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全てが狂った日

 あんまり考えないでください、私は考えてません

 春の幼げな太陽が顔を地平線に沈ませ夕暮れのオレンジ色と藍色、黒色に彩られる空を男性の足元にいる少年は見上げて何気なく口を開く。


 「ねぇパパ、パパは結婚したりしないの?」

 「えっ? するつもりないけど…どうかしたのか?」


 「何でもない」と言って見上げていた顔を伏せた少年の頭を男性は強く撫でて思う、やはり男で一つで育てるのには限界があるのかと。

 しかし男性にしてみれば妻であるアニカを置いて永久の契りを結ぶつもりは無い。


 未だに不貞腐れたように軽く俯き唇を尖らせる少年を思えばその決意は固く胸に刻まれていく。

 連れ子がいるという時点で結婚相手を探すのは難しくなるし何よりその新婚相手が息子であるアノンに対して虐待を振るう可能性すらある、可能性がある時点で再婚など男性の選択肢には存在しない。


 「………アノンはやっぱりお母さんが欲しいか」

 「…うん」


 申し訳なさそうに傾くアノンの頭を撫でる手に力が入りそうになったのを感じて男性はわざとらしく手のひらから力を抜く。

 空が暗くなり背後の夕焼けから目の前の影が伸びていきや藻の中に消えていくのを見て男性は言い寄れない虚しさを感じてアノンにばれないように軽く左手の人差し指で目元を優しく拭う。


 前々から決めていた思いを今固めると男性はアノンを撫でていた右手をそっと持ち上げて優しく微笑みながら語り掛ける。


 「お父さんはちょっと用事が出来たから先に帰っていて欲しいんだけど…出来るかな?」

 「パパ! 僕だってもう小等部なんだから一人で帰ることぐらい出来るよ!!!」

 「お留守番もすることになるんだぞ?」

 「パパ!!!」


 怒り始めた我が子に向かい笑みを深めるともう一度頭を割れ物を触るように撫でてからアノンとは別の方向に向かい体を向ける。

 後ろから突き刺さる視線を気にしながら男性は町の住宅街から裏道に入り顔つきを穏やかな父親のそれから鋭い荒くれ者の表情に一変させて足を速めた。


 土埃で汚れた建物に付いた割れた窓、数年間塗装をされたことが無いと解る程にひび割れ、焼き石が欠けた道路。

 夜空になったわけでもないのに深夜を思わせる光沢の無さに軽くため息をつきながら目的に進んでいく。


 時折顔を向ける住民たちを牽制する為腰に掲げた短剣を右手の人差し指で軽く叩き、それでもまだ注意深く視線を向ける者達に軽く舌打ちを鳴らして目的の建物を探す。

 歩くこと数分してようやく目的地に着くと男性はゆっくりと力なくドアをたたいた。


 「悪いわね、今日はもう店じまいよ」

 「俺だシェレーヌ」

 「ダールノン? 珍しいわね………まぁ良いわ、上がりなさいな」


 古びて塗装が色あせた赤い扉に掲げられたClosedと書かれた木の丸い板を無視して男性はドアを開けて中を軽く見回す。

 黄色いドクロの水晶が店の中央に飾ってあり入ったダールノンを静かに見つめる。


 相変わらず悪趣味な店だ、ダールノンは眉を顰めながらそう内心呟いて店内の上から漏れる淡い薄オレンジ色の魔石の明かりを鬱陶しく感じ、軽く目元を数回腕で擦って店の奥の古びた木製のカウンターに肘をついて目を細めてダールノンを睨むシェレーヌを見やる。

 如何にもと言いたげな魔女の装いに苦笑しながら全く変わっていない姿に懐かしさを感じてほほ笑んでいるとシェレーヌがダールトンに向かいけだるげに口を開いた。


 「冷やかしなら帰りなさい」

 「悪かったよつい懐かしくてな…頼みがあるんだ」

 「ねぇそれって今日じゃないと駄目? さっきも言ったけどお店閉めたの、これでも早起きなのよ私」

 「頼む、今日じゃないと決心が鈍りそうなんだ」


 機嫌を悪くし顔を歪ませるシェレーヌだったがダールノンのただならぬ雰囲気に仕方ないと言いたげに思い腰を上げた。

 ワンサイズ大きいのではないかと思う服装にもかかわらず女性らしさを主張する所はいかんせん目に毒である、連れてくる予定は無いがダールノンはシェレーヌにアノンを会わせてはいけないと強く思うのと同時に懐から茶色い口元を紐で縛った小さな布袋をシェレーヌに向かい上向きに放り投げた。


