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ボクらの世界、湯けむりのセカイ  作者: 長雪 ぺちか
第1章 文化祭のエトセトラ
6/28

1-6


 一週間が経った。

 僕はこの一週間というもの、昼は学校に行き放課後は小麦おじさんの畑の手伝い、そしてその後に綾菜先輩の演劇の練習という過酷な生活を送った。

 それでいて温泉部の部活動の一環で学校近所の足湯の清掃に行ったりもしててんやわんやだ。寿命が縮んだかも知れない。

 温泉饅頭の練習をお休みしたことによって、澄のお婆ちゃんに会わなくなったため、そこで寿命が延びてプラスマイナスゼロとしておこう。

 一週間過酷ではあったが、充実していたと思う。見返りはちゃんとあった。

 そして今僕は、明日に控えた文化祭のために教室の装飾作業に取り掛かっている。

 横にいる兎莉と共に机を運ぶ。昌平は椅子に腰掛けて少し休憩中だ。

 僕の通う高校、白結第一高校は生徒が近隣、またそれより少し離れたところからも生徒が集まるので生徒数はそこそこであるが、学校の創立当初に比べれば生徒数は減ってきているため空き教室が沢山ある。

 特に西館は理科室等の実習塔となっているため空き教室が特に多い。

 この空き教室たちは文化祭で使うことが出来て、温泉部もまたそうしている。

 事前に空き教室の抽選があって、僕たち『温泉部』の教室は西館三階。

 そして、『温泉研究部』は西館の二階。

 正直、僕としては研究会と同じ階にならなくて良かったと思っている。

 もし同じ階になっていたら、澄と秋風さんが喧嘩し始めるのは自然の摂理なんかよりも明らかである。

『温泉部』と『温泉研究部』が同じフロアになると言う最悪の事態を回避できた温泉部なわけだけど、残念ながら別の問題が発生している。

 甲高くてこびり付くような声が僕の耳をつんざく。


「温泉部の装飾、地味~な感じがするのです。こんな装飾じゃあ温泉研究部が本物の温泉部になっちゃうのですよ~!」


 二階で文化祭の準備をすべき人物が、何故か三階まで来ている。

 秋風風子。

 僕たち『温泉部』を乗っ取るべく『温泉研究部』なるものを設立し、今回の文化祭売り上げ勝負を持ち掛けてきた本人が僕らの教室の前でわざとらしく嫌味を言っていた。

 まるで姑のような面倒くささで、端的に言うと……ウザい。

 因みに澄は秋風さんと同じように二階に降りて、いちゃもんを付けに行っている。

 そう。

 同じ階にならなかったことで澄と秋風さんの熾烈な争いは起きることは無かったが、代わりにとても稚拙な戦いが繰り広げられていた。


「なあ、兎莉。温泉旅館の娘ってみんなあんな感じなのか……?」

「それは流石に……全国の温泉旅館の娘の尊厳を守るために違うと言っておくよ……」

「そこ! 聞こえているのですよ! 誰が小っちゃいですか! 誰が!」

「聞こえてないじゃないか……」


 秋風さんはどうやら僕らが何か喋ったら反射的にいちゃもん付けてくるらしい。

 下の階でも澄が同じようなことをしていると思うとなんとも悲しくなった。

 それでも集中しないと準備が終わらないので、頭を切り替えて作業を進めた。

 秋風さんに邪魔されないためにも教室の扉は閉めておこう。

 閉める際に文句を言われたが、まあまあと怒り狂う動物を宥めるようにそうしてなあなあにし閉め出した。

 事前に澄に渡された設計図通りに教室を装飾していく。

 どこでどの色の飾りをつけるだとか、どこに椅子を配置するかだとかの情報が細かく記載されたそれはとても心強い。

 些細な気遣いだが、「緑色の飾り」という文字は緑色のペンで書かれていたりと澄らしいと思った。


「澄ちゃんらしいよね。飾りの色とペンの色が一緒になってて分かりやすい。」

「兎莉もそう思うか? 丁度僕もそう思ったところなんだけど……まさか心が読まれている!?」

「あはは。実は私、超能力が使えるんだよ……なんてね?」


 兎莉は自信なさげにはにかんだ。

 いつも真面目な兎莉だけどたまにはこういう冗談も言うらしい。

 少なくとも澄や綾菜先輩がいるときはこんな事は言わない。

 そんな幼馴染を見て僕は少し意地悪したくなった。


「すごいな! じゃあ、超能力者さん他にも何か当ててみてくれよ。」

「えっ……それはちょっと……」

「ちょっとしたことでもいいんだ。今日の晩御飯は何だとかのでもいいし」


 僕がそう言うと露骨に兎莉は顔をしかめ、不機嫌を表情に出す。

 ムッとした表情が可愛らしい。


「……もう、颯太君イジワルなんだから。でも、面白そうだし何か予言するね」


 嫌そうな顔をした割に、意外と乗り気だ。

 兎莉はうーんと唇に人差し指を当てて考え込む。

 精一杯緊張感のある雰囲気を出そうとしてはいるが全くそんなものは感じない。悲しいことに兎莉はそんなキャラじゃないのだ。

