スマホは異世界では使えない。(確信)
路地裏で嘆いていた僕だったが、このままじゃ駄目だということは思い至る。
「……とりあえず荷物を確認しよう」
来ていた服はよれよれのワイシャツに皺のついたスーツパンツにベルト
ポケットには小銭とボールペンに腕時計と……スマホ
異世界で使えそうなものがまるでない。
普通にスマホはここじゃ電波立たないし、というかもう電池が残りわずかだ
幸い、この路地裏から見える文字は読めるし、貨幣価値はゲームの事前知識でわかる。
となるとまずは……
「……仕方ない、か。
どうせ持ってても意味が無いし」
まずは金策
何事にも先立つものがなければ話にならないというわけで……結論から言おう。
スマホ、売った。
で、がっぽり銭get!
「この辺りもゲームのイベントと同じか……」
実は、僕がやっていたあのゲームでは、日本の近代文明で使われるようなものが“超古代文明の異物”という扱いで高額で取引されるイベントが発生したのだ。
その時、スマホは超高額換金アイテムとして売ることができて、当時育成のためゲーム内通過を消費しまくっていたから助かったものだ。
とにかく、これでざっと50万セルス、日本円だとそのまま50万円を手に入れたわけだ。
ついでに着ていた服はサイズが合ってなかったので一緒に売ってこの辺りでも目立たない服に着替えた。
ちょっとチクチクするが、そのうち慣れるだろう。
「さて、まずは生活拠点を手に入れなければ」
まずはギルドに登録して身分証を確保し、この金で宿舎に泊まれるようにしなくては。
ゲームでは妙に説明セリフが多かったけど、この世界での生活の仕方を僕にレクチャーしていたんだろうなと今ならわかる。
街の全体マップでおおよその位置は把握しており、背景でしか見たことが無いギルドの建物に到着。
中は落ち着いた雰囲気というか、役所って感じでゲームみたいな荒くれ者は見当たらない。
実はそう言った傭兵とか冒険者みたいな戦うことを生業とする連中は別の入り口から入れるこのギルド直営の酒場兼受付に向かうらしい。
こっちのお堅い雰囲気の窓口を使うのは、ギルドに登録してるだけでゴミ掃除とか配達とかの簡単をやる一般人向けだ。
先ほどであったアリッサも、おそらくはそっちに向かったのでこっちで出会うとは思えない。
お気に入りのゲームキャラではあったが、先ほど実際に会ってみて人間なのだなと実感すると、コミュニケーションが苦手な僕としては、あんな別れ方をしてすぐ再会とか気まずい雰囲気は避けたいのである。
「あの、すいませんギルドへの登録をしたいんですけど」
「あー、はいはい、登録ね。じゃあこっち枠の中書いてね。
文字は書ける?」
「えっと……大丈夫みたいです」
言語補正は喋るだけじゃなく読み書きも対象で助かった。
基本的にこの世界では出生届とかはなく、ギルドに登録して初めて国民の一人として登録される。
そもそもゲーム開始前からこの世界は魔族と人類で争っていて遠方の村の人口把握とかいちいちやってらんないだろうしね。
「書き終わりました」
「はいはい……うん、問題無しだね」
受付のやる気の無さそうな男性は説明を開始する。
普通こういう受付って女性がやるものだという印象があるけど、そう言うのは酒場の方で対応しているらしい。
「とりあえず登録してから10日以内に5件以上の依頼を受けてもらうことになる。
街の中だけで済む以来に関してはあそこの掲示板に書かれているから、受ける場合はその依頼内容と同じ番号の木札を受付に持ってきてくれ。
荒事に関する依頼を受ける場合は別の受付に行ってくれ」
「ギルドランクってこっちの依頼でも上がるんですか?」
「ギルドランクは荒事とかの戦闘技能に関する“冒険者ギルドランク”だ。
こっちの依頼ではそっちのギルドランクは上がらないぞ。
ただ、代わりにこっちで依頼の達成率などの情報をまとめて“ギルド有能認定書”ってのを発行してる。
その認定書が発行されれば、ギルドを通じて専門職の修業場所を斡旋して専門職に就くこともできるぞ」
それはゲームだと説明してない情報だな。
つまり職業訓練所も兼ねてるんだねギルドって。
「あと、こっちの依頼は基本的に時間が決められているから、事前に仕事を受けられる時間を申告してもらう必要がある。
その辺りも登録しておくか?」
「……ひとまず保留で……近くに長期で泊まれる場所ってありませんかね?」
「一応ギルド運営の宿屋があるが……そこでいいか?」
「それでお願いします。
あと、銀行でお金預けたいんですけど」
「ああ、そっちの書類も持ってくるからちょっと待っててな」
なんかやる気なさそうで不安だったけど仕事は真面目に対応してくれるいいおじさんだった。
ひとまず僕はその日は宿屋に到着。
個室のベッドにて、僕は腰かけながら今後のことを改めて考える。
「あの邪神……一体僕に何をさせたいんだ?」
奴の口ぶりだと、僕は基本的に人類側の戦力増強要員という体裁なのだろう。実際は数合わせだろうけどさ。
となると、奴には他に僕と同じ転生者をこの世界に送りこんでいて、人類側を救うための本命がそっちなのか?
