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第三節

膨れ上がる煙の功罪。

 私の名前はセキラ。今はアヤの皮を被っている。私が如何なる姿であろうとも、声であろうとも、匂いであろうとも、温度であろうとも……他の誰でもない私だ。私は私であり続けている。

 食料の配分を管理する企業エレイディナの、機構そのものを破壊して、上書き保存してやれば復讐は済むとは思っているが、その前にエレイディナそのものを爆破でもしてやれば完璧だと思っている。今は、ただ……


 この、エレイディナへの復讐が終わったというなら、私はまたこの体を捨てて、新しい肉体になるのだろう。その前に伝えに行きたい相手がいなければ、おそらく私は独りきりの、反魂する武器でしかない。


「セキラちゃん、また……お別れになっちゃうの? 私は待ってるよ……」


 というわけで、セレラーシュに会いに来た。私は、エレイディナを文字通り破壊することと、そのために爆弾が必要になることと、爆弾の入手方法や材料の流通経路・製造方法を知りたいということを話したが、言葉にした瞬間、エレイディナ爆破は違うが、『これはフィスタフィラで調べた方が早いんじゃないか?』と思った。こういったことに気付くのに、フェアラカヘは良い場所だ。


「爆弾……爆薬のことかな? それなら、会社の建築物の構造から、どこが弱いのか、逆に、どこが強いのか、理解しておくべきだと思うよ……馬鹿にしてるんじゃなくて、ね?」


 できれば、爆破のための出費は押さえたいし(別に、この肉体が破産してもどうも思わないのだが、人道的判断をするなら葬式の金ぐらいは残してやりたいし、あの会話に割り込んでくる上司の言う『アヤの両親』のことも考えると、やはり出費は押さえたいのだ)、流通経路が他人に漏れると最悪、計画も未遂のまま終わってしまうし、模倣犯が増えると私としても困る(いや、逆に増えた方が良いんじゃないか?)ので、ここはセレラーシュの案に同調することにした。

 これまで私が聴いた・歩いた・嗅いだ・味わったエレイディナの全貌を頭に描く。

 そう上手くもいかないか。だって、修理があまり必要にならないように、丈夫に丈夫に造られているから。けれど、人間の造ったものだから、必ずどこかに穴は在る。疵だって在るはずだ。


「セキラちゃん、頭の中だけだと考えるのは難しいよ」

「また私を馬鹿にした?」

「ちがうの! 紙とかに浮き出してやると、考えるのが楽になるかな、って」


 考え込んでいる私を聴きかねて、セレラーシュがカンプ紙を10枚くれた。安い紙だが、丈夫だ。

 私は1枚を手に取って、書き込み棒をもう一方の手に持ち、構造を描く。

 セレラーシュの言葉にも頷ける。確かに、これは頭の中だけで完結させることはできない。地盤、定礎、そういったものを考慮しながら、どこに穴が在って、どこに疵が在るのか、図から探さなければならない。

 修理があまり必要にならないように、丈夫に造ると何がいいかというと、修理費が節約できるということだ。しかし、それでは修理をする職業の人が食うに困る。なのにここクィアでは、そういったことを知らずに、あるいは知っていてわざと、丈夫に造っているのだろう。

 修理があまり必要にならない、ということは中に疵が在ったとしても、明らかに壁や天井が外れたり、床が抜けたりしない限り、気づかない……ならば、おそらく、表面に出ていないだけで、経歴のように疵だらけなのかもしれない。

 ─ただ、それ以上に貧困にいる人間の方が、傷だらけだが。


 明らかになりにくい場所。普段人が出入りしなかったり、踏まなかったりする場所は長持ちする分、疵に気づかれにくい。清掃などでも少しずつ、人が入って踏んでいくのなら、その分劣化は早くなるし、しかし疵には気づかれやすくなる。そういった場所はあるのか?もしくは……気づいていないだけなのか?

 表出しにくい場所。地中。人の出入りしない場所。地上にそんなものはない。立体駐車場。地下の駐車場。もしくは……定礎。基盤。


 定礎のうちでどこが疵まみれで、一番壊しやすいか? 周りの地面との接触で壊れにくくはなっていないか? いいや、この問題もこれで解決する。

 定礎そのものを爆破してやれば、自動的にエレイディナは物理的にも、企業的にも沈み、破壊される。

 いや、そう簡単に上手くいくか? そうか、爆薬の量、爆薬の質のこともあるか。おおよそ中てはついた。


「セレラーシュ! ありがとう、ちょっとエレイディナ爆破してくる!」

「大声出さないでね、他のお客さんに漏れちゃうよ」


 興奮のあまり、大声になってしまっていた。

 この興奮はつまるところ、あれだ、頭を使う図面を、指定通りに埋め尽くせたような興奮。

 胸が騒ぎだした。

 大丈夫。

 うまくいく。もしくは、うまくいかなくても、私が直接壊す。


 ところで、爆薬の入手経路に関しては、フィスタフィラ上の人間と交渉することでどうにかできた。しかしこの世の人間はみんな爆破がしたいらしい。検索履歴にも沢山残っている。本当に大丈夫なのか?

 密輸になると面倒くさそうなので、とりあえず同じ大陸の中から、サーファン群地の爆薬製造企業と話をして、交渉と契約を交わして、またアヤとして振舞うこととした。

 さて、爆破する前に準備が必要だ。


 上司を裏に呼び出し、刃物を突き付けて、有休を得てきた。といっても5日間だが、構想は既にあるし、あとは実現させるだけだ。

 富裕層にも、貧困層にも等しく配分される構造。特に、貧困層には家がないことが考えられるので、道に配分させておけば、あとは勝手に満たされてくれるだろう。エレイディナの構造を参考にしながら、私なりに新しい構造を作り上げた。偉い人が、人間の特権である創造をしないのなら、最も人間らしいのは、きっと私だ。厳密には違うかもしれないが……だって、この世界は怠惰が蔓延しているから。

 そうこうしている間に爆薬が届いた。製造方法もフィスタフィラで学んだ。噓八百と言われることがあるが、その中でも証言の一致する、信頼できる情報を胸に、製造することにした。不測の事態も考慮して、遠く離れても爆破できるように、少しだけ改造を加えて。

 もし時間が許すなら、実験でもやればよかったのだが、そこはまあ、爆薬と自分を信じるしかないし、この計画が漏れたら困るのは私の方だし。

 諸々の準備は済ませた。私はできる。やれる。


 有休が過ぎて、私に解雇届が出されたことを知った。


 もう遅い。机の上に置くくらいなら、家に届け出ればいいのに。だからおまえは今から破壊されるというのに。馬鹿なやつら。

 爆弾は設置した。送別会はしないさ、これまで酷く当たってきたんだから。

 私は家に帰る。そして、遠隔操作できるようにした、爆弾を。


圧迫企業エレイディナ。     その定礎、おまえの未来だ。

おまえの未来を私は頂いてやる。 報復だ。 報復の時だ!


 遠くから爆発音が聞こえる。成功したらしい。

 こちらにまで飛んでくる炎の香りを嗅いで。


 成し遂げた。


 さて、こちらでもやるべきことはしておかねばならないか。名前や形式が同じであること、保存場所を確認して、上書き保存。

 これで、完全に、完全に……!

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