1-3
わずかに開いた廊下の窓から吹く心地よい風が顔を撫でる。
朝の日差しがまぶしく、小鳥のさえずりの聞こえる理想的な朝だった。
それはそれとして、僕と昌平は廊下に立たされていた。
二人そろって寝坊をしてしまったため、このような事態になっている。
理由は確実に分かっていた。
それは……昨日の特訓。
澄からは「今日は顔合わせだけです」とか言われていたが、そんなことは無かった。
どうやら、僕が『秋風』の名前を出したのがいけないみたいだけど、流石に厳しいと思う。
結局昨日は十二時越えるまで特訓してたわけだし。
僕が昨日のことを思い出しつつ気分を悪くしていると、同じく隣に立たされている昌平が喋り出す。
「颯太、昨日の特訓でへばっちまったのか? 寝坊だなんて、お前らしくない!」
「その言葉、お前にそっくり返すよ」
昌平は何故か楽しそうにへらへら笑う。
廊下に立たされているこの状況を楽しんでいるようにも見える。
よく考えてみたら昌平は結構な頻度で日常的に廊下に立たされているので、もうこんな罰じゃへこたれないのかもしれない。
「にしても、すげえよな! 兎莉のやつ!」
「ん?兎莉がどうかしたのか?」
「饅頭作りだよ。澄は饅頭作りとか出来そうなイメージだから、出来るのは分かるけどさ。兎莉まで出来るのは意外だったな~!」
「それか。澄のおばあちゃんもかなり驚いてたよな。それで上手だった澄と兎莉は昨日8時解散だったわけだし」
本当に昨日の兎莉はすごかった。
大袈裟じゃなくって、澄よりも上手かったんじゃないかと思う。
まさか、兎莉のやつ家で隠れて練習してた!?
そう言えば、文化祭の出し物を饅頭にしようという話になった時、兎莉は饅頭の作り方は分かるのかと聞いてはいたが自分が饅頭を作れないとは言っていなかった。
勝手な予想ではあるけど、もしかしたら当たってるかもしれないな。
「く~! 俺らも早く上手くなって、早く帰れるようにしようぜ! これじゃあ体が持たない」
「自主練とかもするか……と言っても場所がないからどうもできないな」
「ならば、わらわに良い考えがある」
「本当か? ……って、お前誰だ!?」
見るといつの間にか俺と昌平の間に一人の少女が座っていた。
小学生低学年ぐらいだろうか。
小さい体躯に不釣り合いなほどに伸びた純白の髪はスラリと全身を包み込んでいて、一瞬妖精か何かの類に見間違えるほどに綺麗だった。
瞳は黄金に輝き、まるで蛇のそれのようにこちらをじっと見つめている。
僕の身体は強張り、動かなくなる。
それが蛇の様な眼によるものなのか、単に少女の持つただならぬ雰囲気によるものなのか分からない。
どちらにせよ、僕は目の前の浮世離れした少女から目が離せなかった。
少女は薄いピンク色に染まる唇を開く。
「童は、姫乃。九重姫乃じゃ。ヒメって呼んでね! わはは!」
「…………」
「すごく警戒されてるのじゃ。ヒメはヒメじゃよ。怪しいものではないのじゃ」
どう見たって怪しいと僕は思った。
姫乃と名乗る少女、もとい幼女は両手を上げて身の潔白を表現するが、その仕草がなんとも可愛らしい。
こんな子、知らないな……。
