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第六章 第二節

流れる血もそこそこに、果実を抱いて。

 反逆が始まり、それから鎮まるまで、時間はかからなかった。

 それもそのはず、他群地であるはずのサーファンも介入して、武力抗争を起こす寸前まで行ったのだから。武力を持ち出されれば、人間は軽々と平伏すのだと、私は実感した。


 さて、かの霊体人間セキラの行いは、どのような結果をもたらしただろうか。

 結論を先に書こう。「反逆は成功した」と。

 何をもって成功と言えるか、何を望んでいたか、ここまで読み進めた人ならわかるであろう?貧困が求めているのは救いの手である。救いの手をとる自分を弾圧しない世界である。救いが罠幻ではなく、本当の救いである。この3つの条件が欲しかったのだ。


 ある富裕層が放送を乗っ取って、群地中に自身の声を散らしている。放送器具を所有している者は、声を広げるために、外に器具を出している。こうすれば正しく、全員が聞ける。

 声は、クレイフェンの母親……数ヶ月前に、税取りのラヴァッセを殺し、そして自らも殺した少女、の母親。娘が死んでも、後追いせずに、そこにいた。

 反逆の未来を知っていたのか。自身の娘の様子に気づいていたのか。


「皆様……クィア中の皆様。今ここに、貧富差の解消を行います。

政府が弾圧するというのなら、政府の方が間違っている。同時に、団体が弾圧するのなら、団体の方が間違っている。立場の弱い者を、これ以上生存の危機には晒したくありません。

前置きはともかく、私たち、富める者は、あなた方、貧する方達に与えます。生きるための世界を。そこには、住まいも、服も、食事も。選り好みするだけの権利が、種類があって、奪ったり奪われたりされない。

この条件が嘘だというのなら、道に今広がっている、食事に触ってみてください。それらは清潔さと栄養を第一にした、簡素な料理ではありますが。

まだ疑うというのなら、道に今広がっている、衣服に触れてみてください。簡素な飾りではありますが、夏も冬も快適に過ごせます。

それでも疑うというのなら、道に今広がっている、借し宿の宣伝を聞いてください。できれば最後まで。金銭を不要と称する彼らに、あなたは驚くでしょう。ですが、金銭よりも、生命の方が、今は重要なので。

……疑うというのなら、どこへでも行きなさい。私たちは束縛致しません。」


 救いの手は、金銭に留まらず、住居、衣服、食事といった、生命を維持するための構造構築を指している。住居や衣服、食事は、金銭という交渉用の物質で手に入れられる。その金銭をどのように手に入れさせるだろうか?生存だけを条件とした。つまりは、「生きているだけで食事・衣服・住居が与えられる」。

 それだけでは足りないというのなら、仕事を斡旋してもらえる。自身の基盤も立たぬ内に働いても、次世代を残せない、と判断したのだろう。事実である。


「最後に。金銭は血液です。末端まで行かなければ、今さっきのような旋律が生まれてしまう。私たちは金銭を保持しておくよりも、生活に余裕が少しある程度……お茶を一杯食事に付けられる程度まで、あなた方に与えることに致しました。

それに反対する者共は、先程の反乱で全員死にました。今の私たちを止める者は、この世界にはいません。もしいるとしたら、あなたたちの中にいます。そして、権利でもあるので、私たちは止められません。

あなた方には自由になる権利がある。生きる権利がある。生きる義務がある。知らずして弾圧してしまった・加担してしまった私たちにも、丁度罰が欲しい。

叩くなら叩きなさい、それで、あなたの気が済むならば。

従うなら、受け入れるなら、受け入れなさい、それで、あなたの気が済むならば。


……以上」


 先程の基盤を形成するためには、なんとしてでも金銭が必要である。その出資を、自らの財産から補い、基盤を形成する糧としたのだ。

 長続きしそうにはないが、一時凌ぎには十分な程だ。私の予想が当たるならば、向こう千年はこのままであるが、いずれどこかで反逆が起きて、これまでと同じ状態に戻ってしまう。

