第十二話 ラブレターの危険性 Ⅰ
「よぅ!野宮」
「おう、坂本」
朝、高校の校門の前。日によって違うが、大抵坂本とは毎朝この場所で会う。
「それにしても、昨日のカメトーク見たか?」
「いや、俺の家。テレビねぇから」
「そういやそうだったな。よくそれで生活できるよな」
「慣れればそうでもないさ」
いつもの面子。いつもの会話。麗らかな日差しの中、今日も昨日と変わらない何気ない日常が繰り返されるものだと、俺も坂本も思っていた。
下駄箱を開けるまでは。
パカッ、ヒラッ。
下駄箱から舞い落ちた一枚の手紙。やけにピンクで、まるで女の子から届いたような……。
「っっっっっ!?」
声にならない叫びが溢れる。
もしや、これは。俺の見解が間違っていなければ。これが、うわさの
ラブレター!?
ふと、肌を刺す殺気。
脳内に数秒後、背後からの攻撃に倒れる自分のイメージが浮かんでくる。本能的に右へ飛んだ。
シュッ!
その瞬間に、俺がもと居た場所に抜き手が走る。
「っぶねぇ!なにしやがる、坂本!」
おそらく攻撃を繰り出してきた人物であろう坂本を叱責する。
しかし、そこにいたのは最早坂本ではなく、一体の妬心に狂った、獣だった。
「お、おい……。坂本……?」
「野宮……!その左手に持っている紙くずを渡せ……!それを渡さん限りは俺の嫉妬の炎は尽きんぞ……!」
既に坂本のスイッチは入っていた。
「お、落ち着けよ。お前だって逆ナンに成功したんだろ。もう立派にそっち側の人間じゃねぇか」
俺を恨む理由はないはずだ。
「……勘違いするな。俺がリア充になろうが、女と付き合おうが……憎いものは憎い!」
清々しいほどの屑だ。
「そんなに欲しいなら、取ってこい!」
手に持っているものを投げる。ただし、ラブレターではなく、ティッシュを。
「ガルルル!ワン!ワン!ワン!」
坂本は既に人間としてのプライドを捨てたらしく、まるで犬のようにティッシュを追いかけていった。
その隙に俺は下駄箱を後にした。
「……ここまで来れば……」
場所は二階。多目的教室。基本的に空き教室とされていて、隠れるのにはもってこいの場所だ。
「……ったく。どうしてこんなことに……」
もう授業は始まっている時間だった。きっと今頃、二山が俺たちを探しに……。
野宮ァーーー!坂本ォーーー!いい加減にしろォーー!
もう既に声は聞こえてきている。
「どうしてこんなことに……」
「……それはあなただけが幸せになろうとしたからよ」
「いや、それはさすがに理不尽だ……、って鈴木!?」
「……いま、呼び捨てにしたわよね。つまり、それは何?わたしと結納する覚悟ができたってこと!?」
しまった。いきなり湧いて出るからつい呼び捨てにしてしまった。
「い、いえ……。つけわすれただけですよ、鈴木先生」
すると鈴木はガックリしたような表情でうつむいて、
「そう……」
と呟いた。
「そんなことより!あなたが追われているのはあなただけが幸せになろうとしたからなのよ!」
そういやそう言っていたな、と思い出す。
「聞きたくないんですが、どうせ話すだろうから聞きますけど…………なぜですか?」
鈴木はいきなり熱弁しはじめた。
「あなたに取り残される不幸がわかるの!?この年になると定期的に結婚式の招待状がくるのよ!こちとら大して祝いたくもないのにいちいち行って、金渡して、帰ってくるの!しかもブーケトスとったこともないのよ!ただ私を不安がらせるだけで、他人の幸福にはこれっぽっちも価値がないの!」
「……は、はあ……」
何かよくわからないけど、単純に可哀想と思えた。いや、憐れだろうか。
「……だからもし、どうしても幸せになりたいというのなら……」
即座に身の危険を感じる。状況とかからじゃなくて、自分の本能から危険だ、と告げられている。
「わたしと幸せになりなさい!!」
「いやですっ!」
教室から飛び出す。
鈴木は既に人としての品格を失っていた。
「野宮ァーー!坂本ォーー!見つけたぞ!」「ノ、ノミヤ……ブレター……ラブレター……!」
そこに、どこからか二山と坂本が出てくる。
ここで俺はようやく気づいた。
ラブレターが悪い。最初に坂本にラブレターを渡していればそもそもこんなことにはならなかった。
そうだ。次にラブレターなんて見つけたら破り捨てるのが一番だろう。是非みんなにもそれを推奨する。
それでも、俺は
「捨てれるかぁぁぁぁぁぁ!」
捨てきれない。
相手の気持ちがこもっている以上。
そして輝かしい未来がちらついている以上は。俺の煩悩がそれを許さない。
そして俺は逃走する。
とにかく、一人でも追っ手を減らすのが得策だ!共謀なんてされたらたまったもんじゃない!
たちまちの内に幸せな未来は潰され、即座に最悪の結果へと変貌を遂げることだろう。
「鈴木先生!」
過去、鈴木先生だったものに話しかける。
「俺と鈴木先生の間には13歳の歳の差と生徒、教師の垣根があります!」
「ぞれ゛がどう゛じだ」
大変な問題だと思うのだが……。それでもよかった。まだ人語は通じる。
「だけど!隣にいる二山先生は大体、同年代。独身。しかも精力ありそうでしょ!」
「なにを言っている、野宮!?」
二山が大声を上げるが、そんなのは関係ない。二山には人柱になってもらう。
「さて、鈴木先生にもどっちが魅力的かわかってもらえたはずです!」
「……どう゛ね゛ん゛だい゛。……どぐじん゛。……ぜい゛り゛ょ゛ぐ!」
「じょ、冗談ですよね?指導の最中ですよ?鈴木先生」
二山が必死に鈴木を宥めるが、もう遅い。鈴木が二山を見るあの目は捕食者の目だ。
「お゛どごぉ゛ぉ゛ぉ゛!!」
「クソォォォォォォォォォ!!野宮ァァァァァァァ!!」
俺に冤嗟の叫びを上げながら、二山は鈴木に追われて逃げていった。
せいぜい人生の墓場からへたどり着くといい。
「……となると、後は」
後方にいるもう一体の獣に目を向ける。
「……俺のために二山を遠ざけるとは……いい度胸だな……!」
「誰がお前のためになんかやるかよ、気持ち悪い」
比較的、人語が伝わるが、説得できるかどうか、というと……問題外だ。
「それじゃあ大人しく死んでもらおうかぁ!」
なにかが飛んできて頬を掠める。これは……シャー芯?
「へっ!そんなもので攻撃なんて……」
頬を掠めて飛んだシャー芯が壁に埋まっていくのが見える。
まるで布に針を通すかのような勢いで。
「………………」
絶句。
「驚いたか。これが恨みのパワーだ!」
「恨み、どうこうでできることじゃねぇだろ!」
まさに必死で逃げる。
だが坂本もあのマンガのようなふざけてる攻撃をするのには相当な体力を消費したようだ。ペースが落ちている。
俺はなんとか振り切ることに成功した。