しかし、どこかで見たことがあるかもしれない。
秋風さんに初めてあった時と同じような感覚に陥った。
いや、少し違うか。
今回は姫乃ちゃん本人というよりは姫乃ちゃんに似た人に会ったことがあるような気持ちがする。
僕は自分の記憶の中から姫乃ちゃんを探そうとするがどうにも浮かんでこない。
考える僕の肩を小突き、昌平が話しかけてくる。
「颯太、もしかしてこの子って、先生の子供さんじゃないか? 確か中等部にそんな苗字の先生がいた気がする」
「そう……そうかもな……! どっかで見たことあるって思ったらそう言うことか! …………姫乃ちゃん? お母さんは学校にいるのかな?」
「それは言えぬのう~。秘密じゃ! 姫乃の秘め事じゃ! わはは!」
「ダジャレかよ……」
何となく胸がすっきりしたような気がする。
謎解きゲームを解いたみたいな感じだ。
正解の余韻に浸る僕に、昌平が今度は小声で話しかけてくる。
「颯太、どう思う……?」
「どうって、早く中等部に返した方が良いだろ」
「違う! 姫乃ちゃん、かなり…………可愛くないか!?」
「…………。ガサゴソ……って無い!?」
僕はポケットの中からあるものを探そうとするが、見つからない。
焦る僕を見て、昌平が謎の世紀末の雑魚キャラのようなポーズをとる。
「ふふふ!俺を通報しようとしたって無駄だぜ! 俺たちの携帯はすでに教室の中の先生に没収されているからなあ!! ひゃっはーー!」
「なら、先生に直接伝える」
「ホント勘弁してください。マジすいませんでした」
昌平、本日初の土下座である。
実を言うと、昨日澄の家で十二時回ってから「勘弁してください。もう帰らせてください」と二人で土下座をしたので本日二回目なのかもしれない。
僕らの話が良く分からない姫乃ちゃんはコクリと首を傾げ僕の顔を覗き込む。
「どうしたのかえ? 童の顔に何か付いているかの?」
「いや、何でもないよ。姫乃ちゃんはどこから来たのかな?」
「ヒメと呼ぶのじゃ!」
ビシィっと人差し指を立てる。
僕はその気迫に圧倒されて、少し後ずさりをしてしまった。
訂正し話を続ける。
「ごめん、ごめん。ヒメはお母さんが何所にいるかとか分かるかな?」
「それも秘め事じゃ。というか、童は迷子では無い。ただ、散歩してたらここに迷い込んだだけじゃ……」
ヒメの瞳からドンドンと光が失われていった。
「それを迷子っていうんだよ!?」
「お兄様達、ヒメと遊んで~!」
「遊ぶ、遊ぶ~!!」
「どういう切り返し!? 昌平はマジで通報するぞ!!」
ダメだ。
昌平まで小学生みたいになっている。
因みにここは高校で教室の前の廊下で、僕たちは絶賛廊下に立たされている途中である。
「お兄様たちは、御饅頭作りの練習がしたいのじゃろ? ならば、童とこれで遊ぶのじゃ!!」
そう言ってヒメは後ろを向きごそごそとし始め、何かを取り出した。
手に掲げる灰色の物体。
それは今ではあまり見ないけど、幼稚園小学生の時にはよく見たもの。
「これは……」
「……粘土?」
「その通り!!これは粘土じゃ。お兄様達! と粘土で御饅頭を作るのじゃ!!」
おままごとかよ!
