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第13話 デート三回目 (焼き肉食べ放題)

「えーっと、とりあえず、タン塩、ハラミのタレと塩と味噌、カルビ、厚切りカルビ、豚トロ、厚切りベーコン、サンチュを三人前、あ、あと、ロースステーキをガーリックバターで、飲み物はウーロン茶で」


 「食べ放題飲み放題だから、遠慮せずにね」と、お姉さんがメニューを渡してくれる。

 車で二十分ほど、国道沿いの焼き肉店に入ったのは初めてで、「同じものでいいです」とメニューを店員さんに渡す。

 まだ五時前で、夕飯には早いからだろうお客は俺たちだけ。

 すぐに、次々と、肉の皿がテーブルに並び、


「うわー、きたきたあっ、ありがとうございます!」


 両目をきらきらさせたお姉さんの声が、お店のなかに響いた。


「さあ、どんどん焼いて、どんどん食べようねえ!」


 彼女はトングを持ち、ふたりのあいだの網に肉を置いていく。


「はいはい、これ、今一番おいしいよ」


 次々と俺の皿に置いてから、自分の皿にも。

 「いただきます」と両手を合わせてから、箸で口に入れ、「くうっ」ともらし。

 とてもおいしそうな、すごく、幸せそうな顔を見せてくれる。

 俺は、ほっと息を吐いてから、箸を動かし始める。


「あ、気がつかなくてごめんね、普通はいるもんね」


 俺が追加で頼んだ、ご飯大がテーブルに置かれると彼女が言った。


「ごめんね、私、肉食いでご飯忘れちゃうんだよね。すみません、私も、ご飯下さい!」


 我慢出来なかった自分を恥ずかしいと思っている俺に構わず、にこにこと、お姉さんはトングを動かし始める。


「私ね、焼き肉がこの世で一番好きな食べ物なの。こうやって焼いて食べてたら、嫌なこととか恥ずかしいことを忘れられちゃうの」


 とても楽しそうに、ぱちぱちと焼けた炭の上にある網に肉を置いていく。


「……恥ずかしいことも、ですか」


「そうだよー、お姉さんぐらいの歳になるとね、嫌なことより恥ずかしいことを忘れたくなるんだよ」


 そう言って、少ししてから、「先週は、ごめんね」と彼女は頭を下げた。


「メールで謝るのはと思って、恥ずかしいところ見せて、ごめんね」


【明日、学校が終わってからうさぎ書房に来られる?】


 昨日、お姉さんからのメールに、【はい、大丈夫です。】とだけ返した。

 本当は、連絡がくる一週間の間に、何度も何度も連絡をしようと思った。

 でも、どこまで踏み込んでいいのか分からず。


 ……俺が、彼女に何を出来るか考えているうちに、一週間経ってしまった。


「……頭、上げてください、……俺こそ、すいませんでした」


 ぶんっと首をもたげ、彼女が大きく言った。


「何で! 健太郎君が謝るの! 私が謝ってるの!」


「……謝らないでください。……こんな、俺なんかに」


 頭を下げる前に、鼻の先、ほこほこと煙が上がる肉がくっつくぐらい近づく。


「やめよう! お肉食べよう!」


 お姉さんは、俺の皿に肉を入れて、にっと笑った。


「お肉って、食べれば食べるほど、なんとかっていう身体をつくる物質になるんだよ」


「……たんぱく質ですね」


「そうそう! 健太郎君は、スポーツマンだからいっぱい食べなきゃ!」


 「もう、違います」と言い、俺は箸を置く。


「……俺は、もう、野球をすることはありません」


 「なのに」と、言ったあと、自分の口が滑っていることに気づく。


「健太郎君、君みたいないい子が、僕なんかって言う理由を話してくれるのかな?」


 向いの顔は、笑みを浮かべている。

 からかいや、親の子供を見るようなものでないと分かる。

 俺は、うっかり、両目から水をこぼしてしまった。


「まず、もったいないから注文したの全部食べよう、それから、話してね?」


 「はい」と、返し、俺は彼女がお皿に乗せてくれるお肉を全て食べ。

 注文してくれたアイスを食べて、温かいお茶を一口飲んでから、話を始めた。


「……おじさんから、聞いてると思うんですけど。俺は、ひと月前まで、野球部の主将をしてました」


 「うん」と頷き、メロンソーダを飲んでいるお姉さんは、まっすぐ俺を見てくれている。


「……うちの高校、最近、スポーツに力を入れだして。他の部はインターハイうちの部は甲子園目指してて。……中学二年のときにスカウト受けて、学費免除で入学して、三年生が引退した八月から俺が主将になりました」


 「うん」と、俺のたどたどしい説明を聞いてくれる。


「……甲子園に出るための大会が十月にあるから、俺は、主将として、……がんばってたと思うんですけど……」


「うん」と、ストローから口を離している彼女が言い、顔を下げるのを我慢して続ける。


「……今年入ってきた、県外からの一年の数人がとても優秀で、……来年、うちの野球部は甲子園確実だと地元紙にも書かれるようになって……プレッシャーすごいけど、頑張ってたけど……一ヶ月で辞めることになって」


 俺は、口を閉じて、とても重い口を開く。


「……俺がひとり辞めたところで、甲子園行きには影響しない……、けど、ものすごく大事な時期に部員達を動揺させて、練習拒否させてしまってる、……その原因は、俺で、……俺が、子供で責任を持てなかったからだ」


『浅野、甲子園に行きたいなら、大人になって責任を持て』


 部長の声が聞こえ、口の中がとても苦いのに気づく。

 「すみません」と向いから聞こえ、こわごわ首をもたげる。


「デザート追加で、スィートポテトバニラアイス添えとチョコバナナパンケーキとメープルフレンチトースト、それと熱いお茶をふたつお願いします」


 彼女が店員さんに注文をして、俺に、にっと笑みを見せる。


「嫌な話するとさ、口の中、すっごい苦くなって身体が冷たくなるよね」


 俺は、ぐっと口を閉じ、出そうになった涙をなんとかひっこめる。


「デザート食べて、温かいお茶飲もう、そのあと、まだ話したいって思ったら」


 「ね?」と、首を傾げた顔に、すでに温かくなっている両手を握り、「はい」と返した。




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