 それを防ぐための策を練る時間稼ぎにはもってこい、と思った。


 そして私自身、いずれこのままだと飢えてしまう。収入源を殺してしまったから。なので、私自身もある程度の財産を犠牲に、安定した生活を手に入れようとした。


 本当に安定した。

 必要最低限でも生きるには満足できる。それ以上を求めるならば労働せよ、という構造は、何も持たない人間にとっては、非常に幸せな生活をもたらした。

 ついでに言うと、夫もできた。ほぼ政略結婚のような婚姻だったが、一人では寂しい、夫も私も喜んでいる。子供も、2人ほど産んだ。

 彼らは、光があるかのように、毎日を話すのだ。ついつい、耳を傾けては、私の心音を聞かせてしまう。すくすくと育っていく背丈に、私は若干の恐怖を覚えた。いずれの日にか、彼らを抱きしめられなくなる、という恐怖。あまりに幸せな恐怖だ。

 夫は毎日、子供に色々と話している。私には話題の種がないから、話せないような、広い世界の話。それでも、子供は私を良い母親と思っている。嬉しく思う。

 子供二人が、教育機関に向かって、机で寝て、後で教師に叱られる未来になる間、私は茶を啜り、本に触れていた。これまでの生活だったら、きっと触れようとも思わなかっただろう。

 その本は、子供が前年使っていた、歴史の教科書だ。


 歴史の教科書には、意外と情報が詰まっている。というより、大きくなってから読み返した方が、学生時代に置き去りにしてきた記憶、知識、観念を思い起こせる。その頃はただ、求められるように読んだ。後から、自分の意志で手に取って読む。意志があるかないかだけで、変わるような、柔い情報ではない━━はずだ。

 子供の頭脳の前にある書に触れて、私自身も学習している気分になっていた。学校にいた頃と同じような騒音が聞こえると思い、頭を上げてみたところ、自室だったぐらいには、のめり込んでいた。


 内容が肝心だ。

 歴史の教科書には、丁度、例の反乱について刻まれた場所が、なんと10枚もある。50を3回程度の書物だ。他の単元など、長くても5枚程度。この単元……「霊体人間セキラの反逆」の章が、最も多く刻まれている。子供も重要だと思ったのか、何度もなぞった跡がある。しかも、二人共。

 私にとっても気になる点はあった。

 なぜ、クレイフェンの母親が筆頭に立って、あのような放送をしたのか。


 以下に『クィア史 5年下』の該当板47~49枚を抜粋する。


”なぜ、私のクレイフェンが、2人も殺さなければならなかったのでしょうか。

私は、聞き逃していたでしょうか。どうせ、頂いた血の持ち主の記憶だと思い込んで、娘の寝言を聞き逃して。

ある年から、私は娘の寝言を記録するようになりました。

娘の寝言は、丁度、当時の貧困層の悩みを反映していました。

「生きていたい」「死にたくない」「お腹を満たしたい」「冷たいところにいたくない」「毎日誰かが死んでいく世界にいたくない」「家族に笑顔であって欲しい」「子供を助けたい」「これから生まれる子供には、苦しみを味合わせたくない」と。

血は原因ではなく、あの時、車に轢かれて、起き上がったその時でした。

当時の私は、車の主を死刑にしてしまいました。娘が大変になったのに、なんで反省の一つもしないんだ、と。今は、若い自分を殺したい。

もう一つ、証拠はありました。

娘に通わせていたフェアラカへでの記録。相談する職業の人が殺されたという、その本人による記録です。

私はずっと、娘の死に関して、探ってきました。習い事のさせすぎだ、だの、私を追い詰めてくる輩もいました。死刑にしました。(すべての世帯)

セレラーシュさんが殺されて数日。いつものように問い合わせをしたら、やっと記録に触れる結果が出ました。そこにも、先程と同じような文言が繰り広げられていました。

今の私は、誰も恨みません。そして、一人の母親として、娘の悩みを聞いてやるべきでした。上にいる娘が、幸福な世界にいますようにと、毎日願っています。”


 もしかすると、セキラによる犠牲者よりも、クレイフェンの母親が原因になって、殺されたような人間が多いかもしれない。だが、今は問題ではない。


 今、私が直面している問題と言えば、子供の成績の件だろう。そして、この世界が、この物語が直面している問題と言えば……この反乱の作り手。原因となった人物の末路。

 捕まっている、セキラの末路について、だ。


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