 ゆっくりと目を開け時計を一瞥した後、兎莉は教室の扉を指さして口を開いた。


「今から十秒後、澄ちゃんがあの扉を開けて戻ってきます」

「そんな馬鹿な」

「どうだろうね? ほら、5・四・三……」


 兎莉が人差し指を左右に振りながらカウントを始める。

 僕は内心有り得ないと思いながらも、少しわくわくした気持ちもあった。


「……二・一!」


 兎莉がそう言うと教室の後ろの扉を指差す。

 カウントを終えた瞬間指を指した扉がガラガラと音を立てて開いた。


「温泉部(仮)の皆さん、調子はどうですか~?」


 耳に付く、特徴的な高い声。

 そうそれは……


「何だ、秋風さんかよ……」

「えへへ……間違っちゃったね」

「……っ!? 秋風さんかよ~って何ですか!? 秋風さんかよ~って!! 失礼なのですよ!」


 正直、他の部の文化祭準備を邪魔しに来る方が失礼だとは思うが、口には出さないでおく。

 隣を見ると、兎莉が首を傾げながら苦笑いしていた。


「どうかしたのか?」

「ええっと……自信あったんだけど外れちゃって、ちょっとショックだな……なんて」

「自信あったのかよ。でも確かに扉が開いて誰かが入ってきたんだし、兎莉が超能力者なのはあながち間違いじゃないかもな」

「あはは……超能力者何ているわけないよ。颯太君?」

「おい」


 そんなことを話していると教室のドアが再び開き、澄が戻って来た。

 澄が戻ってきた途端に教室の隅っこで休んでいた昌平がわざとらしく作業を始めた。僕たちは今までの昌平の姿を見ていたので今頃頑張っても無駄だと思う。


「皆さん、お疲れ様です」

「うげっ!」

「……そろそろお昼ですし、休憩にしましょう」

「嫌な奴が戻ってきました……ふんっ! 今日の所はここまでにしてやるのです。風子もお腹が空いたので、自分の教室に戻るのですよ~!」

「ヒューン」

「昌平さん、効果音ありがとうございます」

「というか本当に澄帰ってきたな」


 僕は先程の予知が少し遅れて当たったことに少しドキッとした。

 兎莉の方を見ると少し自慢げな表情をしていた。

 さっき時計を見たのはお昼の休憩で澄が戻ってくるのを知っていたからなのだろう。

 兎莉抜け目ないな。

 澄は今までの僕たちのやり取りを聞いていないので少し首を傾げながらも話をつづけた。


「……? お弁当を用意してきました。ひとまず、机をくっ付けてしまいましょうか」

「了解だぜ!」


 昌平の元気のいい声が響く。結局昌平は午前中対して仕事をしていない。

 それを言ったら澄も油を売ってばかりで何もしてないか。

 午後から頑張るためにも僕らは十二時丁度のお昼ご飯の支度をし始めた。


            *


 机を四つくっ付け、ご飯の用意をする。西館の三階は日当たりも風通しも良く、少し開けた窓からは心地良い春風が吹き込んできた。

 そう言えば、中学の時までは席の列ごとに席をくっ付けて食べてたっけ。

 給食だから仕方ないとはいえ、仲良い友達が近くに居なかったときは給食の時間はちょっと嫌な時間だった覚えがある。

 うちの高校、白結第一は弁当持参で給食が無く、昼ごはんを好きなところで食べられるのは良いことだと思う。

 四つ合わせて広くなった机の上に澄はどこからか持ってきた風呂敷を広げた。

 そこから高く積み上げた塔が現れて……


「それでは食べましょうか。皆さん遠慮しなくていいですよ」

「おお! でけえ! おせち入れる弁当箱じゃん。」

「重箱な、昌平」

「……細かいことは良いんだよ! 開けてもいいか!? 開けちゃうぞ! もう開けるー!」


 昌平は目の前に置かれた五段重ねの重箱に謎の興奮を示している。

 僕も内心少し期待していたりする。澄の料理は美味しいからな。

 澄は文化祭で料理対決になるのを避けた。

 それは相手の秋風さんの料理の腕が相当なものであるからであったわけだが、別に澄は料理が出来ないわけではない。

 僕なんかより、僕なんかと比べるのがおこがましい程に澄は料理が上手である。その事実は揺るぎ無く、僕の期待は膨らんだ。

 兎莉も少しはわくわくしていたりするかと思ったが……そうではないらしい。

 普段と変わらぬ自信なさげな表情で重ねられた重箱を見ていた。


「…………マジかよ……?」


 箱を開けた昌平が呟いた。

 兎莉の方を見ていた僕は、昌平のテンションの変わりように疑問を抱きながら重箱を覗き込む。そこには見覚えのある、だが少し違う黒い物体が敷き詰められていた。


「…………饅頭?」

「はい。それもただのお饅頭じゃありません。生クリームの入ったクリーム饅頭です」

「クリーム饅頭?」


 思わず、その名称を繰り返してしまった。

 聞き覚えが無い単語だ。

 クリーム饅頭なんていつ作った…………?

