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第七話 異端者狩り


 俺は夢を見ていた。

 夢の中の俺はまだ小さくて手足も短く、歩くことにも慣れていなかった。だから足に力が入らない俺は思わず転びそうになる。

 

 そんな俺を、誰かの腕が抱きしめた。

 

 抱きしめられた俺は転ばずに済み、安心したからか思わず笑ってしまう。そんな俺を見て、俺を抱きしめている誰かは何かを囁いた。


「         」


 抱きしめられているからその人の顔は見えなかったが、その声に大きな安心感を抱いた。


 直後、視界が白くなったかと思うと別の光景が飛び込んできた。

 俺の体がさっきより大きくなり、しっかりと両足で立っている。一方で俺の前には先ほどの人物ではなく、小さな男の子がいた。


 あれは――盾二?


 目の前にいる盾二は現在の彼のような大人びた雰囲気ではなく、年相応の無邪気さを見せる幼児だった。盾二は先ほどの俺のように足をもつれさせて転んでしまい、泣き出してしまった。

 俺はそんな盾二に駆け寄り、彼を抱きしめる。


「泣くな。お前のことは兄ちゃんが護ってやる」


 そうだ。俺は盾二の兄として――



「う……」


 その決意を思い出そうとしたところで目が覚める。見慣れた自室の天井が目に入り、夢から現実に戻ったことを少しずつ理解する。起きあがってカーテンを開けると朝日が昇っていた。時計を見るとまだ学校に行くまでには余裕のある時間だった。


「あ、そういえば風呂入ってないな……」


 昨日の晩は自室に戻るなり気を失うかのようにベッドに倒れ込んで寝てしまったのだ。体中の肌に不快なベタつきを感じ、風呂に直行することにした。


「ふう……」


 少し温めの温度に設定したシャワーを浴びて頭を冷やし、俺は昨日の出来事を冷静に振り返ってみる。


「盾二……」


 俺は昨日、盾二の本音を暴露された。あいつは俺を疎ましく思っていたこと。俺との勝負を只の遊びだと思っていたこと。俺に敬意など抱いていないこと。それらが全て現実にあった出来事だという事実が俺の心に重くのしかかる。


「なんで、だよ……」


 だけどわからない。あの盾二があんなことを言う理由がわからない。あいつはいつも皆の手本になるような行動をして、皆から慕われていた。前の勝負の時だって、あいつと俺の双方に歓声を求めていたじゃないか。あれは全て演技だったとでも言うのか?  昨日の俺に罵声を浴びせた盾二が本来の姿だと言うのか?

 いや、例えそうだとしてもどうしてこのタイミングで言ったんだ? 俺に本音を暴露したところで何かメリットがあるとは思えない。皆は盾二のあんな姿を信じることはないだろうが、少なくとも俺からの印象は悪くなるのは確実だとわかるはずだ。


「何か、理由があるのか?」


 思わず呟いたが、そうとしか思えない。きっと盾二は何か理由があってあんなことを言ったんだ。もしかしたら以前のように俺を鼓舞するためのものかもしれない。

 無理矢理自分を納得させて風呂場から出て、学校へ行く支度をする。リビングに行くと、既に盾二はいなかった。どうやら昨日のうちか朝早くに寮に戻ったようだ。


 やっぱり、盾二は俺と顔を合わせるのもイヤなのか? 


 そのことに気落ちしながらも、頭を振って気持ちを切り替え、家を出発した。



「おい剣一、聞いてるのか?」

「……あ、悪い。ちょっと考え事してた」

「またかよ? 今日のお前おかしいぞ」


 市倉がため息を吐きながら呆れたように言う。俺が気落ちしているのがわかったのか、しきりに話題を振って気を紛らわせようとしてくれているようだが、今の俺にはその言葉が全く届いていなかった。


「お前が悩んでいるってことは、やっぱり盾二絡みか? お前盾二のことが大好きだもんな」

「俺が、盾二のことが好き?」

「だってそうだろ。お前は口を開けば盾二に勝ちたい。盾二と並びたい。そればっかりだもんな」

「そうか……」


 市倉の言葉で、俺はやはり盾二に強い拘りを持っていることに気がつく。だけど一方の盾二は、実の兄である俺さえもただのその他大勢としか見ていなかったのだ。


「あ、あー、そういえばさ。お前盾二の学校で妙なことが起きてるって知ってる?」


 市倉は俺の様子を見てただ事ではないと察したようで、話題を変えてくれた。だが盾二の学校で何が起きているかは知らない。


「知らないけど……何かあったのか?」

「なんかさ、最近あの学校で『異端者狩り』なんて馬鹿げた遊びが流行ってるらしいんだよ。なんでも、特定の生徒を『異端者』と勝手に認定して、一人になったところを狙って、生徒が何人かでリンチを仕掛けるんだってよ」

「え? あそこ大学の附属中学だろ? そんな過激な生徒がいるのか?」

「だからおかしいんだよ。捕まって注意を受けた生徒もいつもは大人しいって言われてるヤツばかりみたいでさ、あの学校始まって以来の異常事態って言われてるんだってよ」

「なんだよそれ、まるで魔女狩りみたいだな……」


 それにしても『異端者』か。彼らはどういう基準で特定の生徒をそうだと認定しているのだろう。誰かが誰かを『異端者』扱いしても、そう簡単に他の人間が同意するものだろうか? 