内心突っ込んだが、ヒメの年齢的におままごとはしても可笑しくないのでぐっと堪えた。
しかし、相手は純粋無垢な超絶美幼女。
僕は半信半疑でヒメから渡された粘土に手を伸ばす。
「粘土なんかで練習に……って触った感じすごい饅頭の生地に似てるぞ! 昌平」
意外や、意外。
ヒメから渡された粘土は饅頭作りの練習できそうなぐらい生地と似た感触だった。
「これマジ!? じゃあ失礼して……」
「さり気なく、ヒメに触ろうとするんじゃない」
「分かった、分かった。出来心だ。どれどれ……本当に生地に似てるな! 何か、昨日の特訓のことを思いだして…………気分が悪くなってきたぜ!」
昌平は額に手を当て、顔を青くした。
「気分が悪くなってきたぜ!」と言いつつ少しテンション高めに聞こえたのはきっと気が狂うほど昨日の特訓がきつかったからだろう。
人は限界を超えるとこうなってしまうのか。
「ああ……目の前に澄のおばあちゃんが見える~」
「昌平、澄のおばあちゃんのことかなりのトラウマになってるな……」
「それで、どうするのじゃ? ヒメと一緒に遊んでくれるかえ?」
ヒメが潤んだ瞳で上目使いに聞いてくる。
その仕草は直視できないほどに、抱きしめたくなるほどに愛らしく、思わず顔をそむけてしまった。
僕も昌平のこと言ってられない。
昌平が幻覚のお婆ちゃんとイチャイチャせずに今のヒメを見ていたら興奮で血の海が出来ていたことだろう。
「分かったよ。ヒメ、一緒に粘土しよう」
「よし来たのじゃ! これっ! お兄様達のぶん!」
こうして僕たちは、教室の前の廊下で年甲斐も無く粘土遊びを始めた。
昨日、澄のおばあちゃんに教え込まされた手の動きを今一度頭に浮かべながら、粘土を広げていく。
均一に……均一に。
餡子を包んだ時に、程よい甘さが口に広がる丁度良い厚さに伸ばしていく。
まだ、上手に出来ないがその方が練習し甲斐があるってものだ。
こうして、僕たちは時間を忘れて粘土をこね続けた。
そう……授業の時間だってことも忘れて……。
ガラガラと教室の扉が開いた。
「もう入ってきていいぞ……ってお前たち何やってんだっ!!!!」
「やべっ!」
「粘土なんてどこから持ってきたんだ!!!!?」
「す、すいません! それは、ヒメが……ヒメ?」
周りを見渡してみたがヒメの姿が見当たらない。
僕が知らないうちに逃げたのだろうか?
この後、先生に大目玉をくらった俺たちだったが、結局ヒメは見つからなかった。
*
放課後。
僕は疲れが残った体を授業時間すべてを使って回復することに努めた。
つまり…………授業は寝た。ごめんなさい先生。
少し伸びをしてみる。
節々がギシギシと音を立てるのが耳に伝わる。
だが、そこまで体は痛くない。
まだ身体の調子は本調子ではないが、これで十分だ。
これも授業中寝させてくれた先生のお蔭!
ありがとう、先生!でもやっぱりごめんなさい……。
恩師に深い謝罪をしながらも、僕は帰りの支度を素早く済ませる。
「今日も帰って、特訓だ! 行こうぜ、澄。」
「あら、颯太さん。随分とやる気があるようで。昨日は散々にしごかれたというのにそのやる気……もしかしてマゾですか?」
澄は若干引き気味に言う。
「違う、断じて違う。早く上手になんないと、こっちの体が持たないからな。やる気を出さざるを得ないんだよ」
「ふふふ、向上心があるのは良いことです」
澄が不敵に笑った。
何だかいいように遊ばれている気がする。
ふと隣を見ると、兎莉が困った顔をして昌平の肩をさすっていた。
「お~い、昌平くん。起きて~。もう、学校終ったよ?」
「う~ん……むにゃむにゃ……」
昌平も僕と同じく授業中に寝ていたんだが、まだ起きていなかった。
僕以上に昌平はお婆ちゃんにしごかれていたから、相当な疲れがたまっているのだろう。
「昌平さん、起きませんね。物語で、眠り姫を起こすのは王子様のキスと言います。どうですか?」
「どうですかって、俺に向かって言わないでくれ。絶対しないからな」
「そうですか、では私が……」
「……って、おい!? 本当にやるつもりか!?」
一歩、二歩と昌平に歩み寄る。
そして澄は俺の心配を他所に顔を昌平に近づけて……
ゴンッ!
