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第四話 村瀬栄華


 翌日の昼休み、町針さんは同じように弁当を持って俺の教室に来た。 


「さて剣一、お前の願いを聞かせてもらおうか」


 机に二人分の弁当を置くなり、俺に顔を近づけて願いを言うことを要求してくる。どうやらこの人の中に、『俺が願いを言わない』という選択肢は無いらしい。

 俺は横目で離れた席にいる市倉を見る。ヤツは俺たちの様子を伺っていたので俺と目が合った。『大丈夫だ、成功する』、そう言わんばかりに市倉が無言で頷くのを見て、俺は意を決した。


「わかった。叶えて欲しい願いを言う」

「ふむ、物わかりがいいな。それで、お前の願いはなんだ?」

「……」


 俺は少し息を吸い込んで、市倉の提案通りの願いを言った。


村瀬むらせ 栄華えいがへのイジメを止めてみろ。一週間以内にだ」



 村瀬むらせ 栄華えいが。俺のクラスメイトで、メガネをかけた小太りの男子生徒だ。不摂生のためか顔はニキビだらけで、さらに体臭もきつい。そんな見た目をしているためか、彼はクラスの不良ぶった生徒たちから毎日のようにちょっかいを出されていた。

 格闘技の練習と称して殴る蹴るなどの暴力を振るわれるのは当たり前、時には昼飯を奢るように強制されていたのも見たことがある。しかしそんな扱いを受けているのにも関わらず、村瀬は不良たちになすがままにされて、碌な抵抗をしていなかった。

 正直言って、俺は村瀬が気に入らなかった。イジメを受けているのは可哀想だとは思うが、抵抗らしい抵抗をせず、自分の現状を変えようと努力すらしないその生き方がとにかく気に入らなかった。

 しかし俺も二年生に上がった当初は、村瀬へのイジメを止めようとした時期があった。周りから疎まれる村瀬の様子を、父さんに疎まれる俺に重ね合わせていたのかもしれない。だから村瀬が暴力を受けている現場に介入して、不良たちを追い払ったこともあった。彼らも俺に何かあれば盾二を敵に回すかもしれないと思ったのだろう。素直に俺の要求に応じてくれた。

 だが問題はここからだった。不良たちは俺が見ていない所で村瀬に暴力を振るい始めた。当然と言えば当然の流れだし、俺も常に村瀬を見守っていられるわけではない。村瀬自身が行動を起こさないと、イジメは絶対に無くならないのだ。

 だが村瀬はある日、俺の顔を見るなりこう言った。


「何で僕が助けて欲しいと思った時に助けに来てくれないんだよ」


 その言葉の意味がよくわからなかった。俺はエスパーでもヒーローでもないのだから、村瀬が危機に瀕しているときに都合良く助けに行けるわけがない。しかし村瀬はそれからというもの、俺の側を離れなくなった。走りの練習をしたいから先に帰ってくれと言っても、『僕を見捨てるのか。走りの練習なんていつでも出来るじゃないか』と言い、一緒に帰るように要求してきた。

 その時になって、俺はようやく村瀬の人間性を理解した。彼にとって、他人は自分を心配して助けてくれるのが当たり前の存在なのだ。自分が困っていたら、周りが自分のために必死になって動いてくれるのが当然だと思っているのだ。

 もちろんそんなはずはない。俺は小さい頃から盾二にばかり注目して、俺を蔑ろにしてきた人間を何人も見てきたし、俺自身が立ち上がらないと盾二には絶対に勝てないということを他でもない盾二に教えてもらった。だから今も盾二に勝つために必死に努力している。

 だが村瀬は違う。彼は徹底的に『受け身』の人間だ。自分からは何も行動を起こさず、誰かが自分を助けに来るのをひたすら待っているだけの人間だ。そんな人間のために、俺の努力が妨害されているのがひどくバカバカしく思えてしまった。


 だから俺は村瀬に、『もう俺は二度とお前を助けない。困っているなら自分でなんとかしろ』ときっぱり言い。彼に関わらないようにした。

 そしてあいつは今も、不良に暴力を振るわれ続けている。


 俺が村瀬の名を出したのは、市倉からのこんな『提案』を聞いてのことだった。


「到底叶えることの出来ない願いを言えば、あの人も諦めるんじゃないかな? 例えば、イジメを止めさせろとか」

「イジメを止めさせる?」

「ほら、例えば村瀬のイジメを止めさせてみろとか言うんだよ。いくらあの人でもイジメを止めさせるなんてそう出来るもんじゃないだろ?」

「確かに……そうだな」

「さらに期限を決めるんだよ、一週間以内にとか。そうすればもっと実現不可能になる。あの人がお前の要求を呑めなければ、お前もあの人をつっぱねる大義名分が出来るだろ?」

「なるほど。『俺の願いを叶えられないのだから、アンタは下僕に相応しくない』って言えるわけか」

「そういうこと。これ、結構名案じゃないかな?」

「そうだな、やってみよう」


 このような経緯があり、俺は現在町針さんに村瀬のイジメを止めるように言っている。


「ほう? その村瀬という生徒に行われているイジメを止めれば、私を下僕として認めるのだな?」

「……やれるもんなら、やってみろよ。この写真のこの部分に写っているのが村瀬だ」


 俺はクラスの集合写真を取り出し、村瀬の顔を指で指し示してその顔を町針さんに見せる。彼女は村瀬の顔をじっと見つめた後、大きく頷いた。


「わかった、この男だな。こいつは今日、学校には来ているのか?」

「ああ、今は『お友達』とグラウンドで遊んでいるんじゃないかな?」

「そうか、そうか。それなら話は早い」

「なに?」


 町針さんは尊大な態度で不敵な笑みを浮かべる。てっきり要求に動揺するかと思っていた俺はその態度に不気味なものを感じる。


「一週間以内などと悠長なことは言わない。本日中にお前の願いを叶えてやろう」

「何だと!?」

「何を驚いている? 私はお前の下僕だ。まさかこの程度の願いを叶えられないとでも思っていたのか?」


 今日中にイジメを止めるだと? そんなことが出来るはずがない。村瀬を虐めているのは複数の男子生徒だ。そいつらを今日中にどうにか出来るはずがない。

 だが町針さんはその自信に満ちあふれた笑顔を少しも崩すことなく、再び俺に顔を近づけた。


「剣一、お前は何も心配しなくていい。私がお前の願いを叶えてやる。お前のために動いてやる」


 そう言って、町針さんは弁当を食べることなく教室を出ていった。

 

「お、おい。これ大丈夫かな剣一?」


 一部始終を見ていた市倉がその顔に不安を浮かび上がらせながら話しかけてくる。等の俺も不安を隠せなかった。まさかここまで無茶な要求を呑んでくるとは思わなかったからだ。


「……おい、町針さんって何か格闘技の経験はあるのか?」

「いや、聞いたこと無いけど……」

「もし、町針さんが不良たちに戦いを挑んだらどうなると思う?」

「あいつらが女相手に暴力を振るうほどバカじゃなければいいけど、そうだったらヤバいな……」


 ここに来て俺はようやく、町針さんは本気で俺の下僕になろうとしていることを確信した。どんな理由があるのかは知らないが、彼女は俺のためなら何でもする。それこそ勝ち目の無い戦いに挑むほどに。

 もし彼女の身に何かあったら、それは俺のせいじゃないのか?


「市倉、行くぞ」

「え?」

「町針さんを止めに行くんだよ! 村瀬の居場所はわかるか?」

「た、たぶん校庭のどこかじゃないかな?」

「よし!」


 そして俺は市倉と共に校庭に向かった。

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