第八話 坂本イジリ――伏線編――
「はぁ……」
翌日の昼休み、またしても自分の机でため息をつく。
悩み多き年頃だ。
「おやおや!野宮くんは落ち込み気味ですかい」
悩みの種の中の一人が話しかけてきた。
「うるさい。黙れ。あっち行ってろ」
屋上へ行き、神崎に会いに行くべきか……。
「……不機嫌だな。俺なんて幸せすぎて暴れたい衝動に駆られているっていうのによ!」
……それとも、坂本のテンションを鎮火するべきか……。
「じゃあ、こっからガラス突き破って飛び降りろ。動けなくなるから一石二鳥だろ」
「……はい。……そうですね……」
まずは後者だった。
どうやら思っていたより簡単に坂本のテンションの鎮火に成功。……そんなことより……。
「なあ、坂本。俺今すげぇ悩んでるんだけど」
「……奇遇だな。俺もちょうど友人の毒舌に悩んでるんだ」
残念ながら今は坂本の相手をしていられない。
話を突き通す。
「そうか。そんなことは俺に関係ない。それより……」
「いや、関係あ……」
「それより、人によく話す仲だ、なんて知られたくない人ってどんな人だ?」
無視ですか、と坂本は前置くと、
「そりゃ、周りに嫌われてたりして関わりたくないやつ、とかじゃないのか?」
と答えた。
「ああ。坂本とかな」
「おい。ちょっと待て。それ……冗談だよな」
やっぱり、そうなるだろう。
一応俺だって不良の端くれだ。風評被害だって免れない。
だが、本当にそんなことだろうか。気にするようなやつには思えないが。
それもまた勝手なイメージで、それは一回イチジクとの会話で崩されているのだが……。
だったらやはり屋上へ行き、聞きにいくべきだろう。
そんな物思いにふけているせいで、途中ながらも坂本が話しかけてきていることに気づく。
「…………どう思う、野宮?」
話は先に進んでいて、状況をよく理解できなくなっていた。
「あ?すまん。聞いてなかった」
「いや、お前曰く俺と人前で喋るのは憚られるらしいじゃん。すると今後の交友関係にも響くだろ?」
ナツキちゃんとか、ナツキちゃんとか……、なんてうわごとを呟いている。
つまりは逆ナン相手とうまくいくか心配だって話だろう。ナツキちゃんが逆ナン相手……。坂本を逆ナンするなんて人を見る目がないのだろう。
それにしても俺そんなこと言ったっけ?ほぼ反射的に会話をしていたからあまり覚えていない。
「だからどうすべきか、ってお前にきいてんだよ」
「あー。そうだな……」
言った以上はきちんと回答すべきだろう。
こんな悩みを抱かせた責任もあるしな。
「人に好かれるためには真似が一番、じゃないか?」
「……なるほど。無難だな。たとえば……」
「たとえば、オムライス。ハンバーグ。カレーライスとか」
焼き肉やスパゲティもいいかもしれない。
「……なんで食べ物縛りなんだよ……」
「え。だって人気じゃん」
「人気だったらなんでもいいのか!お前は俺に、人気だからってグラビアアイドルとかでもやらせるのか!?」
「なにいってんだよ。お前、男だろ?」
「それを分かってるならそれ以前に人間だっていうことも考えてくれませんかねぇ!?」
……だとすると……。
「じゃあ、キャラを強くしたりとか?語尾を変えたり、決め台詞を言ったり。たとえば梨汁ブシャー!、とか語尾にナッシー、ってつけたり」
「ろくな例出さないな、お前」まあ、文句を言わない、ということはこれでいいのだろう。
「それじゃあ語尾を提案するけど……」
「けど……?」
断れないように釘を刺しておく。
「俺の作った台詞にあんまりなケチをつけるなよ。俺はお前のために考えるんだ。俺のためと思って真摯に受け入れてほしい」
「……野宮……」
急な真面目発言に、坂本も覚悟が決まったようだ。容赦なく提案してやることにする。
「語尾に〈実は俺もなんだ〉とつけろ」
「意外と普通だな。それで愛されキャラになるのか?」
その反応も想定内だ。それっぽく理由をつけてやる。
「人と仲良くするには相手を理解して、受け入れることが大事だ。たとえばその語尾と決め台詞を使うと、《あのアイドルかわいいよなぁ》《あのアイドルが好きなのか。実は俺もなんだ》というように多少引く内容でも無感情のまま相手を受け入れることができる」
その代わりに自分が引かれる対象になるけど。
まあ、会話の手伝いになる言葉だからあまり悪い方向へは行かないだろう。
「おお!便利!お前天才だな!実は俺もなんだ」
「お!ちょっと愛されるお調子者に見える!よっ!人気者!」
「よせよせ!お前の方がみんな慕ってるよ!実は俺もなんだ」
完璧に語尾を使いこなしていた。
これで坂本については心配いらない。あとは神崎についてだ。
「じゃあ、俺は用事ができたからちょっと席を外すぞ」
「そうか。実は俺もなんだ」
「お前も用事があるのか。じゃあな」
教室を去る途中。あ、いや。そうじゃなくて、と坂本の声が聞こえた。
やはり早くも正しく使えていないようだった。