表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/21

第四節

私の心音を聞いてください。

「あなたのお客さん、また自殺したって……?」


 同僚だ。私の客の(この表現でさえあまり使いたくない、なのでこの同僚は嫌いだ)自殺率が前期より高くなっていると、私の営業簿を勝手に触って言うのだ。

 前にクレイフェン=オ=テピナが飛び降り自殺をして、そのたった一か月後にツァーヤ=サティリナも飛び降り自殺をした。この両者に対して報道はされなかったので、彼女たちの自殺に関して、最も近い立場でいて、しかも止めるべき立場の私が疑われたのだ。

 けれど、こういったことで言及されるのは、フェアラカヘの支援を受けられるような、十分な資金がある人間だけ。ここの支援も受けられないような貧困が自殺しても、誰も気に留めないどころか、生きていた記憶すら失っていく。私は、それが許せなかった。

 前に読んだ本だと、霊体人間は記憶を長く長く保持することができるそうだ。今の社会を変えるには、セキラちゃんのような、社会構造に恨みを持っている霊体人間が増えるしかない。そうして今の社会へ復讐してもらう、私の狙うところだった。実際、今のところは成功している。

 もし私が、クレイフェンやツァーヤ……つまり、セキラちゃんを煽って、それで犯罪を起こさせているとして、その記憶は誰が持ち続ける?私だけだよ。どうしてこんな貧乏な、客の少ないフェアラカヘに、記録媒体などつけられるものか?


「セレラーシュ=ファーゼン……。 ここのところのあなたの営業態度、何かがおかしい」


 今すぐにでも私は同僚を殴りたかった。殺したかった。

 このフェアラカヘが、人々の最後の砦だって言うのに、なのに営業という表現を使うか?いちいち表現が頬をかすめるのがまた嫌いだ。


「何がおかしいの? 私はただ……」


 反論するにも、言葉が出ない。いつも話を聞いている受け身の立場だからか、もしくは私の思いを悟られないように、文法たちが守ってくれたか。


「まあ、他人の心に踏み込む職業なんだから、あまり気にしないこと。……私もこれから、気にしないようにするから」


 とぼやくと、同僚は自分の持ち場に去っていった。無関心な人間が。


 しばらく話し相手(この表現の方が金のにおいを感じないので、私はこの表現が好きだ)も来ないらしい。折角なので、セキラちゃんのことでも考えて、茶を美味しく頂こうと考えた。

 次も女の子でいてくれるかな、男だと怖くて逃げちゃうから。エレイディナが物理的にも経済的にも倒産したことも聞いたから、巧くやってくれたんだね、今度美味しいお茶でも一緒に飲もうか、でもセキラちゃんは味を知れないんだっけか、ならもっと他の感覚を教えることはできるかな、例えば、恋だとか、友情だとか、愛だとか、快楽だとか……

 セキラちゃんのことを考えると、すぐに頭が綿に包まれて、セキラちゃんのことしか考えられなくなる。他の話し相手とお話しているときに、うっかりセキラちゃんの名前が出そうになったことだってある。

 この気持ちが、好きって感情なのかな。セキラちゃんのことを考えて、セキラちゃんの声を頭の中で思い浮かべると、心臓が最初活発になって、それから落ち着いて、体はほんのり暖かくて、脱力して、でも眠りとは違う、別の楽園へ行けるから。きっとこれは、普通の好きとか、じゃないのかな。

 これまでのセキラちゃんのお話、一字一句覚えてる。他のお話相手さんだと、すぐに忘れちゃうのに。一つ一つ、セキラちゃんの、肉体を通して魂から発せられるその音を思い浮かべては、また心臓が怠惰を覚える。でも、これがまた心地よくて、私にとって、セキラちゃんは楽園だ。

 セキラちゃんにとって、私は何なのかな? お話を聞いてくれる優しいお姉さん、かな? 職業倫理からすれば、これ以上互いに求め合ってはいけないことは分かってる。けれど抑えられないの。

 もっと深い関係になりたい。あなたの魂の炎で燃やされたい。私を燃やしてほしい。復讐のような熱い音で、私を殺してほしい。私をもっとおかしくしてほしい。私から職業を奪ってほしい。私の心音を聞いてほしい。ずっとあなたを求めてる。あなたの居場所になりたい。あなたの大切な人になりたい。たとえ私が有限な命であっても、あなたをずっと私のことで悩ませ続けたい。

 あなたを愛してしまいたい。

 私を愛してほしい。

 たったこれだけのために、私は私をやめてしまいたい。

 もうきっと、私はセキラちゃんに、十分燃やされているんじゃないかと思った。まだ冷たいの。まだ冷え性が治っていないの。私の頭脳まで燃やして。あなたの炎に焼かれたい。あなたに殺されたい。


 きっと、これは恋なんだ。


 前に私の両親に聞いたことがある。私の名前の由来について。

 セレラーシュ。その意味は『欲する心臓』。

 

 だから、私、セキラちゃんを求めてしまってもいいんだよね? また女の子でいてくれるよね?そうじゃないと、私、今度こそおかしくなる……いいや、もう、おかしくして。


 私を殺して。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