鈍い音と共に昌平の悲鳴が響いた。
「いってええええ!!? 澄! てめえ、人がせっかく気持ちよく寝てたところを……!」
「おはようございます、昌平さん。さっきのは頭突きですよ」
「ああ、おはようございます……って違ああああう!!」
「元気そうで何よりです」
澄は上機嫌そうに微笑を浮かべた。
澄は真面目な性格しながら、人をいじるのが好きだよな。
意外と中身は真面目じゃないのかもしれない。
小さい頃から同じ学校に通ってるのに、澄のことを僕はあまり分かっていなかった。
昌平に頭突きをお見舞いした澄に兎莉が苦笑いする。
「あはは……。澄ちゃんって意外と武闘派だよね?空手とかやってたし」
「あら、兎莉さん。良くご存じで。でも、私が空手をやっていることは誰にも言っていなかったはずですが……?」
澄が疑いの目で兎莉を見た。
兎莉は俯き加減で暫し黙ると顔を上げてゆっくりと口を開く。
「…………。ええっと、たまたま帰りに見ちゃったんだ。澄ちゃんが武道館に通っているところ。もしかして、皆には内緒だった?」
「いえ、隠すほどのことではありませんから心配ありませんよ。努力は隠れてするものというお婆様の教えなのです」
隠そうともせずに、自信気にそう答える。
才色兼備、文武両道を備えた澄が言うとこういう教訓みたいなのも説得力あるな。
「そう? なら、良かった~。」
「昌平さんも無事起きましたし、行きましょうか」
「無事じゃないけどな!?」
頭にこぶを作った友人がやった本人を見ながら、そう叫んだ。
*
あさま荘。
僕たちがあさま荘に着いた頃、あさま荘の裏口にはすでに澄のおばあちゃんが腕組をして陣取っていた。
うっ、プレッシャーがすごい……!
もうすでに帰りたくなってきたが、饅頭作りの方法を教わらなければ『温泉部』が廃部してしまうであろうことによる葛藤が僕を襲った。
僕たちは、綺麗に横一列に並びお婆ちゃんの前に立つ。
礼儀として、きちんと挨拶することはとても大切だ。
「「お願いしますっ!!」」
「おお! 男二人組、今日は元気が良いねえ。昨日、私が散々にしごいたというのに……やっぱり若いっていいねえ?」
「昨日の俺達と、今日の俺達、一緒にしてもらっちゃあ困りますぜ~! な、颯太!」
昌平は手でゴマをすりながらそう言う。
まるでその姿はお代官様に擦り寄る小役人の様。
小物感が半端じゃなかった。
「おう、何より、昨日とは心意気が違う」
「そりゃあ楽しみだ。さあ、中にお入り」
おばあちゃんから許可が出たため、靴を脱いで玄関を上がる。
昨日は靴を揃えてなくて大体十分位叱られたんだよなあ……
今日はしっかりと揃えて中に入ろう。
裏口から入ったので真っ直ぐ進んだ突き当たり。
そこが僕達の戦場、台所だ。
「失礼します」
中に入ると、既に材料が用意されていた。
「良し。厨房に入るときはまず、挨拶から。きちんと守れてるねえ」
おばあちゃんがうんうん、と頷く。
昨日このことについてもこっぴどく叱られたので忘れるなという方が無理な話だ。
「それじゃあ、今日の特訓を始めるよ。覚悟をし!」
この日の特訓も昨日と同じく、生地作り。
学校にいる間も、生地をこねる練習を昌平と一緒にやってたからか、少し慣れてきた気がする。
兎莉ほどとはいかなくても、それなりに出来ている。
その隣を見てみると、澄が慣れた手つきで生地を練っている。
そう言えば、澄って空手とかやってるって言ってたけど、手とか綺麗だよな。
武道家の手はゴツゴツしたイメージがあるけど、澄のはスベスベしてる感じが、見ただけでひしひしと伝わってくる。
なんだか気持ちよさそう。
って、なんてこと考えてるんだ、僕は。
「こらっ、颯太!! うちの孫の手ばっか見てる暇があったら、もっと生地を良く見な!」
「す、すいません!!」
こちらの考えが見透かされたようにお婆ちゃんの怒声が響く。
怒られてしまった……。
