第16話 デート四回目(調べる)
【水曜日、午後六時、永遠に八時を指す壊れた時計台の下。】
ノートに書いた文字に、大きく息を吐くと、
「えっ? 何で、健太郎焼き肉屋の匂いさせてんの?」
うしろから聞こえた高い声に、リビングの椅子から落ちる。
「何やってんの? 何? また、それ、この間調べてたよね?」
手を伸ばすリンが言い、俺は手を取らずに立ち上がる。
「……風呂、入ってくるから、家帰れ」
「何よ! せっかく夕飯作りに来てあげたのに!」
そう言って、リンは両手にしている鍋を見せる。
「今日! うちの両親もだけど、健太郎のおばさんも来週の秋祭りの寄り合い言ってるでしょ! 健太郎に! メールしとくって言ってたよ!」
俺は、そう言えば、夕飯がいらないとメールをしてないと思い。
「まさか! メール見て! 食べてきたの!」
何か、まだ言っているリンを置いて、俺は風呂場へ逃げた。
髪の毛伸びたなと思いながらシャワーを浴びて戻ると、カレーの匂いがする。
「サラダ! 作ってるから、手伝ってよ!」
先週の園田と同じ、リンは勝手知ったるという様子で台所に立つ。
言われるとおり、サラダを戸棚から出して、きゅうりとレタスにトマトを盛り付けた。
「健太郎、大盛りでしょ!」
俺に聞く間もなく、リンは重たい皿とスプーンを渡してくる。
「もしかして、焼き肉、食べてきたの? 誰と?」
背中を向け「食べてない」と返し、テーブルへ着く。
「健太郎のお母さんには敵わないと思うけど、食べなよ」
うしろから聞こえ、俺は一口食べる。
サラダと麦茶のグラスを俺の前に置き、リンは向いに座ってから言った。
「どう、かな?」
「甘いけど、おいしい」
いつもより小さな声と、いつもと違う、こちらを伺っている顔に答える。
「えー、健太郎、甘口じゃないとカレー食べられなかったじゃない」
「それいつだよ、もしかして、これおばさんじゃなくてリンが作ったのか」
元から大きな両目が開かれ、ぷいと右に向く。
「おっ、おばさんがメールしてたでしょ! わっ、私だって、料理くらいするし」
学校を出てから携帯を確認してないとは言えなかった。
「先週、ひとりで作って食べたのか」
「ひとりのときに、作るわけないじゃん」
「そうか、今日は俺の為に作ってくれたのか」
ぐんっと、真っ赤な顔が向いて、今度はゆっくり左に向いた。
「だっ、だったら、うっ、嬉しい?」
「変なもの出されないなら」
「じゃあ」と言ったあと、少ししてリンが言った。
「変なもの出さないから、……ふたりのとき、作りにこようか」
「インハイもうすぐなんだから、そんな暇ないだろ」
「……インハイより、……大事だもん」
いつも、しゃきしゃきしている喋りと違う。
「なんだよ、お前も何かあったのか」
「健太郎こそ、部で、何かあったんでしょ」
また、変わった声に、俺はほとんど手をつけていない皿を見る。
「野球部が練習してないの、健太郎が部に出ないのと関係あるんでしょ」
リンは、いつもより大人っぽい声で続ける。
「噂なんだけど、健太郎が、一年に暴力ふるって厳しくしてたって」
俺は、何も言えず、冷めていくカレーを食べない。
「それで、一年に怪我させて、責任取って部活辞めさせられたって。主将が辞めて、部員が混乱してるか
ら、休部してるって、嘘だよね」
『あいつら』が、学校の誰かにそう話したのだろう。
話の内容から、『あいつら』が発信元と分かるだろうが、大丈夫なのか。
そう思ったとき、「健太郎」と呼ばれ、声色に首をもたげる。
「健太郎がそんなことしないって、私は知ってるよ」
こちらをじっと見る顔は、いつもと違って。
リンが初めて女子に見えた。
今のまま、黙っていれば、もしかしたら男子に人気になるのではと思い。
「リン、今の感じで教室に居たら、すぐに彼氏が出来るぞ」
素直に言うと、ふきんを顔に投げつけられた。
「……馬鹿! 何で! そんな無神経なの! 馬鹿!」
顔のふきんを取ると、リンがばたばたとリビングから出ていき。
「兄ちゃんさ、俺も、兄ちゃんが馬鹿だと思う」
代わりに、塾帰りの弟が入ってきた。
「おかえり、リンがカレー持ってきてくれたから食べろ」
俺は、ほとんど手をつけてないからと、向いに座った弟の前に置く。
「俺、こんなに食べられないし、リンさん、兄ちゃんに食べて欲しくて作ったんじゃない」
こちらに手を伸ばし、麦茶をごくごくと飲んでから続けた。
「ちゃんと、食べてあげなよ」
グラスを置き、俺の前に皿をどんと置く。
「お前さ、いつから、俺って言うようになった」
「兄ちゃんさ、部活辞めたんでしょ、バイトも辞めてリンさんと付き合えば」
「お前、何言ってんだよ」
「リンさん、うちの中学で人気なんだよ、たまに女子バスに指導に来てくれると体育館にすげー人集まる」
「インハイ出場確定選手だからな」
「兄ちゃん、集まるのはほとんど男子だよ、何人か告白してフラれてるよ」
「リンは、年下にモテるんだな」
「兄ちゃんが知らない、分かってないだけで、高校でもモテてると思うよ」
「そうなのか」と返すと、弟は大きく息を吐いた。
「これからは、普通の高校生活楽しめばいいんじゃないの。あれ、アオハルってやつ」
首を傾げると、また、大きく息を吐いて教えてくれる。
「最近は、青春をアオハルっていうのが流行ってんの」
「お前は、頭がいいだけじゃなくて、本当に物知りだよな」
「【永遠に八時を指す壊れた時計台の下。】は知らないけどね」
突然の言葉に、俺は固まる。
「気になったから、クラスとか塾でも聞いてみたけど誰も知らなかった」
「ありがとう」と言えず、俺はじっと聞く。
「でも、塾で俺のライバルが言ってたんだ、永遠に壊れた時計台って縁起がいいものじゃないよなって」