 ふと頭によぎるものがあった。


「颯太さん気付いたようですね? これは兎莉さんが考えた新しいお饅頭ですよ。明日はこのお饅頭もお店に並べたいと思っています」


 そう言えばそんな話あった、と僕は心の中で相槌を打つ。

 僕たちが小麦おじさんの下で働いている間、新メニュー作ってたんだっけ。

 こんな少しの期間で新メニューが一つ考えられるなんて、やっぱり兎莉は料理の才能があるのかもしれない。


「えへへ……結構自信作なんだよ? 颯太君も感想聞かせて欲しいな……?」

「兎莉がそこまで言うんだから美味しいんだろうな。……というか『颯太君も』ってことは澄はもう食べたのか?」

「いいえ、私はまだ食べていませんよ。皆さんと食べるのが初めてです」


 きょとんとした顔で返された。

 澄はまだ食べてないってことは、昌平は食べたことがあるってことなのだろうか。

 昌平の方を一瞥するとあからさまに気分が悪そうな顔面蒼白な昌平が視界に入る。

 この一週間昌平は一体何をしていたんだっけ……

 過去の『温泉部』内の会話を遡る。昌平の愚行が浮かんでは消え浮かんでは消え、ほとんど昌平についての記憶はこんな感じだったが、その中で僕は正解にたどり着く。

 思い出した。


『それと昌平さんは兎莉さんの料理の味見でもしていて下さい。誰にでも出来る簡単なお仕事です、それならチャラメガネでも大丈夫でしょう』

『なんか、俺の扱いひどくね!?』


 昌平は兎莉の新メニューの味見をしていたんだった。

 ということは、昌平のこの反応がどのようなことなのか大体想像ができるわけで、それを僕が告げる前に澄が悪戯っぽく微笑んで告げる。


「どうしたんですか、昌平さん? 青ざめてしまって。まるでクリーム饅頭を大量に試食して、あさま荘にぶちまけた時の思い出が蘇っているような顔をしていますよ?」

「澄、てめえその話をどこで……!?」

「お婆様から聞きました」

「あの鬼婆……!」

「…………言質取れました。あとでお婆様に報告ですね」

「マジすいませんでした。土下座します」


 昌平は同級生に本気の土下座を見せる。

 そんな彼を見ていて僕は恥ずかしくなった。

 このままでは『学生時代に力を入れて学んだことは?』という問いに対して『熱意を込めた土下座の仕方です!』と答えるしかなくなってしまうだろう。

 友人としてとても心配になってしまう。


「まあ、この人のことは置いておいて早速お饅頭を食べましょうか」

「そうだな。僕も早く食べたい」

「颯太君、澄ちゃんどうぞ……召し上がれ。昌平君は……昨日たくさん食べたもんね……?」

「目を逸らして言わないでくれ~!!」


 逸らした瞳の裏にどのような光景が広がっているのか想像できるが、食事前に想像するのはとんでもなくはばかられることなのでやめておく。

 重箱から一つクリーム饅頭をとる。

 生地は黒糖の色で黒くいつもの饅頭と同じように見える。

 少し違うのは饅頭の上に焼き印が無いということだ。

 普通の饅頭はあさま荘のシンボルマークの焼き印が押されているがこれにはない。

 肉まんと餡まんを形で区別するみたいな感じなんだろう。

 パクリと一口で口に入れる。

 口に入れ咀嚼した瞬間、中からクリームがはじけた。


「……!? 凄い美味しいなこれ! クリーム入れると一気に……なんて言うんだろう、スイーツになるな」

「はい。とても良い出来ですね」


 僕は兎莉の新メニューに対し手を叩き賞賛する。

 澄も表情にあまり出していないが、かなり気に入っているように思えた。

 一口で食べたから中からクリームが溢れてきて、それが餡子と混ざり合って……和洋折衷って感じだ。

 一度に二つの味が楽しめてお得感があるのもまた良い。


「二人とも気に入ってくれたようで……一先ず安心……かな?」

「気に入ったよ。良くこんなの思いついたな」

「えへへ……生クリームが入ったあんぱんってあるでしょ……? クリームあんぱん。私あれが好きで、真似してみたんだ……」


 兎莉は頬を赤くしながら俯く。

 兎莉っていろんなことにセンスがあるんだな、と僕は感心する。

 本人は自己評価が凄く低いみたいだが。


「なる程、クリームあんぱんは私たちの高校の購買でも売られていたはずです。クリーム饅頭は校内の生徒もこの新しいお饅頭に抵抗を持つことは無いでしょう……寧ろ、好印象なのではないでしょうか?」

「クリームあんぱんって購買で売ってたのか。兎莉がたまに食べてるのは知ってたけど、それは初耳だな」

「颯太君、本当にうちの学生なのかな……色々忘れすぎだね……」

「その言葉前にも聞いたな」


 確か、入学式の時だっけ。

 温泉部なのに『秋風』を知らなくてそんな台詞を言われたんだと思う。

 前のは忘れてただけだけど、今回は本当に知らなかったんだ……


「ともあれ、このクリーム饅頭は温泉部の武器になるのは間違いありません」

「ん? どうしてだ?」

「客層の違い……ですね。確かに『あさま荘』のお饅頭は世界一ですし、お客が集まるのは必然なのですが……」


 軽く鼻高になりながら自分の家の自慢を交えた。

 と言うかその前提は必須なんだな。


「あくまで集まるのはあさま荘のお饅頭が美味しいということを知っていて、かつ、お饅頭が好きな人なので……高齢者の方々だと予想されます。若い世代には残念なことにうちのお饅頭は広く知られていないのです」