澄がこちらに微笑みかける。
うっ……聞かれてた。恥ずかしい。
しかし、めげてても仕方ない。
気を取り直して、生地に向き合う。
……今日は調子がいいぞ。
心なしか上手く生地が手に馴染んでる気がする。
この調子なら……
俺は自分の頬を軽く叩く。
「よし! 頑張るぞ!」
「生地を前に大声を出すんじゃないよ! 唾が入ったらどうするんだい!」
「あはは……すいませんでした」
やっぱり、調子悪いかもしれない。
僕は内心落胆する。
苦笑いを浮かべる僕が、苦くも笑っていられるのは初めの内だけなのであった。
*
通学路。
季節はまだ春。暖かくなったり寒くなったりして春は段々と夏へと向かっていくものだ。そういうわけで今日はやけに空気が冷たかった。
朝の寒い風に煽られて遠くの蔵から湯気がゆらゆらと揺れる。
僕たち住む町は温泉が多く、至る所に無人で無料の露天風呂が設置されている。
特に多いのは足湯。
簡易的に入れるそれは地域の人からも人気が高く、だからこそ自然と数が増えていった。
雑木林に周囲を囲まれた通学路を歩きつつ、最近部活動すなわち温泉に入ることをしていないことを思い出す。
疲れがたまる今日この頃足湯ぐらい入りたいとは思うが、寄り道して学校に遅れたらそれはそれで疲れたことになりかねないので、僕は自分の温泉欲をグッと抑えた。
隣を歩く幼馴染が心配そうな眼差しを向ける。
「颯太くん、昨日も十二時帰り? なんだかとっても眠そうだよ……?」
「ああ、そうなんだよ。昨日は結構良い線行ってたと思ったんだけどな……」
そう、僕は結局、早く帰れなかった。
昨日、昌平と一緒に練習したけど世の中そんなに甘くないってことだ。
もちろん昌平も一緒に居残りだったから寂しくは無いのだけれど。
それより、澄のおばあちゃんがパワフル過ぎる!
もう六十越えてるというのに体力が凄い。
余裕で男子高校生越えていると僕は思うし、事実越えていた。
年取ると寝るのが早くなるって嘘だったのか疑いたくなるレベルだ。
「そういえば、澄ちゃん今日、日直だから先に行って、教室掃除だって」
「そうなのか。澄は偉いな…俺だったら日直仕事サボっちゃいそう」
「ふふ、颯太くんらしいね。行こう? 颯太くん寝坊しちゃったから遅刻しちゃうよ?」
兎莉が僕の顔を覗き込むようにしてそう言う。
「と言うか、今日は学校間に合うのか! 朝起こしに来てくれる優しいお隣さんがいてくれて、よかったよかった」
「えへへ、褒めてもなにもでないからね。ほら、颯太くん口じゃなくって足を動かして」
不意に微笑む幼馴染に僕の心臓は跳ね上がった。
兎莉も改めて見るとやっぱり美少女だよな。
昔からずっと一緒だったから全然意識したこと無かったけど、僕って女の子に恵まれてるのかもしれない。
昌平が文句を垂れる気持ちが少し納得できた。
*
学校。
走ってきたために上がりきった息を整えつつ学校の廊下を歩く。
僕のクラス二年B組は本校舎の二階の突き当たりにあり、校門からは少なくとも一年生よりか遠いわけでちょっと急ぎ足で教室に向かったがそれは杞憂だった。先生はまだ教室にいない。
「間に合った……」
「そうだね。何だかんだで結構余裕だったかも」
余裕だと言う兎莉を知ってか知らずか、僕達が教室に入って間も無く、一限目の先生が入ってきて、授業がスタートした。
昨日は一限目受けられなかった(受けさして貰えなかった)けど、今日受けてみてホントに授業のありがたさがわかった。
座れるから体力使わないし、先生の隙を見て、睡眠だってとれる。
快適だ……!
っと、まあ、あんまりうとうとしているとまた廊下行きになってしまうかも知れないのでほどほどにしておこう。
予習も何もしてるわけも無く、相変わらず授業は頭に入ってこないがそれでも僕はノートに黒板の板書を写す。
そんな感じで午前の授業を消化しきると、ついに待ちに待った昼御飯。
お昼御飯だ!