『鵠沼盾二は『カリスマ』だ。その気になれば下僕など何人も従えることが出来る』


 そこまで考えて、俺は町針さんがいつか言った言葉を思い出す。確かに仮に盾二が誰かを『異端者』と認めたら、皆もそれに賛同するだろう。でもそれは、あくまで盾二なら可能であるというだけの話だし、盾二がそんなことするはずが……


「剣一、遅くなって済まない」


 そう考えていると、いつも通り町針さんが教室にやってきた。それを見て市倉が『お邪魔しちゃ悪いな』と呟きながら離れていく。


「ん、お前どうかしたのか?」

「え?」

「いつものような負けん気と覇気が無い。その様子だと何かあったようだな」


 何て事だ。同じクラスの市倉ならともかく、出会ってまだ日が浅い町針さんにすら気づかれるほど俺は落ち込んでいるように見えるのか。


「さて、こういう時の為の下僕だ。私にお前の悩みを話してみるがいい」

「いや、ちょっと家庭の事情で……」

「下僕なら家族も同然だろう?」

「どういうことだよ……」


 このままではラチが開かないので、大人しく俺は昨日の盾二の様子について話した。


「ふむ、鵠沼盾二がそんなことを言ったのか」

「ああ……正直俺はどうしたらいいのかわからない。あいつとの勝負が、俺の生き甲斐なのに……」

「私としては好都合だがな。お前はもう鵠沼盾二とは戦えない。まさに私の目的に近いじゃないか」


 あまりにも無遠慮な物言いに思わず町針さんを睨んでしまうが、彼女はまるで動じていなかった。


「さて剣一、話は変わるがお前は鵠沼盾二の学校で『異端者狩り』という事件を起こっているのを知っているか?」

「……ああ、さっき市倉から聞いた」

「そうか、それなら話は早い」


 そして町針さんは手のひらを上に向けた状態で俺を指さしながら言った。


「『断言』しよう、『異端者狩り』は鵠沼盾二の主導の元で行われている」


 その言葉で、俺の感情が爆発した。


「いい加減にしろ!」


 机を叩いて大声で叫んだことにより、クラス中の視線が俺たちに注がれる。それでも町針さんは微動だにしなかった。


「何を怒っている? 私は事実を話したまでだ」

「事実だと!? 単なるお前の推測だろうが! それ以前に自分の弟を悪く言われて怒らない兄貴がいると思うのか!?」


 盾二がそんなことをするはずがない。するはずが……


『そうだよ、全部嘘だよ。無駄な努力を続ける兄さんが見たかったから、からかっただけ』


 しかし昨日の盾二の言葉が、俺の信頼を揺るがす。確かに盾二は、自分より遥かに劣る兄を嫌っていた。昨日の彼の姿が、『異端者狩り』を嬉々として行う姿を連想させていく。

 だけど、それでも俺は、盾二の兄なんだ。


「盾二は、そんなことをするヤツじゃない!」

「お前は鵠沼盾二を全て理解しているのか? ヤツにお前の知らない側面がある可能性は充分にあるだろう」

「だけど! なんの証拠もないだろう!」

「今はな。だが近い内に鵠沼盾二の所業は公になるだろう。その時こそ、私の望みが叶う時だ」

「望み? 俺と盾二を戦わせないことか?」

「それは当面の目的だ。私の最大の望みは別にある」

「アンタは、盾二の破滅を望んでいるのか?」

「……」

「アンタは盾二に嫉妬して、俺を利用してあいつを破滅させようとしているのか!?」


「違う!!!」


 今度は町針さんが大声で叫んだ。机を叩いた後、息を荒げて眉間に皺を寄せながら俺に掴みかかる。彼女に会って以来、ここまでの大声を出されたのも感情を露わにされたのも初めてだった。


「……済まない。だがこれだけは言っておく」


 数瞬の後、町針さんの手が俺から離れ、声のトーンもいつもの調子に戻る。だけど彼女の顔は気まずそうだった。


「私の望みはあくまで、『私の隣に剣一がいること』だ。そしてその望みの障害こそが、鵠沼盾二なのだ」


 そう言うと、町針さんはまだ昼休みが終わるまで時間があるのにも関わらず席を立った。


「この程度で自分を見失うとは、下僕失格だな私は……」


 教室を出ていく彼女の声には、間違いなく悲しみが含まれていた。



 今日も授業が終わり、放課後になった。


「なんなんだよ……」

 

 校庭を歩きながら、一人呟く。

 昨日今日と続いて、あまりにも異常な出来事が起き過ぎている。いや、そもそも町針さんが俺の前に現れた頃から、俺の日常は壊れ始めていた。

 やはりあの人は普通じゃない。もしかしたらそのうち盾二に何か危害を加えるかもしれない。いくら盾二でも、夜中などにいきなり襲われたとしたら大けがを負ってしまう可能性はある。今のうちに警告をした方がいいかもしれない。


「あ……」

 

 そこまで考えて、俺は盾二に嫌われているということを思い出した。


「なんだよ、なんなんだよ……」


 わからないことばかりで、苛立ちが募ってくる。気晴らしにどこか寄り道でもして帰ろうかと思いながら校門を出た時だった。


「あの、失礼します。鵠沼剣一さんですか?」


 校門の横から、まだ幼さが残る声で名前を呼ばれた。声のした方向を見てみると、そこには黒いおかっぱ頭の純朴そうな少女が立っていた。

 あれ、この子が着ている制服、盾二の学校のものじゃないか? なんでこの子はこんな所にいるんだ? 


「はい、そうですけど、君は誰かな?」

「あ、失礼しました。勝呂すぐろ 桔梗ききょうといいます。盾二くんのクラスメイトです」


 盾二のクラスメイト? 盾二の知り合いが何で俺に用があるんだ?


「剣一さん、単刀直入に言います」


 そして勝呂さんは、緊張の面もちで言葉を発した。


「盾二くんを、止めてください」


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