 空中で弧を書いて紐が鬱陶し気に袋の後を無重力で追いシェレーヌの手の中に納まると手の中にある袋の封を解いて中を覗くと先ほどまでの気だるげな雰囲気を払拭させてダールノンに向かって大声で叫ぶ。


 「貴方これ…ファフニールの牙じゃないの! なんてもの持ち歩いてるのよ馬鹿!!!」

 「代金変わりだ、釣りはいらない」

 「私に何をさせようっていうの………」


 力なく肩を落としてシェレーヌは小声で何かを呟くと手元に黒い球体を作り上げた。

 布袋を中に入れて手を抜き球体を消し去るとダールノンに向かい再度口を開く。


 「一緒にチームを組んでた時からそうよ、厄介ごとばっかり持ってきて………言いなさい、今度は何を持ってきたの」

 「はははは…いやすまん、悪い事ばっかり頼んでたな………今回はその、お前の店ってあれ頼めるだろ? それでさ…俺にもやってほしいんだよ」

 「あれって何よ」


 要領を得ないダールノンにシェレーヌは冷たく睨み、頭の中で自分の店で行っている合法、非合法のサービスの中からダールノンが求める物を数えていく。

 顎先を軽く右手の人差し指でかきながら考え込むシェレーヌにダールノンは意を決したように口を開いた。


 「あれだよ、性転換だよ」

 「………は? せい、てんかん…?」

 「ああ」


 目を見開いて硬直させるシェレーヌにダールノンは何時もの眠そうな目とは違い珍しい物を見れたな1人ほくそ笑む。

 限界まで見開かれた濃い紫色の瞳をゆっくりと閉じていき、震える唇に左手を持って行き隠しながら体を引くシェレーヌ。


 まさか、そんな趣味が目の前の男にあったとは。

 長い間過ごしてきた人生の中でこれほどのサプライズがあったのか、シェレーヌは頭を抱えて軽くその場にしゃがみこんだ。


 (どこで目覚め…もしかして最初から? いえアニカと子どもを作れたんだから………性の対象は女性…というのもある………わね)

 「おーい、シェレーヌ?」

 「………解った、理由を聞くような野暮なことはしない、ただ注意点を言っておくと性転換の魔法は非常に強力よ、やっぱり嫌だから戻してなんて出来ないのはあらかじめ言っておくわ」

