小町あかりの自覚③
「先生!」
次の日、私は保健室の扉を開けた。
「あれ、あかりちゃん。どうしたの?」
扉を開けると、優しく幼い笑顔が私を迎えてくれる。
私立源女学園の保険医、青野花先生だ。
花先生はものすごく童顔で、可愛い顔をしてて、優しくて穏やかで聞き上手。だから私はよく相談に乗ってもらっている。
「胸が痛いの!」
保健室に入ってすぐ私が叫ぶと、はな先生は目を点にした。
「…ふっ、ははっ。なーに?急に」
だけどすぐに笑いながら、小首を傾げた。
「あのね、胸が痛いの!」
「ふふ、何かあった?」
とりあえず座って、と椅子を用意してくれる。
私はそこに腰を下ろして、花先生が用意してくれた飲み物を受け取った。今日はココアだ。紙パックの。
「胸が痛いって、具体的にいうと?」
一応、先生らしく花先生はメモとペンを手に持って聞いてきた。まるで診察されてる気分。
「あの、なんていうか、胸がどきどきして、苦しいの。ぎゅう、って感じで痛いっていうか」
「んー?なんだろうね。風邪かな」
「風邪って感じじゃなくて、その、ある人といる時だけそうなるっていうか」
「ある人?」
「その人のこと考えてる時とかも、こう、きゅうって」
「あー…うぅん?それって、もしかして」
何か思い当たることでもあったのか、花先生は顔を引きつらせて苦笑する。
「これって病気なのかな?」
「い、やぁ…先生そこは専門外だけど、それってもしかして、恋じゃない?」
「え…」
花先生の言葉に、今度は私が目を点にする。
「こ、こいって…口パクパクさせてる、あの」
「それは鯉」
「じ、じゃあ味付けをしょっぱくしすぎた時の」
「それは濃い」
「じゃあ」
「あかりちゃん?そのくだりもういいから」
呆れ半分に先生は私の言葉を遮る。
「相手は誰なの?」
「へっ?」
今、私はものすごくまぬけな顔をしてると思う。
先生の言葉に、思考が追いつかないから。
「相手って、それは…」
「あかりちゃんが、恋してる相手」
やけに、“恋”という一文字が大きく聞こえた。
それを聞かれて、真っ先に浮かぶのは、
「あかり来てますか」
静かで、落ち着いた声が耳に届く。
声の方へ振り返ると、扉の所には思い浮かべた相手の姿があった。
「あぁ、田村さん。こんにちは」
先生がその人の名前を呼ぶ。
それに対して、軽く会釈をして応えたのは、幼ちゃんだ。
「友達来たね。相談はまた今度に…」
「あ、う…」
「あかりちゃん?」
こみ上げてくる何かが、喉の奥で詰まって苦しい。
花先生が後ろから私の顔を覗き込む。
扉の方から歩いてきた幼ちゃんも、
「あかり?」
目があった瞬間、全身が一気に熱を帯びる。
胸の奥が締め付けられて、息が吸えなくなった。
鯉のように口をパクパクさせている私を、幼ちゃんは心配そうにまっすぐ見つめてくる。
「〜〜〜っ!!!」
気が付けば私は勢いよく立ち上がって、逃げるように保健室から飛び出していた。
「あかりちゃん!?」
先生の驚く声が後ろから聞こえた。
「おっと、」
出てすぐに人とぶつかって顔を上げると、
「どーも」
金髪の、大人びた女性と目が合う。
「ぅ、〜っっす、すみません!」
頭を下げて、また走り出す。
びっくりした。びっくりした、びっくりした!
けど、幼ちゃんじゃなくてよかった。
今の―赤くなったこの顔を見られたら、恥ずかしくて仕方ないもん…
自覚編あと少し続きます
小分けにしすぎたかな…最後まで目を通していただきありがとうございます