ゴブリンと私
元の世界に戻った私はやっぱり家にひとりぽっち
誰もいない家、誰もいない部屋、誰も、誰も、帰ってこない。
ポケットの中のカードを取り出した。
みずいろのまんまるがカードの中に描かれている。
「まーる」
呼んでみたけどなにも変わらない。
冷蔵庫の中のつめたくなったコンビニのお弁当。
電子レンジで温める。
ぴぴぴぴ、電子音だけ鳴り響く。
誰も帰ってこない家、
誰も、誰も、
一人のテーブルに一人分のお弁当、
おやつに取っておいたクッキーをデザートにしよう。
プラスチックの食器がかさかさと音を立てる中、
食器の中身はおなかの中おさまった。
クッキーは食べれなかったから取っておこう。
まーるのカードと一緒にぽけっとにつめこんだ。
料理もしないから綺麗なままのキッチン。
使い捨てのプラスチックの食器をすすいでゴミ箱へ。
家具の少ない生活感のない部屋
何もないから、かたずけも楽。
何もないから、掃除も楽、
何もないから、
何もない。
今日も薄い布団を独りで敷いてタオルケットに包まった。
今日も冒険の夢を見るために。
レヴェラミラに戻ると、妖精ガイドのウィルがふわふわと飛んできた。
「おかえりなさい。」
「ただいまぁ。今日も冒険だね!」
「そう!今日は昨日のすらいむよりも、強くて怖いモンスターだよ」
「え、ドラゴンとか?」
「あはははは、さすがにドラゴンとは戦えないよ。今日のモンスターはゴブリンだよ。」
「ゴブリン?」
「そう、ゴブリン!背が低くてやせ細っている狂暴なモンスターだよ。」
「放っておくと、街に出て街の人を襲うんだ!」
「わるいモンスターなんだね。」
「そうだよ、みんな困っているんだ。」
「それはやっつけなきゃだね」
「そうなんだ、やっつけなきゃダメなんだ。」
「それじゃ今日はこのこん棒の出番だね。」
「いや、それはつかわないもん」
「もん?」
「だって可愛くないから」
「え、なんて」
「可愛くないの」
「なにが?」
「その棒が」
「これは武器だよ。」
「可愛くないんだもん」
「これはモンスターを倒す武器で、それは可愛くもなければ綺麗でもないんだよ。」
「せっかくやっつけるなら可愛い方がいいでしょ?」
「もってきたリボンを持ち手に巻き始めた。
乾いた木に巻きついたそれは、かわいらしくデコレーションされたこん棒だった。
これでよし、
「なにがよしなんだよ。」
「これじゃ、手元が滑るでしょ?」
「いいの、そんなのは、可愛ければいいの。」
「そ、そっか。」
「きめたっ!君の名前はコンちゃん!!」
こん棒の名前を呼んだ瞬間、こん棒から淡い光が零れてきた。
「武器に名前をつけたの?」
「そうだよ!」
「付与魔術がついてる?!武器をネームドにするなんて、ありえない」
「ねーむど?なんでもいいの!さぁ今日は悪いゴブリンさんをやっつけるんでしょ?」
「そ、そうだね。頑張ってやっつけよう。」
「ゴブリンは背が低くて、動きもそんなに早くない、それに力もないからよく、人間の子供くらいに思われる。」
「わたしと同じくらい?」
「そうだね、体格なんかだと同じくらいか、もしかしたら君の方が少し大きいくらいだよ。」
「まーるの時みたいに仲間にするのは難しいの?」
「すらいむと違って人間に従うモンスターじゃないなからね。難しいというか、できないのかもしれないよ」
「そっか、残念だけどやっつけるほかにないね。」
「そうだね。君とコンちゃんなら一発だよ。」
「よろしくね、コンちゃん」
デコレーションされた棍棒を握りしめた。
階段を上ると廊下は奥にまっすぐ伸びており、その左右に扉が向き合った形で並んでいる。廊下の突き当りには鉄柵で囲われた昇降機が佇んでいる。