 「待て待て待て、お前何か勘違いしてないか? 俺にそんな願望は無いぞ」


 要領を得ないダールノンに対してシェレーヌの怒りは胸の内で高まっていく。

 昔からそうなのだ、肝心な事を後出しで言い始めるんだ、シェレーヌは鋭く睨み顎をしゃくって続きを促す。


 苦笑しながらダールノンはシェレーヌに対して言葉を脳内で組み立ててから口を開いた。


 「アノンがさ、ママが欲しいって言ったんだよ」

 「…まぁ母親を欲するのは当然の事ね、それで何故貴方が性転換をしようっていう考えに思い至ったの?」

 「俺があいつの母親になれば問題ない、お父さんでお母さんだ」

 「ごめんなさいダールノン、こんなことを言ってはいけないのは解ってるんだけど言わせて頂戴、お願いだから死んで」


 右手を静かに顔に被せて細く長い指で掴み顔全体を優しくシェレーヌは揉んだ、今感じているストレスと憤りを必死に外に絞り出すように。

 対するダールノンは軽く息を吐きだすと真顔でシェレーヌを見る、指の隙間から除く紫色の瞳とぶつけながら自身の思いのたけを吐き出す。


 「俺は誰とも結婚するつもりは無い、俺の嫁はアニカ唯一人だ、変わりなんていない」

 「そうじゃないのよダールノン、何故性転換をしなければいけないのかが解らないの、お父さんだけどお母さんが良いんでしょう?」

 「さっきからそう言ってるだろ! 何を聞いてたんだ!」

 「もうすでに貴方はしてるじゃないの! お父さんでお母さんを!!! 何故! 性転換を! しようと思ったの!!!」


 怒鳴り合う中シェレーヌは内心こう思う、自分はなんて馬鹿な事で声を荒げているんだろうと。

 しかし、しかしこんなバカげた理由で長年連れ添っていたパートナーを真っ当な道から踏み外させるわけにはいかない。


 怒鳴り慣れていない事からシェレーヌは咳き込み始めふくよかな胸元を手でたたき始めた、振動で揺れる胸を睨みながらダールノンは口を開く。


 「それが俺にもあれば…!」

 「落ち着きなさい、今の貴方は正気を失っているわ…また明日ここに来なさい、今日は帰って頭を冷やして…お願いだから」

 「頼むシェレーヌ! こんなことを頼めるのはお前しかいないんだ!!!」


 その場で床に額をこすりつけ始めたダールノンにシェレーヌは体をふら付かせた。

 とっさにカウンターに左手を置いて体をささえ転ばないように体制を整えたシェレーヌはダールノンを冷たい眼で見下ろし口元を一文字に結ぶ。


 長い沈黙が場に流れた、シェレーヌの店内よりも暗い空気が場を支配する。

 言葉を発さずにその場で土下座をし続けるダールノンに遂にシェレーヌは折れて口を開いた。


 「…今のままでは行けない理由を教えて頂戴」

 「今の俺はお父さんなんだよ、あいつのお母さんにはなれない…俺は男だからな、どうしてもアノンは俺をお父さんとしか見てくれない」

 「それの何が問題…いえ、でもそれは性転換した後でも同じことでしょう? 今度はお母さんとしか見てもらえないわよ?」

 「いやそれは違う、俺は男だから男の振る舞いが出来るんだ、姿が女でも俺の中にアノンはお父さんを感じ取ってくれるはずだ」


 開いた口が塞がらないとはこのことだ、シェレーヌは口を半開きにしたまましばらく頭を動かすことが出来なかった。

 頭の中で考えを巡らせる中シェレーヌはある結論に行きついた、このことを息子のアノンは知っているのかと。


 知るわけがない、知っていたらこんなとち狂った父親を一人で向かわせるはずが無いからだ。

 シェレーヌは直接会ったことは無いがまだアニカが存命の頃会って話を聞いたことがある、曰く、年の割に聡明であり手が掛からないと。


 聡明な子どもが突然母親になった父親を相手に何を思うか、泣き叫んで貰えたらまだ良い方だろう。

 シェレーヌだったら間違いなく正気を確かめる為会話をし、理由を聞いた後は静かに絶縁宣言を行うだろう。


 活路を見出したシェレーヌは未だに土下座したままのダールノンに対し口を開く。


 「アノン君はこのことを知っているの?」

 「アノンが? まさか言う訳ないだろ」

 「その心は?」

 「あいつの驚いた顔が見たくてな、サプライズをしたいんだ」

 「そうね、あの年で人生最大のサプライズを受けることになるわね」


 静かにトラウマか何かの間違いだろうとシェレーヌが思う中ダールノンは土下座を辞めて立ち上がった。

 シェレーヌにとっては信じられない事だがダールノンは今の一連の会話でシェレーヌが了承をしたと受け取りダールノンは静かに顔を上げた。


忌々し気に顔を歪めるシェレーヌはダールノンに対し軽く口を開く。


 「先ほど私の胸が羨ましいみたいな事を言ったけど、貴方が女性になっても私の様にはなれないわよ?」

 「な、それは何故だ!!!」

