言語補正は基本設定ではありません。
僕は今、白い霧で周囲が覆われた場所で、性別はわからないが、美しい顔立ちの子どもと向き合っていた。
そんな子どもは無邪気な表情で僕に告げる。
『君の転生特典はこの中から一つだけ選ばせてあげよう』
説明しよう。
この状況、僕はとあるブラック企業で働いていた社畜で、つい先ほど過労死した。
そして今、目の前で神を名乗る人物から生前好きだったゲームの世界に転生させてもらえるということになった。
理由は、日本での生活の設定において、僕に幸運のステータス割り振りを間違えたかららしい。
道理で僕だけ毎日必ず交通事故に遭いそうになるし、鳥の糞が毎日落ちてきそうになるし、毎日僕の時だけトイレットペーパーが切れたりしていたわけだ。
そんな不幸も死んでから挽回されるものだとは……
『最強騎獣セット』
『最強精霊セット』
『最強召喚獣セット』
「ちょっと待って、なんか特典の内容が偏り過ぎてませんか?」
人間という選択肢がないってどういうことだよ。
『君が向こうの世界で十分な活躍を保証できるのはこれくらいしかなくて』
「いや、これって全部人間の補助的なポジションというか人間じゃないし。
もっとこう、人類側のカッコいい騎士とか魔法使いとかが良いんですけど……」
『あるにはあるけど……それは無理だと思うよ』
「なんでですか?」
『だって君、向こうの言葉わからないでしょ』
「……え?」
『いや、え、じゃなくて……向こうの言葉がわからないんだから、向こうの世界言っても人間の社会に溶け込めないよ?
向こうの人類は全世界統一言語だから、他の言語を使っていたら一発で魔族っていうか敵側認定されて最悪そのまま処刑されちゃうし。
それなら言語が喋れないこの設定の方が安心でしょ』
「ま、待ってください……あの……言語って、そういうのって転生したときの基本設定とかじゃないんですか?」
『一瞬で言語を覚えるのが基本なわけないでしょ。
一瞬で強い力を与える特典と同じ扱いだよ。力か知識かの違いだし』
いや、確かにそうだけどさ……こういう時って普通は言語設定は普通は基本でついてくるものでしょ。オプションじゃなくてベーシックでしょ。
『ちなみに魔族側は君みたいな転生者を祖先に持っていて日本語バリバリ通じるよ』
「ちょっとそれ、その人たちに言語のこと教えずに転生させたでしょ!」
『よくわかったね。でもわざとじゃないよ。向こうが聞いてこなかったから』
あのゲーム、人と魔族のハーフがたまに出てきて味方になったり敵になったり複雑だった理由はそれか。
『こっちはそのままでよかったんだけど、上がもっと分かりやすくしろって怒ってきてさぁ~
だから今後はそう言う勘違いが起きないようちゃんと説明して、かつ必要最低限の世界の知識を知ってもらおうと思ってゲームを作ったんだ』
「え……ゲームを、作った?」
『そう。君みたいに転生に興味のある人間だけが見つけて遊べるゲーム。
それが君の熱中していたあのゲームなのさ』
神クリエイターたちが作ったゲームだなと思ったらガチの神がクリエイターしていた件について。
「あ、だったら魔族側で特典もって転生とかってできませんか?
そっちで言葉が通じるなら色々楽だし」
日本語が通じるってことは日本の考え方も魔族側では適用されている可能性も高い。
言葉も通じない完全な異世界にいくよりそっちの方がずっと楽なはず……
『それは無理だよ。
だって今、魔族側の戦力比偏り過ぎちゃったし』
「……は?」
『いやだから、言葉を教えてなかった転生者がね、逆ギレして僕を恨んで、僕を崇める宗教団体を積極的に襲ってたんだよ。
まぁ、魔族はもともと迫害対象とする教義だったっぽいからね、日本語を話す人たちも酷い目に遭わされたっぽくてねぇ~
もともと対立関係だったのにそれが発端で戦線拡大。
特典を与えていた転生者がみーんな魔族側についちゃってさ、その子孫も中々に強いから、戦争起きた当初は五分五分だったパワーバランスも変わってねぇ、ほら、君がやってたゲームだと最初は人類かなり追い込まれてるじゃん。
今まさにそんな状況なんだよ。
いやぁ、困った困った』
困ったじゃねぇよ。
――この神、どっちかというと邪神じゃね?
『否定はしない』
「え……」
もしかして考えていたことが口に出ていたのかと思ったが、どうやらそうじゃないかった。
『神だもん、君の考えくらい読めるよ』
「それじゃあ、あんたは他の転生者が言葉が通じないってこと勘違いしてるの完全に理解した上で送りこんだんだな。悪趣味だ」
『だって聞かれなかったし~。
まぁそんなことより、君は転生させるなら絶対に人類側の場所。
魔族の領域に行きたければ自分で行くことだね。
もっとも、日本語が通じる魔族の領地はかなり遠いからそこにたどり着くまで生きていられるかはわからないけどね』
こ、この野郎……!
