第六話 坂本イジリ
………。
…………………。
「ん……んん……」
知らない天井だ。気絶していたのか?
……あれ?何があったっけ。思い出せそうだけど思い出したくない不思議な感覚。
とりあえず、周りを見て、状況の理解に努める。
どうやら補習室に逆戻りしたらしい。
「ま、まさか……」
「責任……とってね……」
部屋の隅を見ると、愉快な光景。
坂本が鈴木に言い寄られていて、鈴木は大きくなった腹をさすって…………。え?
「ね、できちゃったの……。坂本くん。いえ、あ な た♪」
「まさか……寝ている間に……!」
坂本が柄にもなくアホ面に戦慄の表情を浮かべている。あれは本当に騙されている顔だろう。
「あの……愉快なことやってる途中に悪いんだが……」
「おう!野宮!起きたか!助けてくれ!俺、このままじゃ人生の墓場に……!」
「落ち着け、坂本。行為の直後に妊娠するやつがどこにいる」
「はぁ!?なにいって…………、あっ……!」
坂本の頭でもようやく理解したらしい。
「……ちっ!そろそろ引き際ね」
そう言って鈴木は腹に当てていた手を放す。
ポンッポンッ
すると服の下から球体が落ちた。
「ほら、いくらお前でもあれが子供に見えるほどバカじゃないだろ」
「…………。」
すっかり坂本は言葉を失ってしまっている。
「いや……。脱走を企んだ罰ゲームに……」
「嘘だっ!絶対に本気だっただろ!」
やはり恐るべし。鈴木。二山とは別のベクトルで怖い。
「でも、脱走したことに罰は与えないと、ね!」
鈴木は年齢的に無理のあるウィンクを二、三回しながら言った。
そのウィンクだけでどんな男でもイチコロと自負しているらしいが、実際見るとあながち間違ってはいない。
……おぇっ!
吐き気を抑えながら、罰について考えてみる。
ウィンクを含め、罰は十分受けた気もするけど……。
「罰、というと鈴木先生からの説教とかですかね」
坂本がのんきに鈴木に聞く。鈴木からの罰くらいなら俺らの普段受けている二山の罰よりは軽いだろう。少なくとも命の危機はない。
「まあ、生徒との三人だけで課外授業(意味深)とかでもいいんだけど……」
前言撤回。罰を受けると人生に深い傷がつきそうだ。
「二山先生があなたたちの説教に立候補しちゃったから……」
その言葉の意味を理解するまで数秒かかった。
理解した上で逃走を図ったが、ちょうど今度はがらがらなんてもんじゃない。ガタンッと乱暴に戸が音をたてた。
「そういうことで、俺との課外授業を敢行する!」
罰を受けると生傷が増えそうなアツい説教の始まりだった。
☆
二山の課外授業with説教は生傷さえ残さなかったものの、後遺症がすごい。
具体的に言うと……、本能的に思い出したくないのか、思い出せない。
「はぁ……。また脱走したの?懲りないわねぇ、あんたらも」
教室に戻るとイチジクが一番に駆け寄ってき
た。彼女の姿を見るだけで、今は癒しにすらなる。
艶やかな髪。整った顔立ち。余計な肉のついていない足と……胸。
「今、何か言ったかしら!?」
「いえ、なんでもございません。滅相もございません。お胸もございません」
口が滑ったわけでもないのに……察しが良すぎる……。
ちなみに彼女の手は滑ったのか、俺の腹へとダイブしていった。
「いい加減、猛省しなさい」
そう言って追加で俺ら二人とも軽くチョップされる。
どうやら、今のセクハラ発言はあのボディーブローでなかったことにされたらしい。
「どうせ坂本。あんたが野宮を唆したんでしょう。乗る方も乗る方だけど」
「いや!そうじゃねぇ!今回は野宮からの誘いだったんだ!」
罪が軽くなるわけでもないのに弁明する坂本。いや、ただ事実をはっきりさせたいだけかもしれないが。
「あら、そうなの。じゃあ野宮には追加でチョップをやろう」ガチンッ!
かなりの勢いで俺の頭にチョップがふりおろされる。
「いてっ!今の結構本気だっただろ!割れるかと思った……」「あら、罪には罰を。何度も繰り返すあなたたちへのしつけでしょ」
当然、と言わんばかりに、まだ手刀を構えている。
「じゃあ坂本には軽いチョップじゃ足りないんじゃねぇか!」
坂本を指差して叫ぶと坂本はゲッ、といいながらも心なしかにやけていた。この変態め。
「だってあいつ、この前蹴ってから倒れたところを踏んだら……」
そんなことをされていたのか……。余談だが坂本はその時こけてイチジクの胸にダイブしたらしい。
そして、こともあろうか“こんなところに壁なんてあったっけ?”と言ったらしい。
自業自得と言えるのかもしれない。
「こいつ、まだ俺は平気だ!もっと殴ってみろ!って言ってたのよ」
割りと本気のトーンでイチジクがキモッ、と言う。俺もそう思う。
「いや!あれはその時読んでた漫画に影響されて、カッコいいかな?って……!」
「なら、坂本を殴りたくなくなるのは仕方ないことだな」
「野宮!?」
必死の弁明もむなしく、坂本から新たな性癖の疑惑が払拭されることはなかった。