 「………性転換の魔法は対象の魔力を使って体を再構築するのよ、つまり魔力が多ければ多いほど体を変えられて少なければ少ないほど変えられる量が減るのよ」

 「お前の魔力を使う事は出来ないのか?」

 「体が破裂しても良いなら使ってあげるわ」


 輸血するときに血液型が合わない物を使用するようなものであり、そんなことをしたら拒絶反応が出て当たり前だ。

 人知れず打ちひしがれているダールノンにシェレーヌは人知れず彼の好みが女性らしい女性だったことを知りこの時ばかりはそのことに感謝しダールトンを静かに見つめる。


 どうにかこのまま諦めてくれと、そう願いながら見つめる瞳にダールトンは打ちひしがれた顔を上げてゆっくりと言葉を紡いでいく。


 「という事は、俺が性転換できても見た目はあまり変わらない………ということか?」

 「そうなるわね、変えられるとしたら…体の部位を取るのと顔つきを女性らしくするぐらいね、貴方まったく魔力がないんだもの、諦めなさい」

 「ぐっ………! 何で俺は戦士なんて役割をしていたんだ!!!」

 「性転換の為じゃないのだけは確かね」


 冷たく言い捨てるシェレーヌの声色は冷たくその瞳に嘗ての仲を思わせる距離感は無く、頑丈な城壁を思わせる分厚い門がダールノンとの間に構築された。

 もう何をしても開くことは無いと認めさせる門もダールノンは確認することが出来ずに頭を抱えてブツブツと独り言をその場で呟きだす。


 まだこの目の前の一つの家庭が崩壊するかどうかの茶番をしなければいけないのかとシェレーヌは呆れ、速く帰ってほしいという思いを込めてダールノンに目をやる。

 約20秒程呟くと不意にダールノンは勢いよく顔を上げてシェレーヌに顔を向けた。


 不穏な空気を感じとりシェレーヌが体を引くと後ろのカウンターにぶつかり大きな局部を乗せることになり黒く際どい下着が顔を出す。

 スッと静かにスカート抑えてダールノンに目を向けるが想定通り何も感じていない目線を向けていたので静かにため息をつきながら音も無く床に降りると右の眉を吊り上げ顔を軽く左に傾けて口を開く。


 「どうしたのよ突然」

 「体だ、俺の体を削って魔力に変換させればなんとかなる」

 「………呆れた、そんなに巨乳が良いの?」

 「それはもう良い、俺の顔と体つきを綺麗な女に出来ないかって言ってるんだ」

 「………………あのねダールノン、私は嫌がらせをしているわけじゃないの、貴方の身を案じているのよ? お互いに借りと貸しがどれぐらいあるかも解らない仲じゃない」

 「おう」

 「………これで最後よ、本当に良いのね?」


 決意を込めた目線をシェレーヌに向けたダールノンを見てゆっくりと背中を見せて店の奥に歩いて行く。

 右腕を軽く上げて前方に数回下ろしてあげるとダールノンは笑顔を向けてシェレーヌの後をついていく。


 「ありがとうシェレーヌ! 困った時はいつでも言ってくれ! 絶対に力になるぞ!!!」

 「黙りなさいよこの変態女体化糞親馬鹿」

 「お、おいおい…何だよ急にそんな………」

 「本当に黙ってて、今貴方との縁を切ろうか本気で考えてるから」


 一切の熱を感じさせないどころか聞いているダールノンを凍死させかねない絶対零度を浴びせるとシェレーヌは黒いレースの突いた布を捲り店内の奥に歩いて行く。

 長らくシェレーヌとチームを組んでいたダールノンも店の奥に入るのは初めてで道の隅に赤いラベルが張ってある木箱が目に入り歩きながら視線を固定させる。


 道を渡っている中ふと開いた扉の中に視線を向けるとガラスの瓶が幾つも置いてあり少なくともギルドで購入したポーションは一つも見当たらないのを見て改めてダールノンはこの店の品質に疑問を抱く、ここある品物の何割が非合法なのだろうと。

 藪をつついて蛇を出すつもりは無いのでダールノンは聞かないが気にはなる、あれやこれやと頭の中で思い至る物を思い浮かべては消していくと不意にシェレーヌが立ち止まり体を横に向けた。


 急に立ち止まったのでダールノンの体がシェレーヌに軽くぶつかるがそれを気にするような間柄ではないのでシェレーヌは何事も言わずにドアノブを捻って中に入っていく。

 室内は暗く周りに何があるか確認できなかったが床に白い何かで書いてある魔法陣をダールノンは目にし何も言わずにそちらに向けて歩いて行く。


 「じゃあ私が良いと言うまで外に出ないように、出たらどうなっても責任取れないわよ」

 「解った」

 「…はぁ、言っておくけど体を削るから身長がかなり縮むけど覚悟しておいて」

 「どんとこい」


 その笑顔がかつて皆でダンジョンに挑み死に物狂いで駆け抜けていた時の物と重なったシェレーヌは苦虫をかみつぶした様に顔を歪ませると呪文を唱え始めた。

 途中で帰っていたらシェレーヌ√のラブコメです。

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