「なる程、だから学内の購買で売っているパンに近い物なら学校の生徒、若い世代を呼べるということか」

「その通りです」


 僕はポンッと手を鳴らし納得する。

 まあ、僕みたいなクリームあんぱんを知らない例外中の例外以外はクリーム饅頭に食いつくだろう。お客の層が厚くなるのは心強い。

 明日は結構な人が入りそうだな。

 安心したところで僕たちは再び饅頭を食べ進めた。

 …………うん。

 いくつ食べても美味しい。

 僕なんか何だかんだ、もう四つも食べてしまった。

 澄が最後のひとつに手を伸ばし、重箱が空になった。


「ふう……食べた食べた。温泉部って文化祭の準備期間中にどれくらいの饅頭食べたんだろ?結構食べてるよな」

「どれくらいだろう……? 数えるのが面倒なくらい食べてるのは確かだと……思うよ?」

「それに、まだまだお饅頭はありますからね」


 突然の澄の言葉にその意味を噛み砕くのに時間を要した。

 そして僕はその意味を捉えるより速く、澄は先程空にした重箱の一番上の段を持ち上げ、持ち上げたところで僕は理解する。


「まさか……」


 僕の想像通り、持ち上げられた箱の下からは初めに見た量と同じだけのクリーム饅頭がびっしりと詰まっていた。

 もしやと思いその箱をさらに持ち上げてみると、三段目にも同じようにクリーム

 饅頭が……

 頭痛が痛い。そんなわけの分からないことを考えてしまう程に僕の頭は混乱していた。


「……澄、まさかこれ全部食べるの……?」

「もちろんそのつもりです。なにせ私たちには試食専門の心強い殿方がいますからね」

「……!?」


 澄の視線に気付き、噂の試食専門の殿方が身震いした。

 少しかわいそうな気もするが、昌平今日は一つも食べてないしまだ食べれるでしょ。

 限界を決めるな!僕は心の中で昌平に適当にエールを送る。

 昌平は顔をしかめ、頭を抱え叫んだ。


「もう、饅頭は嫌だあああああああああああああ!!!」

「我儘を言わないでください! 男なら最後まで自分の使命を全うしなさい!」

「ひぃ! 饅頭が襲ってくる!!!! 饅頭怖いいいいいい!!!」

「あら、それなら饅頭を上げましょうか? お茶が怖くなったらお茶もお出ししましょう」

「そうじゃなああああああい!!!」


 昌平の悲痛な叫びをあげる。

 幸いなことに、それを聞いて同じフロアの生徒たちが集まり、彼らに饅頭を分けることが出来たため昌平の悲鳴は無駄にはならなかった。


 *


 午後も午前と同じように教室の装飾、机の配置を進めた。

 午前と違うことと言ったら、教室に澄がいると言うことだろうか。

 流石に澄も秋風さんも相手の部の妨害は不毛だということに気付いたらしい。

 出来ればもっと早く気付いてほしかった。

 澄が教室にいることで金髪頭のダメ人間は覚醒したらしく、まっとうに仕事に取り組んでいた。

 そういう訳で、作業のスピードは格段に上がり、午後の三時には教室のセットが完了した。


「お疲れ様です、皆さん」

「意外と、あっさり終わったね……?」

「まあ、温泉部の筋肉担当が本気出せばこんなもんだぜえ!」

「あら、あなたは試食担当じゃありませんでしたか?」

「うっ…………忘れてくれ……」


 挨拶代わりのボディーブローを受け昌平はうな垂れた。

 澄も分かっていると思うが、昌平みたいな力自慢がいると実際助かる。

 教室内から要らない机の移動をしないといけなかったんだけど、これが結構重労働で正直昌平がいなかったらもっと大変だっただろう。

 グッジョブ昌平。午前中のことは水に流して昌平を見直した。


「一段落ついてほっとしていると思いますが、まだ準備は続きますよ。 」

「んっ? まだ準備あったっけ? 飾りも机のセットも終わったぞ」


 僕は疑問符を頭に浮かべた。

 もしかして、打ち上げとかだろうか?

 澄、涼しい顔して意外とサプライズ好きなのかもしれない。


「颯太さんお忘れですか?私たちはまだ最も重要な準備をしていません」

「最も重要……? 兎莉分かるか?」


 全然思いつかないので隣に座る兎莉に話を振ってみた。

 突然話しかけられて少し驚いたようだったがすぐに気を取り直して、口を開く。


「たぶん……お饅頭だよ、颯太君……?」

「そっか、まだ饅頭作ってなかったのか……って、今から作るのか!?」


 完全に忘れていた!

