2話
存外に乗り心地のよい船はいかなる力か、まっすぐにとある島に向かって進んでいた。
一応は仕組みを聞いたが、魔法の力で動いているという大雑把なことしか理解できなかった。
穂村暁は甲板よりあたりの景色を伺う。この半年ほど様々な出来事が起きすぎていてゆっくりと何があったか思い出す暇もなかった。
そして思い出す。
召喚されたのは突然のことだった。いつもどおりの昼休みが終わり、午後の授業を開始する直前に教室がまるごとゲームの世界で見るような魔法陣に包まれた。
そして気づけば目の前の景色は一変し、薄暗い建物の中に移動していた。わけも分からぬまま傍にいた者たちに連れて行かれたのは、綺羅びやかな衣装を身にまとった王様らしき人物の前だった。
正直暁には急なことで何がないやら理解できなかったが、聞くところによると自分たちはおとぎ話の勇者の如くこの世界を救うために召喚されたらしい。そして呼ばれた際に凄まじい力を神様から付与されたとかで、実際暁達同級生は皆、何らかの特殊能力を持っていた。
そこからこの世界の人たちと揉めにもめ、ようやく騒動が落ち着いたのが先月のことだった。その間にこの国の風土や政情、それに自分に授けられた力等について徹底的に調べた。
暁にとって以外だったのは以外にもこの状況を受け入れている者が多いということだった。自分はこういった娯楽の類には疎いが、中には日本にいるときよりも明らかに人生を謳歌しているものもいた。
だが無論皆がそういうふうに状況に適合出来るわけではない。
そのため暁はこうして何人かの仲間を連れて、地球帰還の手がかりを探しに、今回の英雄召喚の儀を主導した人物を訪ねているのであった。
「暁、どうした、元気ねえな!」
ガタイのいい少年が暁の首に手を回してくる。暗い顔をしていたからか、わざとらしく声を上げ、そのまま軽く首を締めてくる。それを笑って振り払う。
「いいや、どんな人なんだろうって。そのハイゼンベルク公爵。ドイツ人みたいな名前だよね」
そして高名な魔法使いにはよくあることだそうだが、偏屈で秘密主義らしい。例え自分達の望みをぶつけたとしても答えてくれるとは限らない。
「ええと、そうだな!」
ガタイのいい少年、美馬龍二は明らかに分かっていない顔で頷いた。
おそらく考えすぎているのだろう。名前だったり、風土だったりは中世欧州に似通ったものが多いが、中には和風だったり、中東の面影が残るものもある。おそらく暁が知らないだけで類似点は他にもあるはずだった。あくまで高校生程度の知識でしかないが、各国の風土が混ざっているように感じる。そのことが暁には妙に不気味に感じられた。
だが疑問に感じているのは自分だけのようで、楽しんでいるみんなにわざわざ言うことでもないし、不安に感じている者に相談しても余計に煽るだけだ。自分の胸に留めておけばいい。文明の発展なんて皆似たようなものだ。色々と似通ったものになってもおかしくはない。そう自分を納得させる。
「あ!こんなところにいた!」
短いスカートに大きく開いた胸元の少女がにこやかに手を振りながら暁の方に駆け寄ってくる。その傍には同様に派手な格好をした少女もいた。彼女たちに続くように仲間たちが集まっている。
今回旅に参加したのは暁を含めて全部で8人。みなそれなりにこの世界に適応した者たちだった。先生を始め、今の状況を受け入れられていない者たちは皆、王城のほうで引きこもってしまっていた。
「もうすぐ着くからその前にミーティングだって」
「分かった。今行くよ」
そうして暁は仲間たちのもとにかけていったのだった。
呼び出されてから一週間後、レミオンは島唯一の船着き場にて勇者たちを待っていた。すでにある程度の情報は把握しており、プロフィールは頭の中にいれていた。
「はあ、緊張する」
「はははは、緊張しすぎ。相手は同じ人間。なんとかなる」