何だかホテルみたいな作りだ。
8つの扉のどれかの向こう側に鍵を持ったゴブリンがいるからそいつを倒して手に入れた鍵でエレベーターに乗って次のフロアに行くよ。
「それじゃ、この扉にするね。」
「気を付けてね、罠を仕掛けている場合もあるからね。」
そっと扉を開けると小さい緑の小鬼が待ち構えていました。
「ヨく来タ、ニンゲン、オマエコロス。」
「ど、どうしよう、怖い。」
自分より一回り小さいからだなのに圧倒的な威圧感が襲い掛かってきた。
「ひぃ。」
「チチウエ、ハハウエ、イマ、カタキトル。」
錆と血がついたボロボロのナイフを手にゴブリンがどたどたと駆け寄ってくる。
決して足取りは早くなく、動きも緩慢だ。
しかし、強烈な殺気にあてられてしまったため足がすくんで動けない。
なんとかしなきゃという思いで、どうにかコンちゃんをナイフを防ぐように動かした。
「シネ」
強い殺気とともにナイフがこん棒に突き刺さった。
瞬間強い発光と轟音が響き、空気の振動がこの階層響き渡った。
ドォンと音がして砂埃であたりは真っ白だ。
砂埃が落ち着くと向かってきていたゴブリンは壁際まで吹き飛んでいて、ナイフをもっていた腕はナイフごとなくなり、骨と筋が剥き出しになっていた。
肩口からはおびただしい量の緑色の体液が流れ出ていた。
「ぐぐ、」
壁の方からうめき声があがる。
「オマエ、コロス」
腕がないことに今気づいたのか、もともとあった腕でバランスをとろうとしたゴブリンが肩口から突っ伏した。
「ナンダ、コレハ。」
唖然とするウィルをよそに、私は慌てて謝る。
「ごめんなさい。コンちゃんで叩いたらこんなになるなんて知らなかったから。」
「イタイ、オマエ、コロス」
肩からあふれる体液を止めることもできず、ゴブリンは叫び声を上げた。
「コロスコロズコロスコロスゥアアアァア」
肩の傷口を手で押さえ、武器も持た図に距離を詰めてくる。
「やめて、来ないで、」
「オマエ、コロス、オマエラ」
「おねがいだから、君を傷つけたくないの」
「ウソ、オマエラ、ナカマ、ミンナコロシタ」、
「え?」
「ハハもチチモ、ソノマエ、ソノマエモ、オマエラ、コロシテキタ」
頼りない足取りだが、弱弱しい足が、一歩、また一歩とこちらに近づいてくる。
「そんな、しらない。私しらないよ、あなたが襲ってきたから。」
「シラナイ、ハズナイ、オマエラ、妖精、イル。」
「ガイド、キカレタラ、コタエル、ソレガシゴト」
「ナノニ、イツマデモクル、オカシイ。」
「ガイドガ、ウソツイテイル、オマエラ、ナニモカンジナイ」
「どうしたらいいの?」
「オレ、モウウゴケナイ、モウスグ、シヌ」
「ニンゲン、オマエニ、コロサレタ。」
「まだ死んでないっ。まだ生きているよ」
「ダマレ、オレ、ヤクメ、ハタス、ノロイ、ヨウヤクオワル」
「オトウト、オレノコト、ワスレテ」
「ニンゲン、ウラマナイ、ヤクソク、マモレ」
ゴブリンは溶けるように地面に吸い込まれていった。
人間を恨まないようにと、自分の命を奪った相手に、
「兄サン」
一回り小さなゴブリンがフロアに現れた。
警戒するが、襲ってくる様子はないようだ。
子供ゴブリンが歩いてきた奥の方に開け放たれた扉があった。
その向こうにはゴブリンが何人もこちらを睨んでいた。
消えていったゴブリンが持っていたナイフの柄が爆発でボロボロになりながらも塔に吸収されずに残っていた。
それを拾い上げた小さなゴブリンは私に言った。
「オマエ、コロサナイ、ニイサン、ヤクソクシタ、オレ、マモル」