相手は神と名乗るから丁寧に接しようと思ったが、もうそんな気も完全に失せた。
一発ぶん殴ってやろうか?
『君の主観はどうでもいいよ。
ただ大事なのは、君が異世界に行くのは決定していてもうすぐ時間がなくなるってこと。
でもその様子だともう言語設定でいいよな。バイバイ』
「え」
足場が急に消えて、自分が落下するのが分かった。
『――もし僕を殴りたいならまたここに自力で来なよ、それを楽しみに待ってるよ』
落下の際に聞こえたその声を最後に一時的にすべての感覚が眠りに落ちたかのようにシャットアウトされた。
「――っ……う」
土の臭い、木のざわめきを感じてゆっくりと瞼を広こうとしたが、眩しい光で目がくらんでしまった。
それもしばらくすれば慣れて、視界がようやくクリアになる。
「……ここは…………ゲームで最初に訪れる街か?」
死ぬ直前までプレイしていたゲームだ。
その内容は覚えている。
そしてこの世界を元にあの自称神はゲームを作ったと言っていたが……いったいどこまでがゲームと同じなのか。
「ステータスとか見れたら楽なんだ――おぉ」
ステータスといったら急に視界にパソコンのウィンドウみたいのが表示された。
顔を動かしても表示されっぱなしで半透明だけど……もしかして僕にしか見えない感じか。
「触れはしないのかな?」
そう思って実在があるかを確認しようと手を伸ばした……
「え、何よ?」
「あ」
たまたま偶然、目の前を通ろうとした人の肩に触れてしまった。
「あ、すすすいません!!」
咄嗟のことで僕は慌てて謝罪すると、ウィンドウが消えた。
実際に触れなかった感じだと僕の目にしか見えないものだったようだ。
「――って、ええぇ!?」
「何よ急に大声出して?」
僕は目の前にいた少女の姿を見て驚愕する。
だって仕方がないだろう。
「――アリッサ……!?」
僕がやっていたゲーム“幻想戦記アルビオン”
その初期から実装されていた二番目のレアリティであるSRのキャラ
長い亜麻色の髪をポニーテールにしていて、瞳は今の空と同じような青色に整った顔立ちの美少女。
へそ出しな軽装で胸当てなど要所に皮のプロテクター、腰にはナイフ、背中には矢筒や弓を背負っている。
遠距離攻撃の基本である“アーチャー”であり、強化していけば射程と連射速度が両方倍になる初期から今日まで僕の一軍として活躍してくれたキャラだ。
ちなみに見た目は完全に人間であるが、人類と協力関係にあるエルフの血も流れているらしい。
それが今、僕の目の前にいたのだ。
「え、なんで私の名前知ってんのよ?
知り合い……なわけがないわよね。私この街に来たばっかりだし」
「え……来たばっかりって……じゃあギルドランクはAになってない?」
「何言ってんのよあんた、Aランク何てそんな簡単になれるはずが無いでしょ。
あたしは今日来たばっかりなのよ」
おかしいな……僕の知ってるアリッサは最年少でギルドランクAになった設定だった。
しかし、ゲームの印象よりちょっと幼い気がする。エルフの血を引いている設定だし、普通の人間より加齢が遅くても不思議は無いけど……
ちなみに、ゲームの設定だと人類側は農家とかちゃんとした職業についていない者はギルドという斡旋所的な存在に登録して一定期間に一定数の依頼をこなすことが義務付けられている。
って、今はそれはいいか。
「あの……今って…………えっと、聖王歴110年……だよね?」
「は? 何言ってんの、107年よ」
――ゲームよりも三年前?
「……一体どうなってんだ?」
思わず頭を抱えてしまう。
ゲームよりも過去の世界に飛ばされた?
もしくはあのゲームは自称神の造った設定?
……いや、考えるのはそこじゃないか。
「ちょっと、あんた誰よ?
なんであたしの名前を知ってるのよ」
「え、あ、ご、ごめん、えっと僕は――……あれ?」
名前を名乗ろうとしたが……何故か自分の名前が出てこない。
あれ、なんで?
そんな疑問を持っていると視界にまたウィンドウが出てきた。
【名前を決定してください】
自分で名前を決めるのはわかっていたが……え、地球にいた時の名前って名乗れないものなの?
いやまぁ、日本の名前ってこの辺では馴染まないだろうし……ゲームの時に使っていたハンドルネームでいいか。
「僕は……ワルトン。
えっと、僕もこの街に来たばっかりなんだ」
「あっそ、で、なんで私の名前知ってんのよ?」
「えっと……その、ちょっと人違いで。
君が妹にそっくりだったんで思わず、ね」
当たり障りのないことを言ってひとまずはこの場を切り抜けようと思ったが
続く彼女の言葉に僕は驚く。
「は? 私が妹に似てるとか何言ってんのよ?
