第14話 デート三回目(俺の、二ヶ月前のはなし)
『浅野、主将として、どうすべきか分かっているよな』
八月、夏休み後半、俺が野球部の主将になりひと月経った頃だった。
練習後の部室で、後輩たちの喫煙を見つけた。
その直後、部長へ話をしに行き、ふたりきりの部長の車の中で言われた。
『今は、秋期大会まであと二ヶ月しかない、甲子園出場の切符がかかった大事な時期だ』
毎日、練習前と後に言う、部長の芝居かかっているセリフ。
『それが、お前は分かってるよな』
頷くと、部長は窓を少し開いてタバコを吸いながら続けた。
『私たち大人の数年前からの努力が実って、我が校初めての甲子園出場が決まりそうなの、分かってるよな』
ここ数年、うちの私立高校は野球部に力を入れていて、俺は中二のときにスカウトされスポーツ特待生として入学した。
去年はチャンスを逃したけれど、今年の一年は優秀な奴が多く、出場は確定だと今から地元紙で書かれているのは知っている。
『分かってるなら、あいつらのやる気をそぐようなことはしてやるな、主将として見て見ぬふりをしてやれ』
俺が、口を開けないでいると、
『浅野、甲子園に行きたいなら、大人になって責任を持て』
そう言われ、頷くしかなかった。
その日は、産まれて初めて眠れぬ夜を過ごして。
次の日、身が入らなかった俺は、練習後に神崎に呼び出される。
一年生のなかで一番大人しく、俺や二年生だけでなく、同級生にまでとても気を使っているのは知っていた。
なのに、喫煙をしていた『あいつら』からいじめられていたのは知らなかった。
神崎から相談を受けた次の日、練習後、『あいつら』のひとりを呼び出した。
『いじめなんかしてないっすよ、誰から、そんなデマ聞かされたんすか』
ふたりきりの部室のなか、『あいつら』のひとり、神崎が名前を出したやつがにやにや続ける。
『そいつ、俺より能力低いからやっかんで嘘言ってんすよ、そいつ辞めさせたほうがいいんじゃないんす
か、俺の、部の邪魔になりますよ』
「お前が、そういこうことを言うな」と返すと、顔色を変え、俺を下から睨んで言った。
『誰に向かって言ってんだ、俺ふくめて、優秀な一年全員敵に回してえのかよ』
「回したら、どうなる」と聞くと、にやりと笑って続ける。
『昨日、部長から、俺らのやる気をそぐようなことするなって、主将にはきつく言っておいたから安心しろって連絡きたよ。喫煙するなら部室だけにしてくれって』
けらけらと笑い、俺の胸を片手で強く突いてから。
ぎらぎらと光る、両目をつり上げて言った。
『俺らがいないと甲子園行けねえって分かってんなら、上から、指図してくんじゃねえ』
「主将が、後輩に話をしている」と返すと、片頬を殴られた。
『ほら、殴り返せよ、部長に、主将からパワハラ受けましたって言ってやるからさ』
また、けらけらと笑い始めた顔を、言われた通りにする。
部室の端に飛んでいき、俺はその上に乗って胸ぐらをつかむ。
上半身を起こすと、先ほどまでと違い、とても怯えた顔で言う。
『……やっ、やめろおっ、……こんなことして、いいと思ってるのかよ』
「お前が、殴れと言った」と返し、握った拳を振り上げる。
高い悲鳴を上げた顔を殴る前に、部室の中に、残りの『あいつら』が入ってきた。
それからは、あまり覚えてない。
気がつくと、全員が床に伸びていて、右拳がじんじんと痛く血がにじんでいた。
俺は、『あいつら』をほおっておいて、部長のところへ行き言った。
……俺は、大人になれず、責任を持てませんでした。
目と口を大きく開き、固まっている部長に、今日で部を辞めますと頭を下げ。
学校を出てから、俺は、泣いた。
右拳が痛いからではなく、なぜか、とても悲しくて。
薄暗い道に、ぼとぼと涙を落として帰った次の日。
着替えをする前に部長に呼ばれ、冷房がよく効いた応接室で話をすることになった。
昨日の暴力沙汰を、『あいつら』も俺も表沙汰にしないこと。
今後、『あいつら』へは部長が厳しく指導するので、俺は関わらないようにすること。
『あいつら』に処分は与えないが、その代わり、俺にも処分はなく主将を変わらず頑張ってもらいたい。
秋期大会に向け、甲子園に向け、お互い水に流して頑張ろう。
そこまで言われ、俺は、頭を下げて部を辞める気持ちは変わりませんと返した。
甲子園に行きたくないのか、野球がしたくないのかと聞かれ。
俺は、今の部ではいいですと答え、応接室をあとにした。
次の日、練習に行く時間に起きた俺は、パート前の母親に部を辞めることを言った。
理由を聞かれたが、言わないでいると、おじさんを呼ばれた。
おじさんに喫茶店に連れ出され、言わないでいると、父親が昼休みに現れた。
理由を言わない俺に、母親には自分から話しておくから、とりあえず部を休めばいいと言ってくれた。
次の日、パートを休んだ母親と、家に来た顧問と部長に部に戻るよう説得された。
俺は、おじさんの家に逃げ、父親からしばらく居るよう言われた。
一週間後、両親が迎えにきて家に戻り、おじさんから説得されていた俺はやんわりと事情を話した。
ふたりは、俺の好きにしていい、夏休み明けから転校をしてもいいと言ってくれた。
親なのに、とても好きな野球を辞めるまで悩んでいたことを、気づいてやれなくてすまないと謝られた。
全てを話せないこと、自分の勝手に両親を巻き込んだこと。
……俺は、自分のせいで、色んなひとに迷惑をかけたことを知った。
俺が、大人になって、責任を持てていたら。
部長の言うことを聞き、『あいつら』がやっていることを無視して。
神崎の気持ちを無視したら良かったのか。
いくら考えても、弟と違って野球馬鹿の俺の頭では答えが出ず。
夏休みが終わり学校が始って、家に居ても腐ってるだけだろうと、気を使ってくれたおじさんがバイトに誘ってくれ。
平日の放課後毎日に土日もバイトして、部長から部を辞めたあとの話をされ、ああもう部に戻ることはないのだと思った。
そんな、全身から、何かがすぽんとなくなってしまっていたときだった。
彼女は現れ、僕をいっぱいに満たしてくれた。
……俺を、綺麗なお姉さんが救ってくれた。