いや、だったらなんで僕の容姿が男主人公になっている?
うーん……考えてもやっぱり答えが出ない。
「……とりあえずご飯食べよう」
宿屋を確保したらひとまず街の中を探索してみる。
全体マップでどこに何があるのかは知っていたが、実際に歩いてみないとわからないことがたくさんある。
「串焼きか……美味そうだな。
一本下さい」
「あいよ、50セルスだよ」
思ったより安いな。日本円で50円か。
そう思いながら食べてみた。
見た目は鶏肉かと思ったが……なんだろう、ちょっと違うな、これは。
「……あの、これって何の肉ですか?」
「なんだい兄ちゃん、カエル食ったことねぇのかい?」
なるほど、通りで……鶏肉にしては安いと思ったらそう言うことだったのか。
「もう二本下さい」
「あいよ」
美味かったのでこれはこれで良し。
そして二本目の串焼き片手に噴水のある広場に腰かけて今後の方針を改めて考えることにした。
まず、絶望的なのは僕のステータスだ。
【ワルトン】
性別:男
種族:人間
年齢:14歳
職業:なし(ギルド登録済)
HP :100
MP :0
ATK:20
VIT :20
INT :120
DEX:60
AGI :40
【固有スキル】
・審理の瞳
この能力値、鍛えても前線で戦えるのかが不安が残る。
まぁ、初期値が低いだけで鍛えれば伸びる可能性はゼロじゃない。
「あと……折角楽しんでいたゲームの世界に来たのに今までと同じ生活を目指すってのは味気ないよね」
平穏に暮らすなら、街の中の依頼を受けていずれ専門職に就くのが無難だろう。
でも、日本ですでに同じようなことをしていたのに、ここでそれを繰り返す必要があるのか?
それはない。
既に一度過労死した身としては、正直もう、誰かの下で働くというのは避けたい。
「……よし、明日、町の外に行くクエストを受けるか」
少しだけ腹が満たされて落ち着いた。
当面の目標はわからないままだが……折角ゲームの世界に来たんだ。楽しもうじゃないか。
そう思いながら三本目の串焼きを食べようとした時、何やら視線を感じた。
「…………じー」
というか口で言っていた。
視線だけそちに向けると、フードを深く被った子供が僕を見ていた。
「…………あの、何か用?」
「…………じー」
――ぐぎゅるるるるるるるっ
なるほど、腹が減っているのか。
そして見た感じぼろい服装だし、金がないのだろうな。
まだ懐に余裕があるし、別にいいかなと僕は軽い気持ちで串焼を子どもに渡す。
「どうぞ」
「っ……」
「食べたいんでしょ、あげるよ」
「……い、いの?」
「いいよ。勢いで買っちゃったけど、実はお腹いっぱいだったし」
「あり、が……とう」
「どうしたしまして」
僕が串焼きをあげると、子どもは勢いよく肉をかじりだす。
よほどお腹が空いていたのか、ものの十数秒で全部食べてしまった。
……こんな小さい子供がこれだけ腹を空かせているってどういうことだ?
ギルド登録自体は子供でもできるはずなのに……
「……ぁ、の」
「ん? あ、悪いけどもう無いよ」
「ち、ちが……言葉、わか……るの?」
「え……?」
「だって……にほん、ご」
「……………………は!?」
少女の言葉に、僕は驚く。
先ほど落ち着いたはずの頭がさらに混乱してしまう。
だが、まさかと思って僕は子供の肩に手をかけた。
「君、まさか、転生者?