 饅頭を文化祭で出すのに、その饅頭を作ってないなんて初歩の初歩すぎて忘れていた。


「勿論そのつもりです」

「ええっと……澄ちゃん、いくつぐらい作るつもりなの……?」

「そうですね……」


 兎莉の質問を受け、空を見ながら澄は作るべき饅頭の個数を計算しだした。


「……私たちの学校は高等部中等部合わせて大体七百人程度です。近隣の方々を含めて恐らく千人以上は文化祭に足を運んでくれるでしょう」

「ほう」

「五人に一人はお饅頭を買ってくれると仮定すると……二百個のお饅頭を作るべきとみて良いでしょうね」

「二百か……一人五十個って考えたとしても結構きついな」


 実際五十個は決して少なくない。

 ここまでの量ともなると、体力の面でも大変そうだ。

 横を見ると兎莉も同じように辛そうな顔をしていた。


「兎莉やっぱり辛そうか?」

「ええっと……頑張ればなんとかなる……よ? ただ、慣れてるとは言えやっぱり大変だな……って」


 この一週間で一番饅頭を作ってきたであろう兎莉が弱音を吐いていた。

 それでも頑張ればなんとかなると言っているのは幸いだ。


「それじゃあ、今すぐ始めた方が良いよな。場所はあさま荘かな?」

「そうしましょう。長期戦になるのが予想されるので今日はあさま荘に泊まっても構いませんよ」

「ホントか!!」


 突然昌平が起き上がり歓喜の声を上げる。

『あさま荘』は近隣ではかなり高級な温泉旅館なため、昌平が楽しみに思うのも無理はない。

 僕も結構わくわくしてる。


「勿論です。特に昌平さん、あなたは必ずあさま荘に泊まってください」

「いや、言われなくても泊まるけど、もう泊まる気でいるけど、何でだ?」

「あなたが初めてあさま荘に来た日を思い出してみなさい」

「あっ…………」


 昌平は悪いことを思い出したかのように顔をしかめた。

 僕も覚えている。

 確か昌平、学校に遅れるからとかいう理由で学校に泊まって叱られたんだっけ。

 明日の文化祭本番で寝坊なんてされても困るから、やっぱり昌平は泊まるべきだな


「善は急げ、です。支度をしたら直ぐにあさま荘に向かいましょう」

「「「おー!!」」」


 景気よく掛け声を上げ、支度を開始した。

 ところで、今のところ温泉部は順調に文化祭準備を進められている訳だけど、綾菜先輩の方はどうなっているのだろう。

 綾菜先輩のことだから心配いらないと思う……


「どこからか私を呼ぶ声が聞こえるね……! ヒーローを呼ぶ声が!!」

「この声は……!?」


 聞き覚えのある、張りのある声。

 間違いなく綾菜先輩だった。

 と言うか心の声を聞かれてる!?


