だが。
さて長くなったが、俺は別に自分の処遇の悪さに異議を申し立てたいのではない。
この家は金持ちだと言いたいのだ。
つまり、こんな風に倉庫に埃をかぶって眠る骨董品も百円や千円で買った代物ではない。父か、もしくはもっと祖先が大枚叩いて買い集めたもののはずなのだ。
「こんな気色悪い陶器でも、持っていくところに持っていけばそれなりに売れるはずというわけだ」
俺はそう言ってカーラに用途不明の猫の妖怪を模したと思われる陶器を持ち上げて見せた。
この部屋の存在は子供のころから知っていた。
遊びにも手を抜かないヨハンが、かくれんぼの時に身の隠し場所によく選んでいたからだ。これらを金に換えようという発想が出てきたのは、前世の記憶がよみがえったゆえの事である。ロニーの発想では、そんな選択肢は浮かんでいなかっただろう。
「う、売るのですか? しかし、でも、それは、だ、大丈夫なのでしょうか? 怒られませんか……?」
「問題ない。それに俺が物心ついたころからこの倉庫の品ぞろえは変わってないんだ。いまさら無くなったからと言って不都合があるはずもないだろう」
「は、はあ……」
「それにお父様の言質は取ってる。この部屋の物は俺のものだ。もし何か言われたら、カーラも証人になってくれよ?」
「い、嫌ですよ、そんな責任を負うのは……。
とりあえず掃除道具持ってきますね」
「ああ」
そんなこんなで、俺はカーラに協力を仰いで部屋の掃除、そして物品の品定めを始めた。
掃いても掃いてもとめどなく出てくる埃、拭いても拭いても一向に綺麗にならない汚れ。そして乱雑に置かれた骨董品の山から出てくる、壺、甕、鉄器、衣服、武器、本、家具、置物、小物、その他いろいろ……。
明らかに不要なものはこの際処分し、かつ売れる物と売れない物に仕分けるという作業、加えて俺が暮らすための机やベッドの用意は、まさに一日がかりの作業となった。
俺が暇だったからいいものの、ヨハンだったら勉強や稽古に差し支えて大変なところである。
結局ようやっと日が落ちてから、これで一応今晩は寝れるだろうという結論を下し、作業終了としたのだった。
その頃にはドブに落ちたのかと思うほどに俺の体は真っ黒に煤汚れ、60年歳を取ったのかと思うほどカーラの髪はクモの巣まみれになっていた。
あまりにもひどいので、自発的に夕食の席に加わることを辞退したほどである。
風呂に入り汚れをすべて流し終えた後、俺はこれから自室となる部屋のベッドにダイブした。
そう言えば、ヨハンはまだ目を覚まさないらしい。
父母や、留まっているフィオレット嬢や、マルドゥークらはさぞ気を揉んでいるだろう。しかしやはり、単なる魔力切れにしては長すぎる。あの時、最後俺が目をそらした瞬間に、やはり何かがあったのではないか……。
そんなことを考えながら、俺はやがて夢も見ないほど深く眠った。
〇
「ロニー様」
「――――――」
「ロニー様、ロニー様」
「――――――ん」
体が揺り起こされて唐突に目が覚める。
薄く瞼を開ければ見慣れない部屋の天井、そして肩をゆするカーラの姿があった。
「起きてください、ロニー様。もう朝ですよ」
「………………んああ、朝…………?」
「もう6時ですよ」
俺は顔を顰めながら窓の外に目をやった。
まだ明けきらぬ淡い青空が山の上に見えている。小鳥の群れがそれを横切っていった。
「おいい、まだ早朝も早朝じゃないか。昨日あれだけ働いたんだ、惰眠をむさぼるぐらいの権利はあるはずだろ……」
俺がそう言って布団の中へもぐりこもうとすると、カーラがあきれた様子で言った。
「な、なに言ってるんです……。朝市に行くから起こしてくれと言ったのはロニー様じゃありませんか……」
「…………………………………………おお!」
俺はそう言われて布団から跳ね起きる。
よく見ればカーラは既に外行きの服に着替えていた。
「忘れてた……、助かったよカーラ。しかしカーラも疲れてたはずなのによく起きれたな」
「カーラは8時間で自動的に目が覚めるのです。逆に8時間経たないと地震があっても起きません。ちなみに昨日の夜中の騒ぎで起きなかったのは、お屋敷でカーラだけだそうです」
「そのビックリ特性初めて聞いたぞ……」
俺は感心していいのやら呆れていいのやら分からないカーラの新情報に首をかしげながら、適当な上着を羽織った。