日本生まれの?」
「は、はい……」
「いつからこっちに?」
「お、ととい……でも……ことば、つうじなくて」
ってことは、言語補正を貰ってない転生者なのか?
申し訳ないと思ったが、ひとまずこの子のステータスを見ることにした。
【エミリン】
性別:女
種族:半精霊
年齢:11歳
職業:なし
状態:空腹
HP :42/3500(衰弱)
MP :9999(常時高速回復発動)
ATK:80
VIT :150
INT :200
DEX:50
AGI :100
【固有スキル】
・四大の加護
地水火風の魔法を自在に操ることが出来る。
あらゆる元素に込められた魔力を吸収できる。
能力値高い。
僕よりずっと小さいのにステータスが僕よりずっと高い。
やっぱり転生特典を貰ったのだろう。
一昨日こちらに来たばかりのこの子にどうして言語補正を説明しなかったんだあの邪神?
「小声で話そう。
ここだと日本語で話をするのはあまり良くないから」
「……うん、いし、なげられる」
ああ、すでに体験済みだったのか。だからやけに小声で喋っていたわけだ。
「えっと……僕はワルトンっていうんだ。
君の名前は?」
ステータスを見たので知っているが、一応確認してみる。
「……今は……エミリン」
「じゃあエミリン……とりあえずお互いに情報を確認したいんだけど……君、この世界に来る前に神様を名乗る男か女かよくわからない奴とあったりした?」
「あった」
「それで、なんて言われた?」
「トクテンを? 選べって言われて……それで……」
「何を選んだの?」
「さいきょう……なんとかセット?」
やはり特典を選んだのか。
でも……なんか言動の端々がどことなく幼い気がする。
「………君、今、何歳?」
「11、です」
ステータス通りの年齢であるが、僕が聞きたいのはもう一つの年齢だ。
「……日本での年齢は?」
「11さい」
僕は彼女が頷いたのを確認して頭を抱えた。
僕は若返っているから、今の彼女の見た目とは違うと思ったが、まさか見た目通りの年齢でそのままこっちにきたとは……
あの邪神、子どもまで異世界に転生させたのかよ! っていうかそんな小さい子が死んで異世界に来たとか何があったんだよ……
おそらく状況もわからずに精霊セットを選んで言葉が通じなくてはらを空かせていたに違いない。
「うーん……とりあえず、ね、僕は君の能力がわかるんだ。
だから多分君が選んだのは“最強精霊セット”って奴だと思うんだけど」
「あ……はい、それだとおもいます」
精霊は強力な存在だ。
ステータスを見ればわかるが、さらにその上で精霊は契約者となる存在にその能力をそのまま上乗せできるのだ。
つまり、精霊と契約者、どちらかがステータスが上がればもう一方主上がり、倍々で強くなれるのだ。
……もしかして、あの邪神の本命ってこの子?
そして時期的にこの子に僕を会わせるのが目的で初めから言語補正を与えた?
ってことは、もしかして僕は彼女のサポートするのが目的で転生させられた?
……駄目だな、推測の域を出ない。
「……とりあえず、まずは身だしなみをなんとかしよう」
「え……?」
「泥で汚れてるし、その服……というか、本来は服じゃないよね、それ」
「あ……はい。
もともとの、ふく……よごれて、つかえなくて……おちてたのひろって」
見た感じだと、屋台とかの屋根に使われているようなごわごわした日除け用の天幕の一部だろう。
マントの様に身にまとっているようだ。
「…………ちょい待ち、君、元の服はどうしたの?」
「くさくて、すてちゃった」
「おぉう……」
ってことはこの子、今このマントモドキの下は裸ってことか?
幼女の裸マントって業が深すぎるでしょ。
「……ひとまず、君の服を買おう。
流石にそのままの格好だと色々と大変だろうし」
「え……でも、おかね、ない」
「それくらいは出すよ。
それに僕も裸マントの幼女と一緒にいたら世間体がまずいからね」
多少強引であるが、幼女の手を引いてその場から移動することにした。
――その時だ。
「――何してんのよこの、変態がぁああああああああああああああああああああ!!」
「え」
いきなり叫び声が聞こえてそちらに顔を向ける。
そこで僕が見たのは、アリッサが拳を振りかぶっている姿であり、その直後に僕は青空を仰ぎ見ることとなったのであった。