きっと約束をまもる為にお前を殺さないという意味なんだろう。
小柄な身体でこちらを睨みつけるゴブリンはナイフの柄を大切そうに抱えながら扉の向こうに去っていった。
ゴブリンたちが立ち去ったあと、広い部屋の中にはウィルと二人きりになった。
沈黙があたりを包む
「ウィルはしっていたの?あのゴブリンに家族がいたことを、」
「あぁ、知っていたよ。」
「どうして教えてくれなかったの?」
「君が聞かなかったからさ。」
「僕はガイド、この塔の案内人で知らないことはないよ」
「それならなんでっ。」
「君の目的はなんだい?」
「…」
「君はこの塔の上まで登り切って、もとの世界に帰るんだ。」
「帰り道を案内するためのガイドが僕さ。」
「君を元世界に戻すのが僕の目的なんだ、君が元の世界に帰れなくなるような事はできないんだ。」
「だからって、家族がいるモンスターじゃなくてもいいでしょ?!」
「君は勘違いをしているよ、モンスターだって生き物だ。一人で生れてくるわけじゃないんだ。」
「親がいて、子供が生れるんだ。」
「私はあの子のお兄さんを殺したの?」
「そういう風になるね。」
「昔話をしようか、」
「そんなの聞きたくない。」
「いいから聞きなよ。」
いやいやと首を振るがウィルは昔話を始めた。
「むかしむかし、あるところに、…まぁこの世界なんだけど。」
「一匹ゴブリンがやってきました。」
「そのゴブリンは他の種族を誘惑し、子供を身ごもりました。」
「ゴブリンの成長速度は早く、そして繁殖力も高い。」
「この世界のバランスは崩れかけました。」
「困ったこの世界の神様が、ゴブリンに呪いをかけました。」
「塔の中で暮らし、塔の外へは出れないように、そして試練を与えました。」
「冒険者を討伐する事で自由になること、もう一つの試練は死んだあと輪廻からはずれて恨みを忘れること、どちらかを達成した時、仲間を一人、塔の外へ逃がすことができる。」
「呪いを解く気高いゴブリンはあまり居なくてね。それでも外に出るゴブリンはいくらかは居る。」
「でも、戻ってきても結局は他の種族を襲ったり、復讐を企てて塔に戻ってくるのさ。」
「それで、この塔のこの階の扉がどんどん増えているってわけさ。」
「この塔にいるゴブリンは罪を犯したゴブリンとその子孫だから、」
この世界の都合で、この塔に閉じ込められている。そんな理由で?
「だからって私が殺していい理由はないよ。」
「君の世界にも法律や死刑制度はあるでしょ?それと何が違うの?」
「罪を犯した犯罪者が君の隣に住んでいる。」
「それは君の生活に安心を与えるかい?」
「それは、」
隣に殺人を犯した者が住んでいる。もし、そんな事が起きていたら不安で仕方がない。
「この世界にはこの世界のルールと罰則があるのさ。迷子の君に理解できるものではないかもしれない「それでもこの世界の安定には必要な事なんだ。」
「そんなの理解できるわけないよ。」
「そう、これは理解するものじゃないんだ、従うしかない事なんだ。」
「もうそろそろ、一度元の世界に帰る時間だね。あのゴブリンが死んだ事で、君は前に進むことができる。」
「あのゴブリンさんは死ぬ必要がなかったのに。」
「それでも君が前に進むには必要な事だったんだ。それじゃあ、また明日。この世界で待っているよ。明日は、最後のモンスターだ。しっかり休んでおいでね。」
ガイド妖精のウィルの声は私の耳には届いたけど、内容は全然届かなかった。
「明日は今までで一番手ごわい相手だから。」
私はコンちゃんを握り締めて、この世界にもう二度と戻らなくていいように。祈るのでした
。