「よし行こう。めぼしいものは昨日のうちに台車に乗せておいたはずだな?」
「は、はい。裏口に用意してあります」
「そうか。じゃあ変に目立たないうちにさっさと行こう」
「や、やっぱり少し後ろめたいんです……?」
俺とカーラはそんな事を話しながら、いつもより降りる階段が一つ多いことに驚きつつ裏口へ向かった。
さすがに朝が早い使用人たちと数人すれ違うが、みな横目でこちらを見るだけでそれ以上はない。そんな無関心さが、正直今はありがたかった。
――と、そう思いながら裏庭に出た所で、
「ロニーお兄様?」
と聞きなれない声が俺を呼ぶ。
「ん?」
振り返るとそこには誰あろう、フィオレット嬢が立っていた。
後ろのカーラが驚いて、俺を壁にして覗くようにフィオレットにぎこちない礼をしている。
「どうされたのですか? こんな早朝に」
「……それはこちらの台詞でしょう、フィオレット様。なぜこんな時間にこんな所へ、しかもお付きも無しに」
俺はそう言って裏庭を見渡した。
中庭や正面の庭園と比べるとここはそこまで手入れが行き届いている風ではなく、ちょっとした林のようになっていると言った方が印象に沿う。
庭師なども手入れは熱心にはしていないので、今裏庭にいるのはフィオレット嬢と俺たちだけだった。
「……昨晩は余り寝付けませんでしたので、少し朝の散歩にと思いまして」
そう言うフィオレットの口ぶりは暗い。顔色もよくないようだった。
当然それは、ヨハンの件が原因だろう。
「ご心配はごもっともですが、フィオレット様がそう気に病むことはないと思いますよ。父も言っていたでしょう、大事にするつもりはないと…………」
そう言いながら俺が目線を何となく走らせた先には、元俺の部屋――、大穴が開いた生々しい傷跡があった。
その俺の目線に、当然フィオレットも気付く。彼女はすぐさま頭を深々と下げた。
「いえ、この度は当家の者が取り返しのつかない事をいたしました……。詳しく聞いても、深くは答えようとはしませんので、マルドゥークとヨハン様の間にどのようなやり取りがったのかは存じ上げませんが……」
「いえいえいえ、本当に気にしてませんよ俺は」
「お部屋の壁に穴が開いて気にされない方などいらっしゃるものですか」
「……そ、そうですね、気にしてないというのはちょっと言い過ぎかもしれませんが、別にフィオレット様やマルドゥークさんのせいとは思いません。どうせヨハンがいつものように無茶を言ったのでしょう」
どうせと言うか、実際そうだし。
「しかし、本や家具が下敷きになったとも聞きました。替えが利かないものもあったのでは?」
「大したものなんてありませんよ。これが父の部屋だとしたら、事態はもっと深刻だったかもしれませんが、なにせ俺の部屋ですから」
「そんな、ロニーお兄様……」
フィオレットはのんきそうに誤魔化して笑う俺を見ても、終始申し訳なさそうな態度を崩さない。
ちなみに貴族で使用人の不始末にここまで責任を持てる主人と言うのは案外珍しい。使用人の不始末は使用人の不始末と、厳しく断罪する場合の方が多い。
その点フィオレットは優秀な主の素質を備えていると言えるだろう。
そこで、後ろのカーラが俺の裾を小さく引いた。
「ロニー様、お時間……」
「――ああ、そうだった! すみません、フィオレット様、ちょっと用事があるので失礼いたします」
俺はカーラに言われて、自分が急いでいたことを思い出す。
カーラが指さした方向には、昨日選別しておいた骨董品たちが大きな台車に載せられ布をかぶせられていた。
町までもそこそこの距離があるし、そこまで台車を引いていくのも大変だ。だからカーラに早起きしてもらったのである。
そんな慌てる俺の背中に、フィオレットが不思議そうに問いかける。
「……用事?」
「ええ、あの、ちょっと町の方まで行く必要がありまして、実は急ぎますので、すみませんが」
俺はそう言いながら台車に手をかけた。
町に辿り着かないといけないのは7時。普通に歩けばここから町まで道を下って30分かかる。台車の事を考慮すると案外余裕はないのだ。
「あ、あの」
俺が台車を引き、カーラが押す体勢になっている所へ、フィオレット嬢が駆け寄ってきた。
「不躾ですが、私も一緒に行ってはいけませんか?」
「…………ええ??」