私より小さいじゃないの」
「……え?」
僕は日本では社畜――二十代後半の成人男性だ。
言っちゃなんだが、おじさんと呼ばれても地味に傷つくだけで反論できない年齢だ。
いくら日本人が幼く見えるからって、どう見ても日本だと中学生くらいの見た目のこの子にちっちゃいとか言われる年齢ではない。
でも、確かによく考えると背の高さがおかしい。目線が同じくらい……いや、ちょっと僕が低いのか?
そう考えていると、僕の目の前に再びウィンドウが出現した。
【ワルトン】
性別:男
種族:人間
年齢:14歳
――14歳
「え、はぁ!?」
「って、何よ急に?」
「えっと、確かここに……!」
着ている服はそのままワイシャツにパンツスーツだったのでポケットにスマホがあった。
カメラ機能を使って自分の顔を確認すると、そこには僕とは似ても似つかない顔があった。
「か、顔が変わってる……!」
金髪碧眼の超絶イケメンがそこにいた。
今はまだ幼い感じだが、あと数年すれば超絶イケメンになるだろうと確信できる容姿である。
「ちょっと、あんたさっきからどうしたのよ?
というかそれ何、手鏡じゃないわよね、魔法道具?」
混乱する僕に詰め寄って尋ねてくるアリッサは、興味深々な様子で僕のスマホを見てきた。
「あ、いやその……ご、ごめんなさーい!!」
「え、ちょっと!」
背後からアリッサが呼び止める声が聞こえたが、今は混乱する状況をしたくてとにかくその場から走り去る。
そして町の裏側にある場所で僕は壁に寄りかかりながら先ほどの写真を確認し、念のためインカメラで自分の顔を見たが……やはりそこに日本人のおじさんは写らない。
「……っていうかこれ、男主人公……か?」
ゲームだと目が隠れたギャルゲー仕様な主人公だったが、髪の色とか顔立ちが近い。
「……もしかして、あのゲームって、僕がこの世界でどういう風に動くべきなのかをあらかじめレクチャーするためのものだった?
クオリティが高い割に攻略サイトとか見つからないマイナーゲームだったからゲーム内容が他の人も同じだった保証はないし……いや、でもそれなら最初に提示された特典内容はおかしい。
……一体何を考えてるんだ、あの自称神は」
考えれば考えるほどドツボにはまってしまう気がした。
いや、今は考えるより事実を確認しよう。
先ほど確認できなかったがステータス、これはアリッサに見えている様子はなかったから僕だけが見えるものなのだろう。
【ワルトン】
性別:男
種族:人間
年齢:14歳
職業:なし
HP :100
MP :0
ATK:20
VIT :20
INT :120
DEX:60
AGI :40
「おぉう……なんだこのクソなステ振りは」
HPは攻撃を受けた時に減る耐久値で、これが0になると死亡判定となる。
MPは時間経過で回復するものであるが、ぶっちゃけ魔法職じゃなければ使わない。
ATKは攻撃、VITは防御、INTは知性、DEXは器用さ、AGIは素早さを現しているのだが……
MPが0なのにINTが高いって意味ないじゃん。INTが高いほど魔法の効果はあがるがMPが0じゃ宝の持ち腐れだし、せいぜい魔法防御が強くなる程度。
攻撃も防御も素早さも低い。
DEXはそこそこ高いが、これは攻撃判定のクリティカル発生率や防御判定のジャストガード発生率に関わってくるものであるが……基礎ステータスが低すぎて意味が無い。
もしくはスキル特化型のビルドなのか?
ゲームの時、キャラはそれぞれ固有スキル一つと、プレイヤー……つまり僕の好みに応じて適性のある三つのバトルスキルが覚えられる。
基本的に固有スキルがそのキャラの特性に大きくかかわってくるのだが……
【固有スキル】
・審理の瞳
あらゆる事象を観測する能力を持っている。
※現在使用中
「………………えっと……ん?」
説明欄を見て、物凄く嫌な予感がした。
僕は遠目で見える歩いていた人のステータスを見るように意識して視線を向けた。
【ジョン】
性別:男
種族:人間
年齢:26歳
職業:商人
HP :100
MP :0
ATK:40
VIT :45
INT :70
DEX:50
AGI :60
固有スキル
・なし
自分だけでなく他人のステータスも見えるわけか。
ははーん、なるほどなるほど。
…………つまり、僕の固有スキルは、この世界の情報をゲームと同じように認識できるこのステータス画面そのものだと。
ほーん、ほほーん。
「――ふざけんなあの邪神めぇえーーーーーーーーーーーーーー!!!!」
思わず絶叫してしまう僕。
実質、特典無しみたいなものじゃないか。しかもステータスだって商人に負けてるし!
―――――異世界転生一日……いや、小一時間。
―――――僕は早速、追い込まれてしまったのであった。