二回言ったのはテンションを上げるのが目的で、なぜそんなことするのかと聞かれたら、それはそうしないとやってられない状況なわけで。
つまりは、今僕に目の前に広がる光景が物語っていた。
「颯太さん、どうぞ」
「ああ……いただきます……」
僕は澄から手渡された黒い物体に目の光を曇らせてかぶりつく。
程よい甘さが口のなかに広がり、味は非常に美味しい。
食べた断片を見ると、そこにもまた黒い物体が詰まっていた。
「颯太くん饅頭嫌いだった? 昨日はいっぱい食べてたのに」
「いや、嫌いって訳じゃないんだけどな……流石に二日連続昼饅頭だけってのは辛いというか……美味しいんだけどね」
何を隠そう、僕は昨日から学校で御饅頭しか食べていない。
糖尿病になりそうだ。
この奇妙な光景を見たクラスメートに「温泉部って饅頭食べ続ける修行とかするのか……? 流石綾菜生徒会長が作った部活だけあって内容もぶっ飛んでるな……」と勘違いされたのでそこは真剣に訂正を入れた。
「あはは……確かに飽きが来ちゃうかもね。それでも美味しく食べられてるのは、やっぱりおばあちゃんの腕のお陰かな?」
「だよな……ホントに同じ人間が作ったのか怪しく思えてくるよ。僕じゃあこんなに美味しくならない」
「当たり前です。お婆様のお饅頭は世界一なのですから。比べてはいけないと思います」
自分のことのように自慢げにそう言った。
僕も大げさじゃなくって、澄のおばあちゃんは日本一の職人だと思う。
「それもそうか、ところで昌平はどこいったんだ? 今日学校来てないみたいだけど」
僕は今朝から思っていた疑問を口にした。
澄と兎莉の反応を見るが、各々首を横に振り彼女たちもまた昌平のことについて知らないようだ。
そんなことを話していると教室の扉ががらがらと開く。
視線をそちらにやるとそこから話題の人が現れる。
酷くやつれた印象を受ける昌平は何やら額に擦り傷を、目の下には隈を携えていた。
「…………!? 昌平! お前どうしたんだ? なんかやけに疲れてるみたいだけど。それに怪我まで!?」
僕は友人の姿に驚きすぐさま駆け寄る。
昌平が今、肉体的にも精神的にも辛い状況になっているのは明らかだった。
「…………めっ……られた」
「どういうことでしょう? 昌平さん」
「めっちゃ……れた」
どうやら意識が朦朧としているようだ。
普段から昌平はおかしいが、今日は一段とおかしい。
昌平の一番の親友(自称)であり日常的に彼の愚行に次ぐ愚行を見ている僕が言うんだから間違いない。
「落ち着いて話してくれ、昌平。誰にやられたんだ?」
「黒の悪魔……」
「だんだん訳が分からなくなってるよ…?」
見るからに重症そうな昌平だったが自分の席に着くと頭を抱え、叫んだ。
「くあぁぁぁあ!!! 聞いてくれよ、みんな!!」
「わあ!? 何だよいきなり!」
「昨日、帰りが遅かっただろ? だから朝起きれないって思ってさ~!」
突然泣きつくように昌平が迫る。
「お、おう……。確かに俺も今日寝坊しかけた」
「そこでさ、天才的なひらめきだとは思うが、学校に泊まった訳よ!! 寝袋で!」
「…………?」
寝袋で学校に泊まった?
昌平は一体何をやっているんだ……。
なんとなく話が見えてきて、僕の中の心配がどんどんと薄らいでいく。
「それでさ、朝起きたらカラスの野郎が俺の持ってきてた朝ごはん食べてたんだよ! それでカラスと一悶着あって子の様だよ! その後、学校に無断で泊まったことがバレて生徒指導室に閉じ込められて、今に至る」
………………。
割とどうでも良かった。
「……皆さん(兎莉と颯太)、御饅頭でも食べましょうか」
冷たい目で昌平を見ながら、呆れて澄が言う。
僕も心配して損したなと、心の底から思った。