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レヴェラミラ物語  作者: 蒼井蜜柑
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シャドウと私

多少グロテスクな表現があります。苦手な方は注意してください。


ふかふかのタオルケット。


私の唯一の場所。


これに包まれている間だけは本当に安らげるような気がする。



朝日が差し込まない窓から夜明けをつげる弱弱しい光がカーテンの隙間からにじむ。


眠りにつく前と何ら変わらない部屋、


誰も帰ってこない部屋。


自分しかいない部屋。




朝食のトーストが香ばしいいい香りを部屋に流し込む。


冷蔵庫からオレンジジュースを取り出し、コップに注ぐ。


いつも朝食、


いつもの時間、


いつものテレビ、


いつもの学校の準備、


いつからだろう、


ひとりで生活するようになったのは、


いつからだろう、


家族と顔をあわさなくなったのは、



身体に残る痣は痛みは消えたが、残ったまま、


まだ、そんなに経っていないのかもしれないけど、


それでもずいぶん時間が過ぎたような気がする。。





狭いはずの玄関には自分の靴しかない。



向こうの世界であった、ゴブリンも、きっと一人で生活をしているんだ。


元気にしているだろうか。


私は何とか生きている。


重たい足をなんとか持ち上げ学校に向かった。






「やぁ、お帰り、今日でこの塔もクリアだね。」


「来たくなかったけど、どうしても来なきゃいけないんだね。」



「う~ん、そうなるかな、でも、今日この塔をクリアしたら、もうこっちの世界に来なくて済むよ。もちろん残ってくれてもいいんだけどね。」


「大丈夫、もうここには来ないから。」


「そう?それじゃあ今日も冒険頑張ろう!!」


「今日のモンスターはどんなモンスターなの?」


「今日のモンスターはシャドウというモンスターだよ。」


「シャドウ?影のこと?」


「そう、影さ!君自身のね。」



「君自身の影に潜んでいるモンスターだから、君の能力をもって、君を殺そうとしてくるよ。」



「もちろんそのコンちゃんもついてくる。」


「シャドウを倒しても勝ち、生き残れば勝ち、塔の上まで登り切れば勝ちだよ。」


「そう、それじゃ倒さなくてもいいのね。」


「そうだよ、倒さなくてもいい、でもモンスターだからね、放っておいてもいいことはないよ。」


「それじゃ倒すしかないじゃん。」


「別に倒さなくてもいいんだ、僕は伝えたからね。」


「それじゃ、攻略スタートだよ。」


ウィルが開始の合図をすると、足元が発光し、魔法陣が描かれる。


ふわりと落下するような浮遊感があり、あたりの雰囲気が変わっていた。


そこかしこに幾何学模様を描くように直線や曲線が部屋中を走っている。


そしてところどころに読めない文字で走り書きしたようなものや数式のようなものが書きもまれている。


それらが、青や緑、赤や黄色、様々な色に光ながら明滅を繰り返していた。


そして、それはいた。


黒い塊なのに、白い輪郭を放っている。私の影。


私が動けば影も動く、同じ動作を鏡合わせのようにする私の影。


ウィルの説明を聞いていたからそれほど驚かなくて済んだけど、


聞いていなかったら間違いなく慌てていただろう


どれくらいの時間が経っただろうか。


ウィルが声をかけてきた。


「大丈夫?結構経つけど、動かないの?」


「倒していいのかわかんないから。」


「そう?僕が案内した迷子の子たちはスグに戦い始めたけどね。」


「それってそのあとどうなったの?」


「別に?倒せた人は影がもとに戻って元の世界に還ったり、希望者はこっちの世界で旅を続けたりしてるのかな。」


「倒せなかったら?」


「倒せなかったら、そこでおしまい。帰ることもなく、こっちの世界でも、向こうの世界でも居なくなる。」


「もともとは迷子だからな、跡形もなく居なくなれるよ。」


「いなくなるって?」


「文字通りだよ。居たことがなくなるんだ。」


「死ぬとかじゃないの?」


「ちがうよ、いなくなるんだ」


「でも、ここははじまりの塔だからね。いなくなる人のほうが少ないよ」


いなくなる。自分の存在が最初から無かったかのように扱われてしまう。


それはとても悲しい事だなと思った。


「いつまでも、にらみ合っていても進まないよ、あまり時間をかけすぎると今日中に元の世界に帰れなくなるよ。」


「わかってる、でも自分自身と向かい合っていると思うとどうしても攻撃できないから。」


「そんなもんかな、」


「でもそろそろ向こうが動きはじめるんじゃないかな?」


「え?」


「はじめまして、私!いい加減自分の顔を見てるのも飽きてきちゃったよ」


「え~しゃべるの?」


「何よ、失礼ね。あなたも喋れるでしょうに。」


「影が喋るなんてシラナイよ」


「知らなくてもなんでも、喋れるのよ?」


「そういえば、あなたのご両親はお元気?」


「?!」


「あなたの足元からいつも見守っていた私も、なかなか会っていないから。お元気かなぁ?と思って?」


「なんでそんな事を!」