「辻先輩、お久しぶりで」

「……お久しぶりです」

「先輩いいいい!! ちょーお久しぶりです。会いたかった~!!」

「私は会いたくなかったね!!」

「はうっ!!」


 久しぶりの綾菜先輩に温泉部一同、綾菜先輩の下に集まる。

 僕はこの一週間も毎日綾菜先輩と会ってたわけだけど、他の人たちは本当に久しぶりという表現が間違いではない程に顔を合わせていなかったわけだ。


「いや~おひさ~! まあ、颯たんは昨日も会ったけどね!」

「あら、颯太さん。本当なのですか」

「そうだよ。澄との農作業の後、僕は綾菜先輩の演劇の練習相手になってたんだ」

「おいこらてめえ颯太! 先輩と抜け駆けってどういうことだ!」

「違うわ、この馬鹿昌平が!! ヒーローパンチ!」

「ぐはっ!」


 謎の勘違いをした昌平が、綾菜先輩の正義の拳を受けて倒れた。

 ヒーロー設定生きてたんですね先輩。


「……あんまり八方美人なのはいけないよ、颯太君……?」

「兎莉まで……深い意味は無いよ。綾菜先輩は同じ温泉部なんだから力になるのは当たり前だろ?」

「むぅ……」


 僕の一言に綾菜先輩は頬を膨らませ、ムッとする。

 気に障るようなこと言った覚えないんだけどな。

 ヒーローパンチをくらい倒れた昌平がサンドバックの様に起き上がる。


「それで先輩は何しに来たんすか! 温泉部の応援っすか!?」

「何しに来たとは何だね、昌平くん。普通に応援さ~! 昌平に先に言われたけど~!」


 手にモザイクをかけながら綾菜先輩がブーイングをする。

 修正大変なんですからやめてください先輩。


「皆がすみすみの家で合宿って聞いたからさ! そしたら応援に来れるの今しかないじゃん!」

「先輩情報速いですね。もしかして澄、先輩に泊まりの事言ったのか?」

「はい。先輩も誘おうと声をかけたのです。ですが……」


 声音を暗くする。

 言わなくても分かる。

 先輩は合宿に来ないということだろう。


「まあ、そんな暗くならないのだすみすみ~! 私が行っても何も手伝えないからね! それに私だってちゃんとクラスの演劇の準備があるからね!」

「そう言うことなら仕方がないか。先輩主役ですもんね」

「主役……と言うかメインヒロインだよ! そう! 私はギャルゲーで言うところの攻略対象なのだ~!」


 僅かに盛られた胸を張りそう答えた。

 先輩はああ言っているが、台本を見た感じ先輩の役である戦姫は主役だ。

 お話は戦姫を中心に回っているし、相手の兵士は実のところラストシーン以外あまり出てこない。


「……………………」

「ん? 兎莉どうかしたのか?」

「……何でもないよ、颯太くん」


 何でもないと言っているが、兎莉の頬が緩んでいるのは分かる。

 兎莉はあまり感情の起伏が激しく無くて何考えてるか分かりづらいけど、長年付き合ってると(勿論幼馴染として)少しは分かるようになってきた。


「もしかして、兎莉ギャルゲーとか興味あるのか?」

「……っ!? 何言ってるの、颯太くん……!」


 あ、わかりやすい反応。

 兎莉はゆでだこのごとく赤くなった。


「意外だな、兎莉がそう言うのに興味あるなんて」

「うりうり、意外とむっつりさんか! うりうり~!」

