イボンヌと井戸
宜しくお願いします。
アメリカ西部の大草原の片隅の、小さなレンガ造りの家にイボンヌは住んでいた。イボンヌは母と二人でこの家に住んでいる。イボンヌの母が結婚を期にこの地域にやって来て、この家を建てた。イボンヌは生まれてからずっとこの地域しか知らない。イボンヌの父は3年前から行方不明だ。何故、父がどこかへ消えたのか、イボンヌもイボンヌの母もわからない。イボンヌの家は建ててから20年経ったので、かなり古びてしまった。レンガの所々にはひび割れがあり、レンガの面積の10分の1程は苔に覆われている。イボンヌは8歳だ。イボンヌ達は重く、静かに、そして、清らかに生きていた。
イボンヌの母は馬車で町の製糸工場に働きに出る。朝早くに家を出て、夕方に帰ってくる。イボンヌは母と共に朝食を食べ、母の用意していった昼食を一人で食べ、町から戻った母と夕食を取る。イボンヌは一日の大半を一人で過ごす。
イボンヌの家の庭には、もう、つかわなくなった井戸がある。レンガ造りの井戸だ。母が町に向かったあと、イボンヌは何度も一人で、この井戸を覗き込む。今日もイボンヌは優しく太陽が照る、午前に一人で井戸を覗き込んでいた。井戸を覗く。中は真っ暗で、底など見えない。イボンヌは庭で石を探した。そして、小石を拾い、井戸へと落とした。ぽちゃん。しばらくしてから、石が水に落ちる音が聞こえる。イボンヌは、一人、静かに微笑む。イボンヌは井戸の底の世界を想像する。イボンヌのこの小さな小さな世界の中で、ただ一つ、まだ、知らない場所。イボンヌは今日も、井戸にもたれ、井戸の底の世界を想像する。井戸の底では魚人が暮らしている。井戸の底には海へと続く通路があり、魚人は井戸の底と海を行き来している。魚人とは、人魚の逆。上半分が魚。下半分が人間の足。魚人は魚のように体をうねらせ、人間の足をバタ足させて、泳ぐ。魚人は朝、海へと向かい、夕暮れまで海で過ごす。そこで海中のいたるところを泳ぎまわり、小魚を食べて、夕暮れになると、井戸の底へと戻ってくる。魚人は毎日、海で戦いを繰り広げている。魚人の敵はイルカだ。イルカは魚人を憎んでいる。魚人はその理由を知らない。イルカは魚人を見ると必ず、攻撃を仕掛けてくる。イルカの体当たりを何度も受けた。今では上手くかわす。魚人はイルカの体当たりをかわし、人間の足でイルカの眼球を目掛けて、キックする。魚人は何度もイルカを失明させた。魚人は戦う。今ではそれが当たり前だ。クジラはいつも、それを静かに眺めている。魚人には海中で見つけたお気に入りの場所がある。巨大な洞窟だ。魚人はいつも、その洞窟に入り、一番奥まで行くと、また、戻り、洞窟を出て、また、海中のいたるところを泳ぎまわる。魚人は時折、海上から頭を出す。何度か、船から人間に目撃されている。人間達は、陸に戻ってから、その話をいたるところへ広める。魚人は一度、人間達に捕獲されかかったが、逃げ切ってみせた。今では海で魚人を知らない者はいない。だが、魚人には話し掛けない。魚人は一人で泳ぎ続ける。魚人はいつも、海で新しい場所を発見する。魚人の探索は続く。
魚人は今頃、海の中を……。
などと考えている内に、イボンヌは眠ってしまった。
おわり
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