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第十八話 二人


 病室の時計がカチカチと音を立てている。逆に言えば、今この部屋ではそれくらいしか音が鳴っていなかった。盾二が全てを話し終えた後、俺は一言も言葉を発することが出来なかった。そしておそらく、それは盾二も同じだったのだろう。先ほどから俺の顔を見ずに、まるで叱られるのを恐れる子供のように顔を伏せている。

 今日だけで、俺は衝撃的な事実を知りすぎている。頭の中が整理できていない。しかしいつまでもこうしているわけにはいかない。


「父さんが……死んだって言うのか?」


 やっとの思いで出た言葉は、盾二の気持ちをまるで考えていないものだった。


「そうだよ。僕が……殺したんだ」


 だけど盾二はそれにはっきりと答えた。『自分が殺した』のだと。そのことから逃げなかった。


「僕は父さんのやったことが許せなかった。兄さんを『出来損ない』と言ったことも、僕のことをただの道具としか思っていなかったことも。そして……楓さんを苦しめたことも」


 盾二は……やはり町針さんのことがそこまで好きだったんだ。


「だけどそれは言い訳なのかもしれない。例え許せなかったとしても、他にやりようはあったはずなんだ。だけど僕は楓さんの心を自分に向かせたいという理由だけで、多くの人を利用し、そして自分の親まで殺してしまった」

「盾二……それは……」

「兄さん、これが僕なんだ。これが鵠沼の呪われた血なんだ。いや、こうやって『呪われた血』なんて表現をして、自分の罪から逃げている時点で僕には兄さんの弟である資格なんて無い」

「……」


 何て声をかけていいのかわからない。盾二が自分を責めるのを止められない。


「これから僕は殺人犯としての人生を歩む。だから兄さんは鵠沼にいてはいけないんだ。兄さんが『町針剣一』として、本来の姿に戻れば、僕とは何の関係も無く生きていける。兄さんは楓さんと一緒に幸せに暮らせるはずなんだ」

「待て、そうしたらお前は!」

「わかってる! だけどこれは全て僕がやった行動の結果なんだ。楓さんはこのことについては全く知らない。あの人は本当に兄さんのために動いただけなんだ。だから……」


 盾二は懇願するような目を、俺に向けた。


「楓さんと一緒に、幸せになってくれ兄さん」


 ……おそらく、これは本当に『懇願』なのだろう。自分では不可能だった願いを、俺に託すための。

 だけど、これでいいはずがない。だけど俺に何が出来る? 盾二がやってしまったことをいまさら無しには出来ない。盾二が世間から糾弾を受けるのは避けられない。だけどそうしたら盾二は……


 その時、ふと思った。俺はどうして盾二に勝ちたかったのだろうか。


 このタイミングでこんなことを考えている場合かとも思ったが、このことを考えることが、俺の中でチグハグになっている考えをピタリとはめることへの近道なのではないかという予感もあった。だから考える。

 俺は盾二に負け続けていた。盾二に置いて行かれていた。周りの人間はずっと盾二を見ていた。だから俺は……


 ……そうか。そうだったんだ。


 ようやく気づいた。俺はどうして盾二に負けたくなかったのか。俺はそもそもどうしたかったのか。こんな時になって、ようやく自分の本当の気持ちに気づいた。

 ――だったら、やることは一つだ。


「兄さん?」


 言葉を発さない俺を不思議に思った盾二が下からのぞき込んでくる。俺はそんな盾二の両肩を手で掴んだ。そして言う。


「盾二、俺はお前を一人にはしない」


 それが俺の、本当の気持ちだった。


「に、兄さん……?」


 戸惑う盾二だったが、俺の手をふりほどこうとはしない。こいつも気づいているのかもしれない。自分が一人になりたくないことに。

 そう、俺はずっと盾二に勝ちたかった。盾二に置いて行かれたくなかった。盾二に置いて行かれて、一人になりたくなかった。盾二に置いて行かれて、あいつを一人にしたくなかった。


 全ては、盾二に追いつき、二人で並んで歩くために。


「盾二、お前が犯してしまったことは、もうどうにもならない。お前には厳しい現実が待っているとは思う」

「……そうだよ。だから兄さんはここには……」

「だけど!」


 盾二は優しい。こんな時でも俺のことを気遣ってくれる。確かに過ちを犯してしまったかもしれないが、そんなヤツに『呪われた血』が通っているわけがない。

 だから、俺は決意する。


「お前のことは、兄ちゃんが守ってやる」


 幼い頃に約束した、そのままのことを。


「兄さん……」


 気づけば、盾二は両目から涙を流していた。こいつが泣く姿を見るなんていつ以来だろう。そう考えると、ずっと盾二は無理をしていたのかもしれない。


「僕を、許してくれるの?」


 泣きながら絞り出した言葉に、俺はしっかりと返す。


「お前を憎んだことなんてないよ」


 そして俺は、盾二の背中に手を回し、抱きしめる。


「大丈夫だ。二人で乗り越えていこう」

「……ありがとう。兄さん……!」


 これから俺たちには厳しい現実が待っている。それを乗り越えるのは簡単なことではないだろう。大丈夫だなんて確信は持てない。途中で折れてしまうかもしれない。だけど俺たちには、それを支えてくれる存在がいる。それでいい。


 だけど俺には、その前にまだ片づけないといけないことがあった。


「すまない盾二、ちょっと待っててくれ」

「どうしたの?」

「……二人で乗り越えるって言ったけど、これだけは俺だけで乗り越えないといけない。ちょっと携帯電話を借りるぞ」

「な、何するの?」


 俺は盾二の携帯電話で、自分の携帯電話にかけながら言った。


「なに、ちょっとした姉弟喧嘩だ」

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