ブルーバード
人は1人では生きられない。愛する人がいてこそ。
朝の4時。私は隣で眠る彼の顔が愛しくて1時間も見つめている。
彼は熟睡すると絶対に起きないタイプ。朝になれば彼は帰ってしまう。
私は引き留める術を考えるが無駄に終わるのを知っている。
彼のまつ毛に息を吹き掛けると、彼は瞼を痙攣させ「ん?」と寝言を言った。
私はベッドから出るとソファーに置いてある携帯を取りにいく。
床に脱ぎ捨てられた彼のジーンズの左足がレの字になっていた。今にも玄関へ駆け出しそうな状態に見えたので私は写真を撮った。
私はジーンズを手にして畳もうとすると、後ろのポケットから財布が落ちた。
拾い上げて中を見ると、彼の免許証と、彼が見知らぬ女性と肩を組んで笑顔で写る写真を見つけた。
私は頭から冷水を浴びせられた後、プラスチックのバットでお尻を3発ほど強く叩かれたような衝撃を受けた。付き合ってからまだ1ヶ月なのに…。
屈辱で唇を震わせると、写真を「ポップ」というファッション雑誌の6月号の間に挟んだ。
財布を調べると、小さな封筒が出てきた。中には薄いピンクの紙が折り畳まれていた。私は荒い手さばきで紙を広げて読み始めた。
『幸太へ。コウ、私はコウからたくさんのことを学んだよ。感謝しています。本当にありがとう!これからも仲良くしていこうね!体を大切にね!美香より』
手紙を読み終えた後、私は肩で荒い息を繰り返していることに気づいた。幸太の寝顔を見つめる。私は携帯で幸太の寝顔を1枚撮った。15分前までの幸せな気持ちが今は懐かしくて遠のくように感じていた。
「なんとかしないといけないよ」と私は何度も独り言を呟いて、幸太を起こす決断をした。
「幸太、起きて」体を揺さぶるが反応は鈍かった。
「ちょっと、起きて」さらに強く揺さぶるが今一つだった。私は頬を力強くつねった。幸太は片目を開けて私の手を払いのける。
「なになに!? 絵梨。なにやってんだよ!?」幸太のかすれた声が祖父の声に似ている気がした。私の祖父は元漁師だった。
豪雨と激しく荒れた嵐の海の上で、仁王立ちになりながら自然の猛威に悠然と立ち向かい、ある言葉を叫ぶと「嵐が静かに止んだもんさ。フフフ」とニヒルに言っていた。私は幼い頃から聞かされていたその言葉を、今、魂から叫びたい衝動に駆られていた。
「幸太、ちょっと話があるのよ。今すぐに起きて」と私は言った。
「絵梨、どうしたの?」幸太はジーンズを穿いて、何事かと、険しい眉間、神妙な顔をしていた。
「私たち恋人だよね?」
「そうだよ」
「幸せだよね?」
「ああ、幸せだね」
「あと2日で付き合ってから1ヶ月だよね?」
「そうだったね」
「私の事を愛している?」
「愛しています」
「フフン」と私は一瞬、顔を綻ばせた。
「私にさ、何か隠し事をしていない?」
「最近、体重が3キロほど、増えたことかな?」と幸太は自分のお腹を太鼓のように繰り返し叩いた。
「真面目な話」
「ないよ」
「他に女がいない?」
「いないよ」幸太は首を傾げている。
「じゃあ、この手紙の美香って女は誰?」
「勝手に見るなよ!」私はポップを手に取り、挟んであった写真を幸太に突き出して渡した。
「美香って誰よ?」
「美香は俺のいとこだ。イタリアに嫁にいったよ」
私は頭から冷水を浴びせられた後、プラスチックのバットでお尻を10発叩かれたような衝撃を受けた。
「写真を持っているなんて変じゃない?」
「裏を見てごらん?」
私は写真を裏返した。
美香が描いた綺麗な青い鳥のイラストが書かれてあり、厄除けのシールと『幸せでありますように。幸運を幸太へ』と美香の言葉が書いてあった。
「俺は昔、体調を崩して大変だったんだよ。美香は心配してくれて、手紙と写真を送ってくれたんだ。お姉ちゃんみたいな存在なんだよ。手紙と写真はお守りとして持っていたのさ」
「ごめん」
「何にも心配はいらないんだよ。僕と絵梨、2人が大事なんだよ。もうひとつ言っておくけどね、人の物を勝手に見るのはよくないんだよ。止めてね」
「うん、ごめん。驚いてしまって心臓が凍りそうだったの」
「朝から驚くのは本当に体によくないよ」と幸太は頬を擦った。
私たちは握手をして和解をした。私は幸太に頭を撫でられているうちに体の力が抜けていった。
ガシャンッ!!!!!!!
私は突然の大きな音に体を強張らせてのけ反り、幸太は腰を浮かせてお尻を突き出していた。
2人は音のした玄関を見ると、立ててあるはずの傘が、出来立てホヤホヤの朝刊を配る配達員に投げ込まれて当り、傘は完全にノックアウトしていた。
終
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