「そうそう」
そう言ってこの日のために集めたメイドや執事が嫌そうな顔をするレミオンをからかう。
レミオンは公爵に拾われてもう10年以上がたっていた。その間魔導を学びつつも城の雑事も手伝っていたため、こうして城仕えの者達とは友好的な関係を築いていた。
「お、噂をすればだ。来たみたいだぞ」
見れば小さな穂先が僅かに見える。
船はすぐに近づき、事前の情報どおりに7人の勇者がやってきた。
降りてきた護衛の男に声をかける。大陸の騎士団に所属するディエゴという男だった。何度か顔を合わせたこともある。
「お疲れさまです。ディエゴ様」
「ディエゴでいいと言っているだろうに。まあいい。あれが、勇者たちだ」
そういったディエゴの顔はひどくやつれていた。どうやら道中で何かがあったようで勇者達はのんきにしているが、ディエゴは嫌そうな顔をしている。
メイドの一人に目配せしてディエゴを先に休ませる。ここから先はレミオンの仕事であった。
そして勇者たちの方を見てさっと様子を伺う。
彼らのやり取りを見ておおよその力関係を把握する。こういった情報は自分の目で確かめたほうがいいとハイゼンベルクより教わっていた。
くつろいでいる勇者たちに声をかける。
「皆様、長らくの旅お疲れさまです。私はこの島での案内を務めさせていただくレミオンと申します」
すると爽やかな少年、勇者穂村暁が一人の人物が出てきて手を差し出してくる。
「よろしく、レミオンさん、でいいのかな」
「私のようなものに敬称は不要です。勇者暁様、」
レミオンは差し出された手に少し戸惑ったが、流石に無視をするわけにもいかずおずおずと握り返す。
「そうだけど、名前って伝わっているの?」
「ある程度はですが。今晩、親睦会を兼ねての晩餐会を予定しております。よろしければその際にハイゼンベルク公爵様にご挨拶いただければ幸いです」
「ははは、わかったよ、それじゃあよろしく」
そこで一人の少年がレミオンの前に出る。
「おいおい、この国の連中は客に足を運ばせるのか?まずは偉いのが挨拶に来るのが筋じゃねえの?」
「はい?」
「いやいや、だからさ。俺ら客なわけじゃん?お前らの都合でこっちに呼び出して、あげく世界救ってくださいつって泣きついて来たんだろ?だったらそれなりのふるまいってあるだろ?」
「確かに!綱紀冴えてる!」
「だっしょー!俺言った。マジいいこと言ったわ!天才過ぎてコペルニクスが回転するまである」
「どういう意味?」
「さあ?ノリで言ってみた」
その浮ついた少年たちの言葉に控えていた使用人たちが一斉に緊張をした。
だが少年の方はそれに気づかないようでそのまま悪態を続ける。
「いやあ!やっぱ中世って怖いわ。まじ下等だわ」
どうやら周りの者達は止める気はないようでそのまま話すがままにさせる。
意外にも温厚そうに見えた勇者暁も止める気はないようで、ただじっとレミオンたちの反応を伺っていた。
その視線から、やんわりと自分たちが試されている、と感じた。
もしここで衝突すれば、王都での二の舞になってしまう。
誰かが爆発しないうちに率先してレミオンが頭を下げた。
「申し訳ございません。ご無礼は承知の上ですが、少し、凝った歓待を考えて折りまして主はそちらの準備に時間を割いております。必ず皆様にご満足いただけるものとなっておりますので平にご容赦を」
ハイゼンベルクの読みどおりであった。
おそらくは柔和だろう暁やそれに連なる勇者たちは皆こちらにたいして不信感でいっぱいだったのだ。念の為、余興の類を豊富に準備しておいてよかったと心底安堵する。
「べー!まじか!っべー!マジべー!期待膨らむんですけど」
「綱紀くん、せめて意味を成す言葉を喋ってよ」
騒ぐ男たちは放っておいて、レミオンは勇者たちを簡単な島の歴史の説明をしながら城へと案内した。