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第三節

弾けるように、熱くあれ。

 私の名前はセキラ。今はクレイフェンの皮を被っている。私が如何なる姿であろうとも、声であろうとも、匂いであろうとも、温度であろうとも……他の誰でもない私だ。私は私であり続けている。

 私は復讐を志した。そのために命をも殺めた。殺人ができた。この社会を作り出した諸悪の一つを、私の手で消せたのだ! しかし、社会はその血を許そうとしないだろう、私が選ぶのは、私だけができる解決策だった。


 婚約者を殺した。しかし、汚い血よ。

 私の、このクレイフェンの体まで穢れてしまうところだった。彼女が生きていたら、私はどれだけ喜ばれるか、それとも─恐ろしがられるか。

 刃物、を持つ手にも、そして衣服にも侵食する鉄の匂いが、どんなに洗っても取れない。流水にどれだけ浸しても取れない。鼻が慣れることもない。シュペルの血なら何回も嗅いだのに、なのに、いつまでも慣れないし、慣れてしまったら私は終わってしまう気がする。復讐の為に生きる怨霊になってしまう気さえした。


 風を感じた。そうだ、窓が開いている。

 流れ込む風が、私の衣服を揺らす。鉄の匂いと共に、周りに繁殖する。ああ、ラヴァッセはそういう奴だった。どれだけ最小の単位になろうとも、人間というのは、自身を主張する生物だ。

 窓。ここは高い。飛び降りたらどうなる?

 この高さなら、死んでしまう気がする。いいや、確実に死ぬ。

 監査役もいない、この場所では私ただ一人が意思において自由だ。私はこの罪を償うべきか?否。償うのは、社会の方だ。


 この高さから飛び降りたら確実に死ぬだろう。……一度死んだ者が、もう一度死んだら、それはどうなるのか?

 ある恵まれない子供の空想が、死体を乗っ取って動かして、もしその死体が人間の形状を留めなくなったとしたら?

 ……好奇心と、後味から選んだ、私なりの、私だけの解決策だった。



 クレイフェン、ごめんね。

 長生きしたくなかったよね、あんな男と婚約させられたくなかったよね、死んでまでもう一回死にたくなかったよね、また憐れまれたくなかったよね、ごめんね、

 でも……もう終わるから。

 そしたら、ゆっくり休んでね……。



 私は、私なりの、クレイフェンへの感謝を抱いて、落ちていった。

 頭が、身体が、砕けた。紙を丸めるように、折りたたまれるように。




『あなたのお客さん……クレイフェン=オ=テピナは昨日、亡くなっていました』


 上司から、そんな話を聞いた。

 でも、あそこにいるのはクレイフェンじゃない、クレイフェンは既に死んでいるんだ。

 本当に、あの中にいるのはセキラちゃんだよ。守秘義務なんかよりも先立って、私情を挟んではいけないとは言われているけど、私は隠していた。

 クレイフェンには、あの税取りの醜い大男の殺害容疑がある。それもそうだ、

 セキラちゃんに、……クレイフェンに、刃物を持たせるよう諭したのは、私……セレラーシュだもの。


 セキラちゃん。

 勇気がある子だね、私、あなたが好きだよ。今度お菓子でも食べようね、でもあなたは味覚なかったよね、味覚がないことを、よく気にかけてたよね。あなたに味覚があったなら、どれだけこの世界が楽しいのだろう。……でも、きっとあなたにはいらないものだよ。

 セキラちゃん。

 まさか本当に殺すとは思ってなかった。油断してた。これで少しでも社会が良くなるならって、あなたも思ってるね。本当だよ。だって彼、私だけじゃない。私以外の職員からも、どの会社からも、金を取り立ててる。正確に言えば、金を取り立てる割合の決定をしてる。あまりにも不都合だよ、私たちにとっても、あの割合は。

 ……だから、ありがとう。セキラちゃんの頭をいっぱい撫でたいよ。いい子いい子って、ああでも私、職業倫理的に駄目かな、したいのに、したいのに……



 セキラちゃん……

 生まれ変わるよね、そしたらまた、私のところにおいでね。





 まただ。

 息ができない感覚だ。もう、いつぶりだろうか。そう考えると、富裕層の子供として過ごした期間は、シュペルと過ごした期間よりも長かったのだ。

 そうか、死んでからもう一度死ぬと、私はこうなるのか。これほどまでに、自分の精神が、復讐に有用だ、なんて!社会に復讐するために私は作られたのかとさえ思ってしまう。


 さっきまで動かしていた、クレイフェンの体だ。最初よりも、大きくなっていた、体重だって増えていたし……それでも最期まで、生殖の条件を満たす日はなかった。無念だったろう……。

 その近くに、割れた硝子と、何か移動用の機械のような物体がある。クレイフェンが落ちた衝撃で壊れてしまった物体らしい。クレイフェンぐらいの体重で壊れるなんて情けないと思ったが、よくよく考えれば、高さが付属されているから、そりゃあ壊れるだろうな、と納得した。

 この知識があるということは、クレイフェンとして生きた時間の中で積み重なった知識が、生きているという証明だ。私にとっては無駄死にではない、と、少しだけ安心を得た。


 機械の中で、死んでいる。女性だ、クレイフェンよりも年上で、背も大きく、おそらく生殖の条件も満たしている。なのに顔はやつれている。これは、何かある。彼女はおそらく、この社会の諸悪の一つに接触していると思われる。


 次は、お前の身体だ─



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