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第二章 第一節

覚悟しろ、理解の獣よ。

 私の名前はセキラ。大切な親友から、今は亡き親友から貰った名前だ。私が如何なる姿であろうとも、声であろうとも、匂いであろうとも、温度であろうとも……他の誰でもない私だ。私は私であり続けている。

 前の体を殺して、私は次へ入る。きっと、また入れ替わるだろう。ところでこの女性は誰だ、普段は何をする人だ……?




 自身の血の匂いと、散乱する硝子と肉の塊の中で意識を覚ました。ああ、今回も入り込めたのだ。

 クレイフェンの時は、周りの人が地位を教えてくれていた。その中で生活するからと、私も周りを覚えるようにしていた。覚束ない視界で、思考を照らしながら。

 新しい私の肉体の、何か、身元がわかる物体はないのか。機械の中を探って、50を3回ほどして。


─アヤ=サティリナ

エレイディナ正社員─


 名刺か。クレイフェンの時も何回か触った。最期に触ったのが……ああ、もう思い出すのも嫌なあの男か。はぁ……

 さて、自分の身元がわかったところで、今度はまた、この「アヤ」をなりすますための情報が欲しくなった。一般に、人間の個性が現れるのは購入履歴だ。もし、購入履歴の紙を捨てていない場合、家計簿をつけるために残しているか、あるいは単に放っておいているだけなのかに別れ、捨てている場合は、家計簿をつけていないか、私のような奴に自分の生活を知らせたくないような用心深い人間に別れる。さあ、どうだ?

 家計簿をつけている。しかし、購入履歴といった個人証明はない。大雑把な合計金額だけが残されて、何を買ってそれだけの金額になったかが釈然としないのだ。これは用心深い人間だ。アヤはそういう人間だったのだ。

 更に情報が見つかった。携帯端末がある。ここに何か日記のような、記録があれば、そこから私は彼女を模写できる。きっと、完璧に。分身の失敗といえば、大抵は本体が既に存在しているという、贋作と真作の関係に係る。私なら、本体しかいない。

 ……アヤはどうも、手書きよりも機械の方を信頼している人間だったらしい。赤の他人が自分の日記を読んでいるとは、想定もしないだろうな。もう、想定をする意識も存在しないだろうけど。


 本人の情報を集めていたら、けたたましい音が響いていた。私はそれを無視した。クレイフェンのときに、「知らない人の電話に出ないでね」と教えられたから。アヤにとっては知っている人でも、私にとっては初めて知る人で、知らない人だから、出ない。

 と、一回セレラーシュのところに行きたい。今の私はこの肉体だよ、と教えておきたい。職業だから顔を出さなくても心配はされないだろうけど、それだと少し寂しいと思うのは、私も人間のふりが上手くなってきたのだろう。

 この近辺にはフェアラカヘ=ティエセフィネが異様に多い。セレラーシュの働いているところを、完璧に覚えていないかもしれない。

 自分の霊魂と記憶を頼りにするしかなかった。気よ、ただ確かに在れ。


「あの、初めてのお客様ですか?」

 受付から既に違った。確か、ここがセレラーシュの働いている所で間違い無いのだが……

 周りには俯いた人が沢山いる。クレイフェンだった頃もそうだ。……また、貧困から奪う気か、この社会は。人をおかしくさせて、治療するためにこれこれこれだけ払いなさい、と通わされて、それでも治らない、で気づいたら薬物に溺れていて……嫌な想像だった、けれどそれしか今の私を描けなかった。

 受付の所で固まっていたら、懐かしい声が聞こえた。ああ、嗚呼……


「いいえ、あの子は新しいお客さんじゃないよ。アヤさん、どうぞ」

 セレラーシュ。

 優しげな声に、自分の罪を告白してもいいと思った。彼女には嫌われたくなかったけど、どこかで嫌ってほしい気持ちもあった。裁かれたかった。でも、きっとセレラーシュは裁けない。

 クレイフェンの成長と一緒に、セレラーシュも年を経ていたから、安心もできるし、その一方でどうしても、嫌ってほしいような気持ちもあった。

 なぜ、暗い炎が燃えている?

 疑念を持ちながら、彼女に案内してもらった。久しぶりに座るフェアラカへの椅子は、クレイフェンの母親のような柔らかさだった。


「セキラちゃん。体を変えてから、真っ先に私の所に来てくれたの? 挨拶に来てくれた? ……嬉しいな。またあなたとは、お話がしたかった。今日は、どんな悩みを話したい?」

 わかってくれたか。

 なら話さなければならない。ラヴァッセとの邂逅。あの醜い大男を、殺した、夜。


「……私、やってきました。殺してきました。ラヴァッセ……税取りのラヴァッセ。ラヴァッセ=クハンラヴィエズを……。人を殺すって、とても怖くて……けれどやるしかなくて、やるせなくて、復讐したいけど、人の積み重ねた地層を無禄にできなくて、でもあいつは碌な運動をしていないのが丸わかりで、そんなんだから女に逃げられるって、解ってるのか……」


「殺してくれたの……?