何かが頭の中で弾ける音がしたような気がする。一瞬にして頭に血が上った。


気づくとコンちゃんを振り上げて自分の影に向けて振りぬいていた。


パンという乾いた音を立てながら、私の影が遠ざかる。


「いててて、思い切りがいいわね、私。」


影の腕が吹き飛び、血が出ている。


「そんなことないよ。私があなたのことを嫌いなだけ。」


「あら、そうなの、残念だわ。」


「でも、私を傷つけるのはあまりおすすめしないわ。そういえばあなたの左手どこに行ったのかしらね。」


「?!」


私の影がそういうと、左手にすさまじい痛みを感じた。


こん棒を地面に落として右手を左手に・・・添えることはできなかった。


肘と手首のちょうど半分から先が消えていた、まるでそこから爆破したかのように傷口は焦げて筋と骨と神経が空気にさらされていた。


「ああ”」


痛みが突き刺さり、グロテスクな断面を直視してしまった。


悲鳴は吐瀉物に上書きされ、痛みは血液とともに生れてはあふれていった。


「あははっはははっは」


私の影は、私と同じ姿勢のまま激しく笑い声を上げている。


「肉体って不便だね。痛みとか苦しみとか、私にはよくわかんないけど。」


「おぇ、ぅえっ」



胃液がのど元にせり上がってくる。堰をきったように口から吐瀉物が勢いよく吐き出される。


「さぁさぁ、今度は私の番かな、」


左手は白い神経がぶらりと垂れ下がり、足元には肉片が飛び散っている。


「君の両親はどこに行ったんだろうね。」


「君は知らないなんて嘘をついたけど、本当は知っているんだろ?」


いやだ、聞きたくない。


「君のお父さんは君のお母さんに嫌気が刺して他の女性の所へ行ってしまったんだろ?」


なんでこんなことになったんだ。


「うるさい。」


「そして残された母親は君に暴力を振るいながらもどうにかしようとして壊れてしまった。」


「うるさい、うるさい、うるさい、うるさい」


「そして、君はといえ・・


「うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい」


「もう、君の方が五月蠅くて喋れないじゃないか。」


大声で、それでいて呪いのように叫び続けるが、私の影は黙らない。


腕の痛みと喉が胃液で焼けるようで声が出なくなった。


落ち着いた私を見下ろして影は言い放った。


「君は安心したんだね。」


それは私の核心をつく言葉だった。


「いいと思うよ、そうでなかったら君は壊れてしまっていたんだから。」


私の事をねぎらうような。甘く優しい言葉だった。


「神様を呪い、母親を呪い、父親を呪い、そして、自分自身を呪った。」


「君の世界では呪いなんて不確かなものは信じるに値しないものかも知れないけど、この世界の呪いはとっても強力だ。」


「名前という呪いを与えれば、それは君の所有物になり、君の持ち物で縛り上げれば、呪具になる。」


「まさか、呪術師の適正があったのか」


ガイドのウィルが驚いている。呪術師?適正?なんなのそれ。


「そうさ、適正のいい加減な所は職業を直接指し示すわけじゃない、適正が高い職業を示すんだ。」


「それにガイドの君は私に適正の話は一つもしなかったね。職務怠慢じゃないの?」


「うるさい。」


私は言葉に意思を乗せた。そう、呪いだ。


「んぐ。」


私は言葉に意思を乗せてはっきりと伝えた。


「あなたは私の影なんでしょ?」


「んー」


影は口を開くことができないようだ。


「おとなしく私に従っていればよかったのよ」


「そうすれば、こんな風にならずに済んだ」


私はそういって私の影をばらばらに引きちぎった。


「そう、あなたは私に従うの。」


そういうと私の影は何もなかったかのように私の足元から周囲の光源の反対側に伸びていった。


「ねぇ、ウィル、これでモンスターは倒したわよね?」


「あ、あぁ、そうだね、これで君は元の世界に帰れるよ、今扉を開くから少し待ってね。」


「私帰らないわ、」


「え?!」


「帰るのはやめたの」


「ど、どうして急にそうなったの?」


「帰っても仕方がないんですもの。」


「君には家族がいるだろ?」


「いいえ、そんなものいません。」


「でも君の影はそういっていたよ。」


「影?そんなのは知りません、シャドウというモンスターが騒いでいただけでしょう?」


「私はこの世界で私の居場所を私がつくりだすの。大人にも、世界にも、誰にも邪魔されない、私の場所を作り出すの。生まれがどうとか、適正がどうとか、そんなのは関係ないの、私が私の為に、作り出すの。」



「そう、それじゃあ君はこれから迷子から放浪者になるんだ。」


塔の階段のもう一つの出口、この世界に通じる階段を降りていく。幾何学模様の部屋から同じような階段へ


外の光が差し込む出口が見えてきた。


少し手前でガイド妖精のウィルからこの世界の簡単な説明と装備とお金のようなものを受け取った。


さぁ、これから本当の冒険が始まる。



妖精が最後に一言贈ってくれた。


「ようこそ、旅人の世界へ」












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