第二話 屋上の危険人物
屋上への扉を開ける。
普通、出入り禁止の場所だが、どこのだれが閉め忘れたのか常時開放されていて、代わりにとばかりに大量の机がバリケードのように積み上げられている。
くぐればいい話なのでまったくの無意味だが、だからといってだれも屋上に出ようという奴はいない。
それこそ俺のような物好きと自殺志願者だけだ。だから、バリケードはある程度の人除けくらいにはなるのだろう。
因みにバカと煙はなんとやら、なんて言った奴は絶対に許さない。
「…………ん?」
だが、今日は珍しく、いや珍しいなんてもんじゃない。屋上に人がいるのは初めて見た。
それに今は授業中だ。
こんな時間にここにいるということは俺と同じく、サボタージュというわけだ。
「よう、誰だかわからんがお前もサボり……」
待てよ。むしろここに先生がいると考えたほうが自然じゃないか?だが、このままじゃ俺のサボりが見つかってしまう。説教はなるべく避けたい。なら……
殺るしかない!
先生であろう人物に戦闘態勢をとる。
「あの…………?」
「なんだ!」
姿がはっきり見えてくる。自分より小さい身長。おとなしそうな物腰。見慣れた制服。
「何……してるんですか?」
…………生徒?
「あ、いや!これは……」
ようやく俺の浅慮な考えに気づく。サボりを隠すために先生を殺ろうとしてました、なんて口が裂けても言えない。確実に危ない人だ。まず先生を殺ろうなんて考え自体が浅すぎる。
坂本のバカが伝移ったのかもしれない。それとも高い所にいるとバカになるのだろうか。
ここで俺の適応力が試される。即座に口から渾身の言い訳が……、
「よーいどんで走ろうとしてたんだ」
戦闘体勢を走る用意と捉える逆転の発想。
これで俺の印象は先生を殺ろうとしていた危ないヤツから屋上でよーいどん、で走ろうとしていた危ないヤツに……。
あれ?あまり変わってない?
本気で坂本のバカが伝移った可能性を考える。
「よーいどんで、ですか?」
「ああ」
「屋上で?」
「ああ」
「………………」
「………………」
「……春ですもんね……」
「あ、ああ」
春であったことをこんなにも恨んだことはない。
サボタージュ。語源はフランス語で、英語でのsabotageは機械への損傷を意味することは俺の数ある役に立たない知識の中の一つだ。
日本での意味は、怠けること。
「ということは、お前もサボリか?」
「サボリ……。……そうですね。扱い的には保健室で休んでいますから……」
あの場はとても不本意ながら俺がおかしな人、ということで決着がついた。
すぐにその場を離れるにも少し気まずく、俺らは屋上の貯水槽の近くに座り込んで話していた。
「じゃあ、なんでここに……?」
「抜け出してきちゃいました!」
「あ、ああ……」
つまりはサボリということで間違いなさそうだ。
「だったら体の調子はもう良くなったのか?」
それを聞くと彼女は少し暗い顔をして
「もともと体が弱いだけで、少し大袈裟すぎます」
と答えた。
自分の体のことは自分が一番知っている。
俺には分からないが、他人からの心配が苦痛になることもあるのだろう。
「……そうか。まあ、倒れたりしない程度に気を付けろよ」
そこで会話が終わる。風の音だけがそこら中に響き渡る。
「……そうだ!」
急に彼女が声をあげた。
「ど、どうした?」
「いや、えっと……名前……?」
そういや、俺はこいつの名前を知らない。
まあ、名前なんて呼ばなくても大抵なんとか会話できるのだが……。
因みに俺は中学三年間を人の名前を呼ばずに乗りきった。まず、その必要がなかった。
……自由に解釈をしてもらって構わない。
ただ、名前を聞かれたら答えない訳にはいかない。
「ああ。野宮浩だ。そっちは?」
「あ、神崎葉子です。よろしくお願いします」
二度目の沈黙。
「って、そうじゃなくて!野宮さんはここによく来るんですか?」
ここって、屋上のことだろうか。
「ああ。授業サボる時は結構来るが……」
「じゃあ!」
神崎がこちらに一歩、歩んでくる。
「是非わたしにここであったら話し相手になってください!」
純真無垢な目で見てくる。
自分とは文字通り見ている世界が違うように思える。
そんな人間と話すのは、なんか気が引けた。
「でも俺、その……不良だし」
「不良?不良さんは自分から不良だって言い張るんですか?」
「いや、普通言わないが……」
「じゃあ、野宮さんは不良じゃないです」
「ああ、そうだな。って、ちょっと待て」
「はい?」
危うく謎理論で納得させられるところだった。
どうにかして自分が不良だっていうことを証明しなければ。
「いや、その……授業サボってるから不良だ」
「じゃあ、わたしも不良さんですか?」
もうその返しは予想済みだ。
ここで俺が、お前は不良じゃない、なんて言ったら俺も不良じゃないことになってしまう。
情けは無用だ。
「ああ。そうだな」
「じゃあ、わたしたちは不良仲間なので一緒におしゃべりしましょう」
「ああ。そうだな。ってちょっと待て」
さっきの質問はどっちに転んでもアウトかよ!
俺は不良なんだ!
不良は元来、孤高が一番。
純真無垢な奴とは関わらないものだ。
「そもそも不良は仲間なんて……」
「野宮さん」
俺の言葉を遮って急に神崎が話しかけてくる。
「どうした。俺が不良だと分かったか?」
「なんで野宮さんは不良になりたがってるんですか?」
……そんな風に聞こえただろうか。
「……なりたがってるも何も、俺がワルなのは事実で……」
彼女はこちらの瞳を真剣に見つめて
「不良さんは自分から不良って言われたがらないとおもいます」
と言った。
それがただの素朴な疑問でないことを彼女の態度、雰囲気、全てが物語っていた。
「……そうか?気のせいだろ」
なんとかして取り繕う。
「じゃあ、俺はこれで」
神崎に別れを告げ出入り口に向かう。
なぜかそこにいるのが恥ずかしい気がして。
例えるならイタズラの見つかったワルガキのような感じだ。
「野宮さん!」
呼ばれたが振り向かない。
「やっぱり野宮さんは不良さんじゃないです」
少し歩みを止める。いや、止まってしまった。
「だってわたしと話したくないって言えばいいのに言わなかったです。気をつかってくれた、って考えるのはわたしの自意識過剰ですか?」
論破された、というのはこんなことを言うのだろう。彼女の理論に納得してしまった。
叫ぶ彼女を背に扉へ再びあるきだす。
「……………………またな」
聞こえるか聞こえないかくらいの声で呟く。
認めたくはないが、事実。少しでも興味が湧いたことは否めない。
屋上を去り、扉を閉めるとさっきの出来事がまるで夢のように感じられて、不思議と心地よい印象を俺に残していった。