セキラちゃん、私はあなたがいるだけで嬉しい。でも、もう自殺だけはやめてね」


 自殺は最後の策だ、無闇にとる策じゃない。一回死んだ経験のある私だって、もう一度死ぬのは怖かったんだ。人間として振舞っていると、特に。


「……そうだ、セキラちゃん、お菓子作ったよ。ぺぺリーの呪いとかは、無かったっけ? そういうあたり、私まだ教えてもらってなかった。呪いとかは肉体依存だけど、クレイフェンだった時は、そんなこと無かったと思うし……アヤは、ぺぺリーの呪いは持ってる?」

 わからない。だから受け取れない。

 善意を棒に振るようで悪いけれど、私には味覚がわからないから駄目だ。セレラーシュと一緒にお菓子を食べたい、と思う気持ちも確かにあったが、これは仕方なかった。


「そっか、まだ、アヤになって年月が経ったわけでもない、寧ろ数時間ぐらいしか経ってないから、仕方ないよね……次に来る時には、食べてほしいな。私ね、最近お料理の練習してるの」

「セレラーシュも、いつかお嫁に行くの?」

「お嫁? とんでもない! 男の人なんて、怖くて、考えただけでも……卒倒しちゃいそう……

ごめんね、おかしいって思っちゃうよね、でもこれが私なの。いいでしょ? セキラちゃんと話す分には、大丈夫……できれば、次も女の子だと嬉しいな」


 どうして今までやっていけていた? いや、仕事だから普通に大丈夫か……きっと、個人的な生活の話になると男性が苦手なんだ、そうなんだろうな。そうなんだろうな……?


「あ、また喋り過ぎちゃった……私のいけないところ、また分かっちゃったや。

セキラちゃん。もっといっぱいお話ししようね、そしたらあなたの素敵な所、私も、勿論あなたも! 解ってくると思う、から」

 前まで頻繁に行っていたものだから、話していない情報や、共有していない情報だって特に無かったと思う。よくよく考えたら、最後にセレラーシュと話したのは一昨日じゃないか。最後に話した後に、あの大男との縁談の話があって、それで殺して……本当に話す情報がない。もう最初の方で使い切ってしまった。


「ところで、アヤは……今日お仕事じゃないの? セキラちゃんは、きっと拒否感を覚えると思う。だって、その、アヤの務めている所……エレイディナって言うでしょ、

そこね、食料を稼げるように分配する所。言い換えれば、金の払えない貧困層に用は無いって切り捨てる所。どう? セキラちゃん」

 ああ、そんな会社こちらから退職届だ。この欠勤で解雇されるくらいなら、爆破ぐらいしてやるわ、ぐらいの気持ちでいよう。


「セキラちゃんは、フィスタフィラ知らないよね。あそこにエレイディナの、全てがある。」

「ふぃすた、ふぃら?」

「フィスタフィラっていうのは、情報を瞬時に公開して……脳髄わかる? 物を考える場所。 フィスタフィラに対応している機械なら、いつでも繋げられるの。脳髄の仕組みと殆ど同じで、脳細胞の繋がりをも再現している……ってのは割とどうでもよくてね、このフィスタフィラにエレイディナの全てがある、ならば……良い子のセキラちゃんならわかるよね?」

「私、そんな良い子じゃ……」

「良い子だよ。答えは?」


 一瞬で想像できた。張り巡らされた導線が容易にした。つまりは……『フィスタフィラにある、エレイディナの情報を、根刮ぎ失わせればいい』、と?


「やっぱり良い子だよ、セキラちゃん」

 声が近くから聞こえると思った。実際に、近づいていた。すぐ隣に。

 息を荒げている。そんなに、向かい側からここまで来るのに体力がいるのか? あちら側の椅子と、私の座っている方の椅子の間には、私一人分の距離しかないというのに。

 つい可笑しくなって、セレラーシュの頬を触ってみる。

 ─熱い。


「セレラーシュ、ちょっとおかしい……何か病気でもあるの?」

「あ、ごめんね、つい……


また、来てね」

 最後に、セレラーシュは両腕を広げて、立ったままでいた。最初、両手を振るのかと思っていた、けれど振らなかった。私は不思議に思いながらも、ここを去ろうとすると、セレラーシュは、受付にいた人たちと同じように、俯いてしまった。


 このフェアラカへから、今の私の肉体の棲家までどのくらいの時間が経つのかをぼんやりと考えていた。

 また、けたたましいあの音がする。携帯端末からだ。手に取って、何が起きたか確かめてみ

「とうとう本性を現したか! この売女め、お前も親のように売春宿に売られるか? 若いから客だって着くだろう、この底辺が、貧困が人間のふりなんて世界が終わってもあり得るものか! うちは上流企業なんだぞ、これ以上、品格を落とされたらどうなるかわかってるよな?」


 糞上司が。

 そしてアヤ……死んでまでこんな文句、聞かされたく無かったよね……ごめんね、ああ、最近は肉体に謝る癖がついてしまった……。

 しかし酷い人間だ、向こうの、人間という獣は。もしかしたら私のような、貧しい人だけが人間で、富める人なんて人じゃない、獣なんじゃないか、とも思う。現実は違う。

 このまま逆転したとしても、貧困が富裕に、富裕が貧困に変わったとしても、おそらくはまた、同じ構図を繰り返す。それでは無意味だ。

 妥協を。貧困も富裕も救われる一つの道だけが、私の欲する心臓だ。



 脈動の為に、お前の自律神経を殺す。

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