第15話 デート三回目(海沿いドライブ)
さすがに、お姉さんと出会ったときのことは話さず。
俺は、おじさんにも全て言っていないことを、話し終えた。
店員さんにお時間ですと言われ、俺たちは席を立って店を出た。
「門限には間に合いそうだから、少し遠回りしていいかな」
うちの門限は八時だが、彼女が決めている時間は七時で、今は六時半前だ。
シートベルトを互いにしめると、「出発」と彼女は車を出した。
「あ、びっくりさせてないかな」
「何がですか」と言った俺に、窓を手動で開いてから返してくれる。
「私、女にしてはすごく食べるから、初めてご飯に行ったひとをびっくりさせちゃうんだよね、引いてないかな」
「全然です」と返し、
「いっぱい食べる姿、とてもいいなって思いました」
と続けると、車が赤で停まった。
「……何でだろうね、……全然違うのに、同じこと言ってくれる」
ひとりごとの様に言ったあと、ふふっと笑った横顔。
その顔はとても綺麗で、ちりっと胸が痛くなる。
「……探してるひとに、言われたんですか」
『恋人』と言いたくない俺に、車を動かしてから答えてくれる。
「うん、昼休みとか会社の飲み会では抑えてたんだけど、ふたりで会う様になったら我慢出来なくてね、 真剣に、大食い番組出たらって言われたなあ」
また、ふふっと笑う彼女は、とても楽しそうだ。
……俺は、その様子を見ていると、楽しくなくなってくる。
お姉さんが悲しい顔をしているのが嫌で、協力をしているのに。
探しているひとが見つかれば、彼女は悲しい顔をしなくなるだろうに。
自分は、何を考えているんだと思ったとき、隣から聞こえた。
「健太郎君、窓の外見て、すっごく綺麗だよ」
言われたとおりにし、海沿いを走っているのに気づく。
「宇佐美さんに車借りてね、おつかいの帰りにこの景色が見られたの。このあいだ連れていってくれた展望台からの夕日も綺麗だったけど、また、違う綺麗」
彼女の明るい声を聞きながら、窓越しの流れる景色を見つめる。
「夕日と夜、空と海が混ざるところ、こんな風に見られたの私初めてだよ」
言うとおり、赤い空と紺色の空が上に広がり、下にはそれを映す水面がある。
「私、産まれも育ちも下町で、こんな風に山と海に自然がなかったの」
俺にとっては日常の風景で、彼女の言う『綺麗』を感じることは出来ない。
「旅行のときは写真を撮ってばかりで、こんな風にゆっくり眺めることなかった。いいね、いつでも、こんな綺麗な景色が見られて」
それでも、一緒に居ると、今までとは違うものに見えてくるから不思議だ。
「こんな綺麗な景色のところなのに、健太郎君の、悪い後輩君たちみたいなのが育つんだね」
そう言ったあと、「あ」と言い、お姉さんは続ける。
「健太郎君は、同じくらい綺麗でいいこだよ」
俺は何も返せず、隣からの声を黙って聞いた。
「君が、悪いところなんかひとつもないよ」
両目から何か垂れてきそうで、太ももの両手をぎゅっと握る。
「君は、部の為に、いじめられてた子の為に、とても立派なことをしたよ」
俺は、気づいた。
一番好きなのは優しい声だ。
俺は、彼女が好きだ。
「だからね、自分の好きにしたらいいと思うよ」
「……どういう、意味ですか」
小さくかすれた声を返すと、少ししたあとで答えてくれる。
「部に戻りたければ戻っていいし、戻りたくなければ、代わりに好きなことをすればいいと思う」
「じゃあ、来週も、会ってくれますか」
「ありがたいけど、他にしたいことがあるでしょ」
「ないです、あなたと居たいです」
はっと、自分が何を言ったか気づき、車が赤信号で停まった。
「ごめん」と聞こえ、俺は隣をゆっくり向いた。
「来週は、焼き肉食べ放題連れて行けないや」
こちらに向いてる彼女の顔は、本当に、申し訳なさそうで。
俺は、思わず吹き出してしまった。
「情けないけど、お姉さん、無職だからあんまりお金ないんだもん」
恥ずかしい様な、ばつが悪そうな顔をして、お姉さんは前を向いた。
「連れて行ってくれなくても、あなたと居たいです」
青になり、車が進んでから「えっ」と隣から小さく聞こえた。
「今日は、本当に、ありがとうございました」
「先週のお返しだよ、私こそ、ありがとう」
運転する横顔を見つめていると、とくとくと、気づいてしまった気持ちが耳元でうるさい。
「……俺、何も出来ませんでしたよ」
「私の重い話を聞いてくれて、泣く止むまで居てくれる高校生男子は日本中君ぐらいだよ。協力してくれ
るって言ってくれたのもだけど、今日、話を聞かせてくれて納得したな」
前を見ているけれど、彼女は俺をまっすぐ見てくれているのが分かる。
「……俺こそ、重い話をしてしまって」
「君はね、まわりから重いものを背負わされるひとなんだよ。優しくて、真面目で、責任感があって、大
人だから、貧乏くじを引かされてしまうんだね」
「貧乏くじ」の意味が分からない俺に、彼女は、顔色を変えて言った。
「健太郎君、私も、君を悩ませていたひとたちと同じなんだよ。ううん、それよりタチが悪い、君のひとの良さにつけ込んで利用しようとしてる」
言葉を終えてから、お姉さんは口をぎゅっと閉じて。
俺はどういう意味か聞けないまま、商店街の近くの駐車場に着いた。
「してくれたことを、全然返せてないんだけど、今日で……」
俺は、ハンドルを握る小さな手に、自分の片手を重ねた。
「来週こそ、ちゃんと、時計台について調べてきます」
冷たい手はしっとりしていて、ずっと手の中にしておきたいけれど、そっと離す。
「だから、会ってくれませんか」
彼女が、ゆっくりと俺に向く。
もう、日がほとんど暮れて薄暗いなか、濡れている瞳がきらきら光っている。
彼女の頬にそっと指をそえると、濡れてなくて、ほっと息を吐いた。
「……健太郎君は、すごくモテる、プレイボーイなのかな」
「今まで、モテたことはありません」
「……私は、恋人を、探してるんだよ」
「知ってます、来週からはちゃんと探します」
「一条さん」と呼ぶと、彼女が下を向き、指が離れた。
「お姉さん、って呼ぶならいいよ」
「お姉さん」と呼ぶと、ゆっくりこちらに向いてくれ。
俺は、片頬を小さな二本の指でつねられた。
「あと、私に、あんまり優しくしないで」
「約束」と、泣きそうな、逆のような顔で彼女は言い。
「はい」と返すと、ほっとした、緩んだ顔になった。
「私も、ちゃんと調べておくね、今日はありがとう」
俺から手を離し、お姉さんは先に出る。
頬に残された、小さな痛みと温かさをなで、名残惜しいけれど俺も外に出た。