「…………違うよ。ちょっとやったことがあるってだけなの……!」

「おお! まさかこんなところで同志に出会えるとは! 不肖昌平、兎莉殿のことを今度から兎莉氏とお呼びしてもよろしいでござるか!?」

「昌平キャラブレてるぞ」


 昌平がキモオタボイスで兎莉に迫る。

 いつにもまして気持ち悪いな。

 見た目カッコいいんだけど喋ると残念ボーイなのだ昌平は。


「昌平もギャルゲーやるのか」

「まあな。颯太はやらねえの?」

「僕はやったこと無いな……」


 僕の一言に、昌平はやれやれと言った様子で頭を抱える。


「颯太みたいな、女子に恵まれてるやつには分からないかもしれないがな、世の中大半の恵まれない男子たちにとってギャルゲーは必要なんだぜ!」

「いや、決め顔で言われても反応に困るよ。と言うかギャルゲーってどんなことするの?」

「そりゃあ〇ッチだろ」

「…………昌平くん……!」


 真顔で何言ってんだ、昌平は……

 兎莉の反応見た感じ間違っては無いんだろうけど、あまりにもストレートすぎる気がする。

 澄なんて、生ゴミとかゴキブリとかを見る冷たい目で昌平を見ていた。


「僕たちまだ十五とか十六歳だろ。そう言うのって十八歳以上じゃなきゃ買えないんじゃ……」

「颯太……!」


 おもむろに近づき僕の肩に手を掛ける。


「インターネットの年齢認証はギャルゲーのヒロインぐらいガバガバなんだぜ」

「…………ギルティ」


 普通に犯罪だった。

 どうやら昌平はインターネットで購入しているようだ。

 兎莉もまさかインターネットで……聞くのは止めておこう。

 僕たちの不毛な会話に耐えかねたのか先輩が口を開く。


「ちょっと! 話がすご~く脱線してるよ!」

「そうでした」

「だけど、先輩もっとギャルゲーの……」

「うるさい昌平! 超ヒーローパンチ!」

「ぐはっ!!」


 超ヒーローパンチは超ってついてるだけあっていつものパンチより強そうだ。

 実際くらってないのでその真相は昌平のみぞ知る。

 先輩が仕切りなおして再び言う。


「兎に角! 私は温泉部を応援してるよ! 私の部活だしね!」


 いつも通りの笑顔でおちゃらけていて、それでいて真面目な先輩だ。

 ただ、馬鹿なことやっているということだけが先輩の魅力じゃない。

 しっかり、真面目にやるべき時は真面目にやる。

 それは、高校で二年間連続生徒会長として皆に認められている要素の一つだろう。


「ありがとうございます。辻先輩。先輩の居場所は必ず守り抜きます」

「ありがと~すみすみ! まあ、私の居場所を守るなんて固くならなくても良いよ! すみすみは『秋風』に勝つことを目標にして! そのついでに私の温泉部を守ってくれればいいから~! そこら辺は適当に!」

「ふふふ……先輩らしいですね……」


 兎莉が微笑むのを皮切りに温泉部全員に笑顔が伝播する。

 そうだ、先輩の魅力の一つを忘れていた。

 先輩といると皆笑顔になる。


「それじゃあ、行ってらっしゃい! 明日は私もお店に行くかもしれないから、美味しいお饅頭作ってきてね~!」

「「「はいっ!!!」」」


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